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くるり 岸田繁からの11の回答 『thaw』の制作背景、今この世の中で考えること

音楽

ニュース

リアルサウンド

 新型コロナウイルス禍の事態が深刻化していくに従い、多くのアーティストがアルバムのリリースを見合わせるようになった。プロモーション活動が極めて限られるし、そもそもCDショップも営業できなくなっていく中では、それは当然の判断であったが、くるりのアクションはその逆だった。3月から4月にかけてのツアー『特Q』を中止せざるを得ない可能性が出てきた段階で、もしそうなったら、これまでの未発表曲を集めてニューアルバムを作り、緊急リリースすることを決め(ツアーのリハをやりながら話し合ったという)、実際に中止をアナウンスした3月14日に同時にそれを発表。『thaw』(解凍)と名付けられたそのアルバムは、デビュー前の1997年から2020年まで、つまりくるりの全キャリアにわたる未発表曲を11曲収めた形で、4月15日に配信リリースされた。また、5月27日にリリースされたCDには、プラス4曲の15曲が収められている。

 この作品について、現在のくるりについて、今のこの世の中にあって考えていることについて、岸田繁に聞きたい。と、リアルサウンドではリモートでのインタビューをオファーしたが、書面で質問を受け取って、それに書面で答える形の方がよいです、と本人サイドから希望があった。

 ゆえに、11の質問を作って送ったわけだが、なぜその形の方が望ましかったのか、届いた11の回答を読んで、とても納得した。以下、岸田繁が一問ずつ丁寧に言葉にしてくれたテキストをお届けする。(兵庫慎司)

魂がしっかり全てに込められている 

ーー「最悪、ツアーが中止になったら、未発表作品集をとんでもないスピードでリリースする」「活動を止めないことが何より重要と判断した」と、noteに書いておられましたよね。他のバンドは「止まるのがあたりまえ」でしたし、それでやむを得ない社会状況の中にあって、くるりがやったことは逆だったわけですが、その時は、カンのようなものが働いて、そう決めたのでしょうか。それとも、わりとじっくり考えて、話し合って、そう結論したのでしょうか。 

岸田繁(以下、岸田):新作リリースに関しては、カンのようなものが働いて、突き動かされるように決めました。ライブツアーは恐らく中止にせざるを得ないだろう、ということをメンバーやスタッフに伝えることは正直辛かったです。新型感染症への対策や知見がそれほど広まっていない段階(3月初旬)での決断でした。幅広く情報収集しながら何度もスタッフと話し合い、わりと早めに公演中止の決断をしました。そこに関しては早めに決断できたので、今作の制作にカロリーを使うことができました。

 この事態は多くの音楽家にとって初めてのことだったと思いますが、我々にとっても、ライブツアー全公演がキャンセルになる、ということは未体験のことだったので、メンバーや身近なスタッフ、あとチケットを買ってくれていたお客さんのモチベーションの低下を懸念しました。そこが、今作を発表することに決めた大きな理由です。

ーーこういう「未発表曲集」というアイデアは、過去に「ニューアルバムは作れないけど、何かリリースがあった方がいい」というような時期に、出てきたことはありました?

岸田:メンバーの産休や脱退があって制作活動が止まっていた時に、ベスト盤など、いわゆるコンピレーション盤をリリースしたことがありましたが、「未発表作品集」という意味では、今回が初めてです。 

 ちなみに、前作『ソングライン』に収録している幾つかの楽曲は、随分昔に作った楽曲を初めて録音したものだったりします。

ーー未発表曲は、この15曲以外にもまだありますよね? それらの中からどんなふうにして、この11曲+4曲を選んでいったのでしょうか。

岸田:録音済み、録音途中、ミックス済みのものと、デモ音源などを合わせると相当数の未発表音源が存在しています。今作収録曲の大半はミックス済みのもので、「evergreen」はボーカル録音を残していたので、収録にあわせて急遽録音、ミキシングを行いました。

