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「週末映画館でこれ観よう!」今週の編集部オススメ映画は『ナイチンゲール』

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リアルサウンド

 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、GWの予定が立たない島田が『ナイチンゲール』をプッシュします。

参考:詳細はこちらから

 『ジョーカー』『パラサイト 半地下の家族』『レ・ミゼラブル』……と、階級社会が現在もなお色濃く残っていることをまざまざと見せつける作品が頻発し、話題を呼んでいる昨今。『ナイチンゲール』もそういったプロテスト的側面を多分に含んだ一本だが、そこからさらに一歩シビアかつ刺激的に階級社会・差別主義に踏み込んでいる。

 本作の舞台となるのは、19世紀、オーストラリアのタスマニア地方。この地で想像を絶する差別・虐殺が当時起きていたことは、浅学ゆえに知らなかった。オーストラリアの植民地の中でも最も残忍な場所とされ、常習的な犯罪者がイギリスから送られ、厳しい処罰が考案されていたという。主人公のアイルランド人女性・クレアも盗みを働いたがためにタスマニアに送られた一人だ。英国軍将校ホーキンスによって日常的に強姦、やがていざこざが原因で夫とまだ赤ん坊の娘さえもホーキンスら英国軍によって殺されてしまう。

 前半の描写は、あまりにも凄惨だ。そして、それ以上のことがおそらく当時現実として起こっていたという事実を否が応でも観客に知らしめる。そして、復讐を誓ったクレアは先住民アボリジニのビリーを道案内に、ホーキンスらを追って復讐の旅に出ていく……というのが本作のあらすじだ。

 一見極めてペシミスティックな作品に思えるが、そんなこともなく、復讐に目覚めたクレアの表情は極めて凛々しく、道案内のビリーのユーモアを観客をホッと一息つかせてくれるのではないだろうか。道中ではアボリジニへの差別の数々が事件として勃発する。まるで当時の差別を観客に追体験させるかのようだ。メガホンを取ったのは3月19日のヒューマントラストシネマ渋谷での限定上映が完売となったホラー映画『ババドッグ 暗闇の魔物』のジェニファー・ケント監督だ。

 前作でも母親の育児によるうつ的症状をホラー描写として正確に描く手腕が印象的だったが、ここまで大きく作風を変えるとは予想外。そして前作におけるホラー・アクション的描写は変わらず、政治的な内容ながらエンターテインメント性が損なわれていない点も見事だ。実際本作を観ながら、自分が想起したのは「西部劇」でもあった。

 階層社会・差別主義を描くことの「一歩先」を踏み込んだ、と前文で書いたが、それはつまり被差別者であるクレアが、アボリジニのビリーを差別・嫌悪しているという二重構造にある。「白豪主義」と呼ばれる原住民の差別が70年近く起きていたことは有名だろう。「差別はよくない」とスローガンとして提唱するのは簡単だが、その背後にはとても膨大な歴史やとてもミクロな生活習慣の差異、人間の心理の動きなどあらゆるものが蠢いている。「精神を凌駕することのできるのは習慣という怪物だけなのだ」というのは三島由紀夫の名言だ。

 本作に出てくる登場人物は皆何かに怯えている。それは本作の悪役と言えるホーキンスもまたしかりだ。前半に上司から厳しい叱咤を受け、栄転に失敗する様、命令に従わない部下たちの様子が描かれていることは興味深かった。ホーキンスと同じく罪を犯すホーキンスの部下や少年もまた、苛立ちを募らせるホーキンスに見捨てられないよう我を失ってしまう。怒りや暴力がトップダウンで降りていくのだ。

 そんな暴力が永遠と続く本作において一縷の希望とも言える存在が原住民・ビリーである。決してユーモアを忘れず、人や自然を愛し、差別するクレアに対しても手を差し伸べる優しさを持ちわせた存在だ。また個人的には、本作における音楽への使い方も印象が強い(クレアは歌手であり、ビリーも原住民の歌をよく口ずさむ)。実際、クレアを演じたアイスリング・フランシオシはオペラ歌手としてのキャリアも持ち、ビリーを演じたバイカリ・ガナンバルもダンサーとして各所を回っている。ケント監督にとっても重視した部分だったのだろうか。終盤、お互い言語が違う歌を歌うことで繋がるさまは美しく、感動的なシーンだった。

 一見凄惨な映画に思えるが、そこに止まらない活劇的な面白さも含めて、ポジティブなメッセージも込められている作品だ。差別構造を指摘することから一歩踏み込んだ先を描いているという点で、今観るべき映画なのではないだろうか。 (文=リアルサウンド編集部)