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芳根京子の特異な表現力 『コタキ兄弟と四苦八苦』“さっちゃん回”に感じた摩訶不思議さ

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リアルサウンド

 視聴率や話題性などでは、『テセウスの船』(TBS系)と『恋はつづくよどこまでも』(TBS系)の2強だったといえる今クールのドラマ。しかし、ドラマファンの間で「今期一番」と評価する声が非常に多いのが、『コタキ兄弟と四苦八苦』(テレビ東京系)である。

 脚本を手掛けているのは、『アンナチュラル』『逃げるは恥だが役に立つ』(共にTBS系)などの人気脚本家・野木亜紀子。メガホンを取るのは、『リンダリンダリンダ』『天然コケッコー』などの山下敦弘監督。

 古舘寛治演じる兄・一路は、真面目過ぎるためにいろいろズレているが、人間愛に満ちていて、物静かながら佇まいだけでおかしさを醸し出している。一方、滝藤賢一演じる弟・二路は、ちゃらんぽらんで無神経で図々しく、フランクに見えて、実はものすごく繊細で傷つきやすく、優しい。

 そんな2人と各話ゲスト出演者たちの物語にクスリとし、ホロリとさせられ、高い演技力や脚本の緻密な構成に唸らされる作品だと当初は思っていた。しかし、回を重ねるにつれて、どんどん存在が濃く大きくなってきたのが、「さっちゃん」を演じる芳根京子である。

【写真】ボス・ベイビーと芳根京子

 序盤でのポジションは、二人が通う「喫茶シャバダバ」の看板娘で、「一路がご執心」と思われていた女性。明るく可愛いマドンナ的存在であり、会話劇の起承転結を見守る視聴者に近い存在にも見えた。

 しかし、そんな「さっちゃん」の奇妙な点が徐々に見えてくる。

 例えば第5話で、高齢店主に「労働ナントカ法で毎月50円ずつアップしないといけない」というウソをつき、時給を上げさせ続けていた腹黒さがあること。さらに、レジの中から3万円を抜いてエプロンのポケットにしまっていたが、それは三河屋という業者が押し売りに来るため、高齢店主が大金を払ってしまわないよう、万札をレジに置かないように守っていただけだったという頼もしさ・善良さもあること。

 おまけに、さっちゃんがレジのお金を盗んだと勘違いした一路と、一路が盗んだと勘違いした二路により、レジのお金が増えたことで不思議になったさっちゃんは、「ポケットにしまったお金が、叩けば増えるんじゃないか」と本気で考える無邪気さも持ち合わせている。

 さらに、兄弟同士の中身の入れ替わりと、さっちゃんも加えた3人の入れ替わりという珍妙な展開が描かれた第8話。

 入れ替わりはさっちゃんの夢オチだったわけだが、その中でさっちゃんが小さな頃に亡くなったお父さんが船乗りで、たまに帰ってくるだけだったことや、Y字路の左手にある喫茶店シャバダバは、もともとお父さんが好きで通っていた店だったこと、Y字路の右手は「行ってはいけない道」と言われていたことなどが明かされる。

 「行ってはいけない道」の先には、実はコタキ兄弟の家があり、迷子になった幼いさっちゃんが実はコタキ兄弟と出会い、親切にされていたことも視聴者には示される。

 さらに、第10話では、そんなさっちゃんとコタキ兄弟が実は腹違いのきょうだいだったという衝撃的な事実が発覚。「さっちゃんにご執心」に見えた一路が、実はその事実を知っていて、妹を見守っていたこと。しかも、浮気性で母を泣かせてばかりだった父に似ていることから、母が弟・二路ばかりをかわいがり、自分のそばに置いて、やがて病気が悪化してからは父と重ね合わせて罵ってばかりだったこと。自分はそんな母を苦しめる存在と考え、二路が母の最期に立ち合わなかったこと。そして、さっちゃんが同性愛であることなどが明かされる。

 さっちゃんメインの回は、これまで「ポケットを叩くとお金が増える」「兄弟入れ替わり」など、夢オチや誤解も含め、どこか唐突で、突飛で、摩訶不思議な味わいの回となっていた。

 まるで夏目漱石の『夢十夜』や、往年の人気アニメ『うる星やつら』の押井守演出回のような不思議なSF的色合いを感じさせるものでもあった。

 それらが実はさっちゃんとコタキ兄弟との結びつきにつながる、細かな伏線の数々だったとは。そして、さっちゃんは、本作の大きなテーマ「人間賛歌」に散りばめられた点と点をつなぐ役割も担っている。

 改めて感じるのは、芳根京子の特異な表現力と演技力である。

 ファンタジーやSF色ある不思議な物語を違和感なく成立させる軽やかさと、「家族」というどうしようもないつながりの濃さや面倒臭さ、切なさ、愛情深さ、人間臭さとを、バランスよ自然体のままに両立させる稀有な存在だ。

 思えば、彼女がドラマ初主演を務めた『表参道高校合唱部!』(TBS系)のヒロインも、一歩間違えれば明るく元気でうっとうしい「昔の朝ドラヒロイン」的なキャラクターだった。あの役を押しつけがましくなく、わざとらしくなく、ナチュラルに魅力手的に演じられたのは、芳根京子だからこそ。

 また、独特の間や空気感のおかしみがキモであるために、実写化は難しいと言われ続けている佐々木倫子の漫画原作で、唯一成功したと思えるドラマ『チャンネルはそのまま!』(HTB)も、芳根京子でなければ成立しなかったと思う。

 自然体で明るいのに、どこか闇や黒さもあり、美人なのに地味にも見えて、器用に見えて何かにあがいていて、真面目でしっかりしているようで、ヌケていて。芳根京子以外では成立しない、表現できない役はおそらくたくさんある。フィクションの世界観に説得力と軽やかさ、奥行きを与える女優ではないだろうか。

(田幸和歌子)