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ライブハウスができるまで 第5回 音響チームが語るサウンドへのこだわり

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左から猪爪東風、スガナミユウ、堀田昌太郎。

東京・下北沢のライブハウス / クラブ・LIVE HAUS(参照:下北沢に新たなライブハウス「LIVE HAUS」4月オープン)がオープンするまでの道のりを、店長のスガナミユウに話を聞きながら追うこの連載。今回は、同店の音響を担う堀田昌太郎と猪爪東風(ayU tokiO)に、サウンドへのこだわりについて聞く。なおLIVE HAUSは新型コロナウイルス感染拡大防止のため、オープン予定日から1カ月以上経った現時点でも営業することができずにいる。

それぞれのスペシャリストを起用

LIVE HAUSでは、PAを堀田、機材の修理を猪爪がそれぞれ担当する。基本的にPAが楽器も機材周りもすべて管理するライブハウスが多い中で、この体制は珍しいものだ。

堀田昌太郎 僕の役割はPAです。オープンに向けてスピーカーやマイク、PAコンソールの選定もさせていただきました。実際に営業が始まったときのオペレーションや、現場をチームで回す際の人の管理も担当します。

スガナミユウ 堀田くんとは下北沢THREEで共に働いていたんです。

堀田 僕がTHREEで働こうと思った理由は、新しいバンドが発展していく過程を見ることができるし、マイナーだけどカッコいい音楽が鳴っていて、“何十人くらいの人たちだけがそのことを知っている”みたいな空間がいいなと思って。しかも貸し箱ではなく、店として「こういうことをやりたいんだ」と提示しているようなところを探していたんです。そのタイミングでユウさんがTHREEの店長になってSNSで所信表明を公開していて、それを読んで興味を持ちました。

スガナミ 書いておくものですね(笑)。それで今回独立するにあたってPAを探していたら、堀田くんが参加したいと言ってくれて。今は箱付きのPAを探すのが難しいんです。PAって基本的にフリーランスでいろんな現場で働く職種ですし、店を守ってくれて、若くて腕のいいPAは希少なんです。だから堀田くんが小箱が好きで本当によかった。

堀田 どうしてもライブハウスやクラブって、お金の面を含めた労働条件が整っているところが少ないんですよ。みんな音楽が好きで働いているけど、10年、20年と続けることができない。だからある程度の年齢になると辞めてしまって、それでまた新しい人が入ってくるというサイクルができあがっていて。そういった部分にジレンマを感じていました。ユウさんは独立して立ち上げる店では雇用の面も含めて変えていきたいと言っていて、それで「働かせてください」と直談判したんです。

猪爪東風(ayU tokiO) 自分はLIVE HAUSでギターアンプやベースアンプ、ドラムセットなどプレイヤーに近い機材の選定やメンテナスを担当します。

スガナミ アユ(猪爪)くんとは、昔一緒にMAHOΩというバンドを立ち上げたこともあって。あれって何年前だっけ?

猪爪 10年前くらいじゃない? その頃から楽器のリペアもやっていて。僕は19歳の頃からフリーで楽器のリペアをやっているんです。当時はアルバイトである程度の収入を得ながら、フリーでリペアの仕事をしていて。もともとパンクシーンと近いところで遊んでいたこともあって、その界隈の人たちが僕に楽器を預けてくれるようになったんです。

スガナミ ライブハウスの場合、楽器が壊れたら業者に修理をお願いするんですよ。でもLIVE HAUSではできるだけ“仲間にお金を回そう”というテーマがあるので、楽器の修理はアユくんに依頼することにしたんです。だからアユくんは常駐じゃないんですけど。彼は楽器や音響機材に対する愛情が深くて、LIVE HAUSの楽器の選定にも参加してもらいました。

堀田 機材周りだけで、ここまで役割を分けてる店ってあまりないですよね。ほとんどの場合、楽器やDJ機材はすべてPAスタッフが管理している。そのためにも総合的な知識や能力が必要になるんですけど、それぞれスペシャリストがいるならそれにこしたことはない。僕としても猪爪さんに参加していただけるのはありがたいです。勉強になりますし、箱のクオリティも上がると思うので。

音にこだわる理由

満足のいく音響を目指して、CAMPFIREでのクラウドファンディングを利用して1000万円の支援を募り、見事成功させたLIVE HAUS。120人ほどのキャパシティの小箱で音響設備に1000万円以上を投資する店は珍しいそうだ。