 「心のなかの悪魔」はNYのレコーディングスタジオでのリハーサル音源で、ミキシングされたものではありませんでしたが、音質も良く、どうしても入れたかったので収録を決めました。演奏上のミスや、歌詞の聴き取りにくさもありましたが、楽曲の性質上、あまり気にしてはいません。

 「Giant Fish」や「Only You」などは、メジャーデビュー前のデモ音源でしたが、これも作品全体の流れの中で必要だということになり、サービス的に収録を決めました。

 作品全体の流れ、つまり曲順などのコンセプトは、佐藤さんがほぼひとりで決めました。 彼は全体の流れや、大きなコンセプトを作ることがうまいんです。あと、彼が昔の作品のことをよく覚えてくれていたことと、ビクターのスタッフが大変な状況下、オリジナル音源の発掘を頑張ってくれたことで、何とか3月下旬までに全ての作業を終えることができました。

ーー「ippo」や「Wonderful Life」のように「メンバーが脱退したからお蔵入りになった」という曲や、「鍋の中のつみれ」のように「アルバム(『魂のゆくえ』)のコンセプトに合わなかった」という曲はまだわかりますが、当時なぜこれを未発表にしたのかわからない、なんてもったいないことをしたんだ、と、聴いて思わされる曲の方が多いです。

 普段から「作ってアレンジまでしたけど未発表曲になってしまった」ということに、そんなにもったいなさを感じないバンドなのでしょうか? 「クオリティが低いからボツ」という理由でお蔵入りになった感じがしないのですが。

岸田:そうですね(苦笑)。クオリティのことはよく分からない、というのが正直なところです。ことくるりに関しては、録音して、仕上げた曲は全て「作品」だと思っているので、録音物として世に出ているものは、それなりのクオリティを保っていると思っています。少なくともここに収録されている作品に関しては、クオリティが低いからアルバムに収録しなかった、ということは無かったと思います。音質クオリティ、や演奏のクオリティという意味ではデモ音源も含めて、様々な性格の作品があってバラエティには富んでいるとは思います。

 やはり、今まで発表したアルバムに収録されている他の楽曲と比べて「はみ出ている」印象を持つ楽曲は最終的に収録候補から外れてしまうことが多かったです。なかには収録分数などの制限や他の収録曲とのバランスから惜しむらく外れてしまったような楽曲もあります。

 プロ野球の選手登録やオーダーを組むことと、アルバム制作というのは少し似ているような気がしています。例えば、投手と捕手、内野手外野手など守備に関するそれぞれの役割と、打順など攻撃の役割分担のために決めねばならないことがあります。同じポジションに守備のエキスパートがレギュラーを張っていれば、いくら打力があってもオーダーからは外して代打要員に回されてしまいます。しかし、外された選手がレギュラー達と比較して「劣っている」わけではありません。「その時点でのベストなオーダー」ということでアルバム収録曲を選んでいくことが多いのですが、オーダーから外れた「レギュラー候補」や「代打要員」だけでオーダーを組んだのが今作であり、荒削りだがすごい試合をする、といった印象です。実にすごいチームが出来上がったと率直に思っています。

ーー例えば、『TEAM ROCK』の時期と『NIKKI』の時期は、特に未発表曲が多かった、みたいなことはありますか? それとも、全般的にいつも未発表曲はある感じでしょうか? 

岸田:未収録曲が出てくると効率が悪い、と考えてしまうので、例えば『坩堝の電圧』なんかはアルバムに19曲収録、みたいなことになったりします。『TEAM ROCK』期は、バンドの音楽的な方向性を模索していたことと、メンバー3人で小回りが利くので、大量に楽曲を制作していましたが、当時の制作スタッフの意向もあり、的を絞った50分足らずのアルバムを制作することになり、作ったが曲の殆どが録音されることがなかった、あるいは録音したけど途中でやめてしまった、みたいなことになりました。今考えると、少しもったいないことをしてしまったように思います。どのアルバムを制作している時期にも、デモ制作やプリプロを行ったけど録音に至らなかった楽曲、は大量に存在します。数を打たないと、当たらないんです。

