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『鬼滅の刃』受け継がれる胡蝶カナエの遺志、果たされる胡蝶しのぶの怒り

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リアルサウンド

■「花柱」胡蝶カナエの遺志

 「慈愛」と「憎悪」は、『鬼滅の刃』を深く貫く2本の軸である。主人公の竈門炭治郎は家族を鬼に殺され、「勿論俺は容赦なく鬼に刃を振るいます」と兄弟子に誓うと同時に、「鬼であることに苦しむ者を踏みつけにはしない」と情けをかけようとする(第43話)。

 炭治郎がとある鬼に用いた「水の呼吸 伍ノ型 干天の慈雨」が、苦痛を与えない「慈悲の剣」であることによっても、彼の優しさは描かれてきた(第32話)。一方で、彼の兄弟子である冨岡義勇は、「人を喰わない鬼」である炭治郎の妹・禰豆子の存在こそ許すものの、「人を喰った鬼に情けをかけるな」と忠告し、罪を犯した時点で「醜い化け物」に変わるのだという考え方を炭治郎に突き付ける。

 それに対して前出のセリフを投げ返し、「醜い化け物なんかじゃない」と憐れむ炭治郎を見詰めた義勇は、「お前は……」と一瞬、言葉を失っている。この時に義勇が連想したのは、かつて「花柱」だった胡蝶カナエ(「蟲柱」胡蝶しのぶの亡き姉)の面影だったのかもしれない。

 しのぶは義勇と「鬼と仲良くすればいいのに」「無理な話だ」という問答をしていたが(第28話)、実の所、これはしのぶ本来の考えではない。鬼にすら情けをかける優しさは姉・カナエのもので、彼女自身は鬼に対する怒りと憎悪だけを抱く剣士だったのだ。

関連:【画像】胡蝶姉妹の前日譚収録の小説版『鬼滅の刃 片羽の蝶』

 原作者の監修による小説版『鬼滅の刃 片羽の蝶』の表題作「片羽の蝶」は、胡蝶姉妹の前日譚。オリジナルエピソード色の強い他の短編に比べ、原作者の考える過去設定が色濃く反映されていると思われるが、そこでは姉を喪った後のしのぶが、別人のように「カナエの口調や性格を模すようになった」と語られていた(実際、鬼殺隊で姉妹一緒だった頃のしのぶの性格は7巻収録の「番外編」でも見ることができる)。

<※以下は19巻までのネタバレを含みます>

■最も烈しい鬼退治

『そう 私 怒ってるんですよ 炭治郎君 ずっと ず──っと 怒ってますよ』(第143話)

 カナエの命を奪った仇敵「童磨」に立ち向かうしのぶは、姉の遺志を継ごうとしながらも、ひたすら怒り続けていたことを素直に認める。

「自分の代わりに 君が頑張って くれていると思うと 私は安心する 気持ちが 楽になる」(第50話)

 ……それは最愛の姉と同じ優しさを炭治郎に見て、自分では受け継げなかった想いを託すことで可能になった、純粋な怒りだった。

 さて、ボスキャラ「鬼舞辻無惨」についての記事(『鬼滅の刃』鬼舞辻無惨はジャンプ史に残るボスキャラだ:https://realsound.jp/book/2020/04/post-534329.html)では、無惨が「同情の余地のない悪」である一方、彼に生み出された鬼たちはその犠牲者でもあるのだから、炭治郎に(そして読者にも)同情されうるのだと評した。

 しかし、鬼たちが皆、炭治郎の優しさに触れたわけではない。例えば、「霞柱」時透無一郎が一人で倒した「玉壺」はどうだったか。芸術家としてのプライドの高さから、刀鍛冶の見せる集中力にムダな対抗心を抱いたりと、ユーモラスな描かれ方もしていたが(第117話)、人間の記憶が回想されないまま消滅した鬼だった。

 例えば「半天狗」は、炭治郎が最後まで「怒り」の執念で追い詰めた鬼だった。その人間だった頃の記憶は、罪を犯しながら「自分は悪くない」と偽り続ける人生だったが、自分ではどうしようもない盗癖・犯罪癖に苦しんでいた……とも理解できる過去だったかもしれない(第126話)。それは炭治郎の言う、「鬼であることに苦しむ者」に近い憐れさにも思える。

 そして童磨はというと、無惨以上に「生来の悪」と呼べそうな過去が凄惨に描かれている。記憶を失い、人格が歪んでしまう鬼も多い中で、「人間の時のことだってよく覚えてるし」と言ってのけるのは(第160話)、例外的に「鬼になっても人間の性質が変化していないこと」を表しているかのようだ。

 しのぶはこの仇敵を滅ぼすため、全身を毒に変えた自分の肉体を取り込ませる、という決死の戦法を選ぶ。最愛の姉を奪った鬼は、そこまでしても地獄へ堕とさねばならない存在だった。そうしなければ、あの世で家族に笑顔を見せることも叶わないだろう。

 死後の彼女は、滅びかける童磨の体内(?)で引導を渡そうとしたが、そこで演じられたのは、ようやく葬った相手に惚れられるという、女として最悪に「気色悪い」場面だったと言える(第163話)。それも、「顔色が変化しないのは何も感じていないということ」と見抜かれていた(第157話)鬼に、頬を紅潮させた描写がある……つまり本心で言っている?という余計なオマケ付きだ。

 「片羽の蝶」である彼女は、片羽である姉の優しさを後輩に託しながら、ありったけの憎悪を童磨に叩き込んだ。この仇敵が、「情けをかけられる」「仲良くなれる」余地など微塵もない「最悪の鬼」だったというのは、果たして偶然であったろうか。ただひとつ、慈愛を分け与えることもなく仇を討てた点にかぎり、彼女の望んだ以上の戦いだった、とは言えるかもしれない。

(文=泉信行)