スガナミ LIVE HAUSはホールレンタル料を安価に設定していますけど、これって東京の商業地区でライブハウスを運営するにはハイリスク。それにイベンターからすると、「これだけ箱代が安いとなると、音が悪いんじゃないか?」と不安になるかもしれない。でもその料金設定でばっちりいい音の箱を作れたら最高じゃないですか。音へのこだわりは出演者や観客に伝わると思うし、なにより店で働くスタッフのモチベーションに絶対につながってくると思うんです。

面白さより、柔軟に対応できるシステム

機材の選定については、堀田がスピーカー、マイク、メインコンソールといったPAシステム周り、猪爪がアンプやドラムなど楽器周りを担当。機材リストからはそれぞれのこだわりが感じられる。

スガナミ LIVE HAUSでは当初、珍しいビンテージのアンプを置いたりすることで店の特色を出そうと思っていたんです。でもライブハウスやクラブって、来てくださるお客さんも日々違うし、出演するアーティストも違う。そう考えると、やっぱりみんなが使いやすい機材をそろえることが大事だということに気が付きました。PAの立場からしたら、短いリハーサルの時間や転換中につまみの感じを把握できるのも重要なんだと堀田くんが言っていて、「確かにな」と。あと毎日使うものだから耐久性も重要。例えばビンテージのドラムとかだと、壊れて修理をするときにパーツがなかったりする。そういうことをみんなで話し合いながら音響機器の選定を進めていきました。

堀田 まずメインコンソールは、YAMAHA QL5を選びました。ミキサーを選ぶ際は、まずはアナログ卓かデジタル卓かを考えると思うんですけど、ライブハウスは毎日イベントがあるし、日によっては10組以上のバンドが出演することもある。それを考えるとデジタル卓のほうが設定をリコールできるので便利。それにQL5はスタンダードな機種なので、外部のPAさんでも問題なくオペレーションできると思います。スピーカーはTURBOSOUND Berlinシリーズというラインソースのモデルです。100~200人規模の箱だと、予算や機材導入の時期などの理由からポイントソースのスピーカーを使っているところが多い。でもそれだと、スピーカーの本数を増やしたときに音が干渉するし、無駄な反射が起こりやすいんです。だから若干値は張りましたけど、カバーしたいエリアにしっかりと計算して音を届けられるラインアレイにしました。スピーカーシステムを構築するにあたって意識していたことがほかにも2つあって、1つ目はパワーです。ライブハウスはいろんなジャンルのアーティストが出演するので、打ち込み系などワイドレンジな音源をプレイするDJや高い音圧を必要とするバンドの要望に応えるためにも、パワーに余裕のあるシステムを組みました。2つ目は、細かいニュアンスがわかるもの、という点です。明確に“鳴らしたい音”があるアーティストがライブをする場合に、癖のあるスピーカーで出力することで彼らの表現が曲がってしまうのは避けたかった。細かいニュアンスがわかるスピーカーを選んでおけば、例えばアナログレコードの温かみや、アーティストが作ったサウンドもストレートに再現できるんです。そう考えると、ひと癖あって面白いスピーカーよりも、ある程度どんなものにでも対応できるシステムにしたいなと。

猪爪 堀田くんはいろいろと研究してたし、ライブもDJもやるってことを冷静に考えていました。堀田くんのアイデアがこの店のサウンドに1本筋を通した感じがします。ユウくんのプランのままいくとやばい方向に進む可能性もあったし、僕もユウくんのプランに乗っちゃうしね(笑)。ギターアンプについては、ユウくんから機材選定の話をもらった頃は「つまみの数を減らす」「とにかく屈強なボディにする」みたいなことを言ってたんです(笑)。でも堀田くんが言うように、誰もが表現に取り組みやすい環境を作ろうと考えをシフトさせました。ギターアンプって、同じモデルでも年代によってさまざまなバリエーションがあるじゃないですか。それを掘り下げていって、コンセプトに一番マッチし、さらにキャッチーな個性を持ったモデルをチョイスするように心がけました。例えばROLAND JC-120だとビンテージモデルのコーラスエフェクトや音の質感によさを感じて選ぶとか。FENDERのTwin Reverbも置いているんですが、そのセレクトにはもう1つ念頭に置いていた“仲間感”の部分が色濃く出ています。