ーー全部の作業が終わって、11曲(15曲)聴き通してみた時、どんなことを感じたか、教えてください。

岸田:面白い作品だな、と思いました。そして、なんだか感動的でもありました。ボツ曲だろう、と正直たかを括っていたところが無かったかというと実は嘘になりますが、魂がしっかり全てに込められている、素晴らしい作品群だと思いました。どんな時でも手を抜かない自分のスタンスを誇りに思うと同時に、今は居ないメンバーやサポートしてくれたミュージシャンたちの本気の音を感じることができたのも、本当に良かったと思います。改めて、楽曲たちにおめでとう、と声を掛けたいです。

くるり – 心のなかの悪魔

音楽は常に変わらない、とは思わない 

ーー音楽に限らず、エンタメ全体が「コロナ以前・以降」で変わってしまうのではないか、例えば、これまでのような形態で、興行としてのライブ活動ができなくなるのではないか、というような懸念も、今の世の中にはありますよね。

 そのあたりに関しては、岸田さんは、「近い未来、もしこういう世の中になったらこうしよう」というようなことを考えたりもしますか? それとも、案外、元通りに近い形に落ち着くんじゃないか、と感じていたりしますか?

岸田:なるようにしかならない、と考えています。新型感染症の世界的流行がこの先落ち着いたとしても、私たちが住む日本は、世界情勢に振り回される時代がやってきます。来るべき試練が、ついに訪れる、といったところでしょうか。少なくとも今は、都市生活におけるリスクが大きすぎます。

 そんな中、音楽は常に変わらない、とは思わないですし、少なくとも私は、必ず春は来る、と気楽なことを言っていられる状況ではありません。個人的なことを言うと、健康や生き方を見直す時期が来たのかも、と思ったりしています。子供たちを連れて誰も居ない山や川に入ったりすることが増えましたが、昆虫や植物、カエルやザリガニなんかの小動物と触れ合う機会が増えました。植物相も動物相も、変わらないようで私が子供の頃とは一変しました。昔生えていた雑草は姿を消し、昔泳いでいなかった魚がたくさん居たりします。人間だけが変わらない、というのもおかしな話なのかもしれません。それでも変わらないもの、月や青空や、アメリカザリガニの威嚇のポーズ(笑)なんかを見ると、不思議な心強さをもらえるような気がしています。

 エンタメ、なのか芸術、なのか、私にはよく分かりませんが、多分そういうのはグローバリゼーションの進んだ現代の資本主義社会的には二の次三の次で、1990年代を最後に、私が好きなエンタメや芸術は、ずっと不遇の時期を迎えたままです。ことポップミュージックに関して言うと、厳しい言い方になりますが「西洋音楽の三大要素」つまり、リズムとハーモニー、メロディの多様性が無くなり、画一化されていきました。恐らく、アメリカ音楽産業の構造的問題だと思うのですが、制作システムが合理化され、システマチックにプリセットされた音程感やビートのパターンにあらゆるポップ音楽が集約されていきました。その頃の日本では、ポップ音楽の歴史を学ばなくなったミュージシャン達が、アメリカのプリセットを使って音楽を作り出しはじめました。

 個人的には、2000年代以降、メインストリームのアクチュアルな表現にはあまり興味がありません。才能をビジネスにするのは結構なことですが、完成された作品を聴いてみると、あまりにも実像がないと言うか、一部を除いては、匂いのしないものがほとんどになってしまいました。これは、ミュージシャン自体の問題というよりは、制作現場を含めた業界全体の構造的問題だと思っています。利権が集中し、現場では制作過程の合理化が進んでしまったのです。結果、クリエイティブな人材が居なくなりました。面白いものは、余裕と無駄からしか生まれません。

 我々のような「職業音楽家」が業界ごと足止めを食らっている現在、アマチュア音楽家たちとはある意味横並びだと思っています。むしろ、「これからの時代」に最適化したアーティストは、名の知れぬ誰かが新しいムーブメントとともにやってくることでしょう。そして、音楽は「フェスやライブで楽しむもの」から、「聴くもの」へと変化していくのかもしれません。もしそうだとすれば、音楽そのものをしっかり聴くことへのシフトが生まれるのかも知れないな、とも思ったりしています。知らんけど。

ーー岸田さんは数年前から教育者でもあるわけですが、そうなると音楽の未来についても、音楽を志す若者の未来についても、日々向き合うことになりますよね。現在のこの状況に関して、学生たちにどのようなことを伝えていますか?

岸田:教育の現場では、私はいち教員として、シラバスに則って必要なことを学生に教えているだけです。教えていることは以前から変わっていませんが、現状オンライン授業になっているので、実習ができない、といったジレンマはあります。とにかく、音楽をしっかり聴いて骨格を掴むこと、思いついたモチーフを大切に扱うこと、自分自身の課題を自分自身で見つけることを重点的に説いています。

ーー岸田さんがnoteでお勧めしておられた、AERA Dot.の、京都精華大学ウスビ・サコ学長のインタビューを読みました(参照)。「興味深いのは、日本人は政治にそれほど関心がないのに政府に依存し、国からの発言を待っていることです」「また『自分ではない誰かがしてくれる』気持ちが強い。サービスが整いすぎているのが日本の弱さで、知恵や能力を使う機会がなく、自ら考えて動くのが苦手で他責傾向がある。ただ、わかっているのは、この問題は誰かが解決してくれるものではないということです」という発言は特に、まさに自分を言い当てられたようで、ずっしりきました。岸田さんがこのインタビューを読んで「『おー』と思った」(※と、岸田は書いている)ポイントについて、教えていただけないでしょうか。

岸田:サコ氏のインタビューで語られているシンプルな問題提起と、非常に現代的かつ客観的な視点は、私には非常に分かり易かったです。うまくいっている時ほど、人々は政治に興味なんてありません。そして、若い世代は特に、遠くの問題はもちろんですが近くの問題を政治に期待しない性質があると思っています。それは、官僚文化、役人文化と政党政治の特色であり、地域コミュニティと大小様々な組合や派閥などと市民が共存関係にあったからでしょう。仕事やライフスタイルの多様化は進み、時代は音を立てて変化しています。新しい枠組みや、新しいリーダー像を、国民が求め始めている実感がありますが、私も含め、足元が見えていない、と言ったところでしょうか。これからしばらくは、個人から、地域から、地方自治体から、といった風に、今までとは逆の、ボトムアップ型の流れがひとつの「形」になっていくのではないでしょうか。先行き不透明なこの時代において、個人的には、政治を語ることはとても難しいことだと思っています。

 ーー現状、くるりの次の活動としては、どんなアクションを考えていますか?

岸田:こればかりは手探りです。ライブ中心では考えにくいので、活動の軸を音源制作に切り替えてやっていこうと思っていますが、スタッフィングやバンドメンバーの役割など、 少し整理して考えていかねばならないことも多く、悩ましいところではあります。大胆な構造改革が必要かもしれません。

ーーCDのラストの「ヘウレーカ!」を聴くと、くるりが次に作る音楽が、本当に楽しみになります。岸田さんの中ではもう「新しいアルバムではこういうことをやろう」というのは、固まっていますか?

岸田:「ヘウレーカ!」とは位相が少し違うとは思いますが、実際に新作に向けて数曲の録音作業を進めています。実は『ソングライン』制作以前より、ゆっくりと制作を進めていました。現状、編集や録音プロダクションをできるところから再開して進めています。

 まだ全体の完成に向けては余白が多いのでコメントは控えますが、世間的なイメージでの「くるりらしさ」とは大きくかけ離れた作品になりそうです。

■リリース情報
『thaw』
2020年5月27日(水)発売
価格:¥2,700(税抜)  
<収録曲>
01. 心のなかの悪魔
02. 鍋の中のつみれ
03. ippo
04. チェリーパイ
05. evergreen
06. Hotel Evropa
07. ダンスミュージック 08. 怒りのぶるうす
09. Giant Fish
10. さっきの女の子
11. 人間通
ボーナストラック ※CDのみ
12. Only You
13. Wonderful Life
14. Midnight Train(has gone)
15. ヘウレーカ!

くるり オフィシャルサイト