スガナミ もう1人の店長である宮川(大仏)くんの私物(笑)。

猪爪 消耗している箇所は多かったですが、そういうものを使わないのは違うだろうと思って、丁寧にチューンナップしました。MARSHALL JCM800に関しては、前期のモデルと後期のモデルでマスターボリュームの有無に違いがあって。さらに50Wと100Wのバリエーションが存在します。LIVE HAUSの規模感を考えると、50Wのほうが小さい音量でもしっかり音を作れてよかったりもするのかなと少し頭をよぎりましたが、今回はみんなになじみがあるという点を考慮して100Wでマスターボリューム付きのモデルを選びました。

スガナミ あとドラムもこだわったよね。

猪爪 そうそう、ドラム。めちゃめちゃ悩んだんですよ。ドラムは交換パーツが一番多い楽器なので、修理することになった際にそのパーツがちゃんと供給されていて、安定したサウンドが約束されているモデルを調べた結果、YAMAHAのYD9000に辿り着きました。これはのちにRecording Customとなる数世代前のモデルで、スティーヴ・ガッドが愛したことでも有名なドラムセットです。彼がレコーディングに使用したドラムセットということなので、これも“みんなになじみがある”という点で考えると、このモデルの音というのはおそらく全世界で一番聴かれたドラムのサウンドなんじゃないかと。

スガナミ ドラマーからの評判もいいもんね。

猪爪 うん。めちゃめちゃ喜んでくれる。やっぱライブハウスのドラムセットがしょぼいと、テンション下がりますからね。

スガナミ 楽器とPA機器、DJ機材を合わせて結果的に1100万円くらいかかったけど、アユくんがリペアしてくれたおかげでかなり費用を抑えることができました。金額以上の楽器をそろえることができたと思う。

猪爪 古いものでも最高に使う、みたいなところでこれまでやってきたので。そのスキルとハートを総動員させてリペアさせていただきました。

堀田 LIVE HAUSの規模だと、音響や機材周りはもっと安く済ませるところが多いですよね。これだけしっかりとお金をかけてる店はあまりないと思います。

スガナミ そうだね。さっきも話したけど、このこだわりは出演者や来場者に伝わると思うから、中途半端な設備にはしたくなかった。それに基本的にアユくんと堀田くんを信頼してるから、2人の説明を聞くと納得しちゃって高くても仕方ないと思えた(笑)。これから営業しながら調整していって「これがLIVE HAUSの鳴りだよね」みたいな、そういう音を作れたらいいよね。初めは音響自体も新人ですから。

猪爪 そうそう。僕が送り出す楽器たちも歴史を持っているけれどどれも新人。それに実際にお客さんを入れてると、だんだんと見えてくるものがあるだろうし。反応を見ながら調整していきたい。オープン後の数日間は気になって見に行っちゃうかもしれないです。

スガナミユウ

自身のバンドGORO GOLOでボーカリストを務める傍ら、レコードディレクターやイベントの企画などを行い2014年より東京のライブハウス下北沢THREEに在籍。2016年に店長に就任すると、チケットノルマ制の廃止、入場無料イベントの定期開催など独自の運営方針で店を切り盛りしていく。2019年12月末にTHREEを退職。現在は自身が発起人の1人であるライブハウス / クラブ・LIVE HAUSのオープンに向けて準備に勤しんでいる。

堀田昌太郎

1994年生まれのサウンドエンジニア。2016年より東京のライブハウス・下北沢THREE、下北沢BASEMENT BARにてハウスエンジニアを務め、フリーランスとしても各地で活動している。2020年からはLIVE HAUSに所属し、チーフエンジニアを務める。

猪爪東風

2012年、複数のバンドでの活動を経て自身のソロプロジェクト・ayU tokiOを始動。単独での弾き語りからバンドセットまで、さまざまな編成でライブ活動を行う。2014年7月に初の全国流通盤「恋する団地」を発表。2020年6月にはSaToAとのスプリット12inchアナログ「みらべる」のリリースを予定している。2007年から音楽活動と並行し、「ayu tone」の屋号で楽器修理業を始める。ayU tokiOとしての活動や音楽プロデュースの経験から培った独自の観点で、楽器の修理、制作、改造を行う。

取材・文 / 下原研二 撮影 / トヤマタクロウ