三宅彰×加茂啓太郎対談 2人が考える“音楽プロデューサーの役割”
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宇多田ヒカルのプロデュースや米津玄師のボーカルディレクションを担当したことで知られる三宅彰。そして、ウルフルズ、氣志團、NUMBER GIRL、Base Ball Bear、相対性理論などを発掘し、現在はフィロソフィーのダンスのプロデューサー、寺嶋由芙のサウンドプロデューサーを務める加茂啓太郎。かつてはふたりとも東芝EMI(後のEMIミュージック・ジャパン、2013年にユニバーサルミュージックに合併)に籍を置き、三宅彰が先輩、加茂啓太郎が後輩の関係だった。
今回は、ふたりに現在のメジャーのレコード会社の役割、そしてプロデューサーの役割について存分に語りあってもらった。「CDが売れない」と言われる時代だからこそ、重要な思想がこの対談には詰まっているはずだ。(宗像明将)
「歌は1時間ぐらいの勝負でまとめないと絶対ダメ」(三宅)

ーーおふたりとも、もともとは東芝EMIにいましたが、今は加茂さんがソニーに転職して、三宅さんもソニーに移籍した宇多田ヒカルさんのプロデューサーとして“再会”した形ですね。
三宅彰(以下、三宅):EMIが長かったので辞めたんですけど、ユニバーサル時代も宇多田ヒカルのプロデュースをしていました。僕はソニーに所属していない外部プロデューサーとして、ソニーに転職した加茂さんを追いかけた形です。
ーー加茂さんのソニーへの転職を三宅さんが後押ししたという話も聞きました。
三宅:会社をやってる僕に、会社をやりたいと相談しに来たんですよ。会社をやるっていうのはどれだけ大変なことか、馬鹿なことはやめろと言いましたね。各社いいところも悪いところもあるけど、そういうものを経験したほうが加茂さんの今後の10年、20年に役に立つんじゃないかなと思いましたね。
加茂啓太郎(以下、加茂):ありがとうございます。ソニーに入ってみて、やっぱり社風が全然違うっていうのはわかりました。
ーーおふたりは東芝EMI時代から長い付き合いですよね。
三宅:僕は79年入社で、加茂さんが新入社員で入ってきたのは……。
加茂:83年ですね。
ーー35年前! 加茂さんはブログでボーカルディレクションの師匠として三宅さんの名をよく挙げていて、「自分がそう思ったら、そう貫け」「自信を持ってやれ」と言われたと書いていましたね。
加茂:三宅さんのやり方を見てなるほどなと思ったんです。自分が正しいと思ったらそれを言い通せ、って。
三宅:人間だから、ディレクターでもプロデューサーでも迷うことだらけじゃないですか。本当のことを言ったら、右でも左でもどっちでもいけるなと思うんですよ。そういったときにどうするかって言ったら、よく見るんですよ。そうすると1ミリぐらい右が上だったりするんですよ。そうしたら「100%右だろ」って言うとみんなついてきてくれるんです。それが僕はディレクションだと思うんですよね。
ーーその姿を横で加茂さんが見て学んでいたと。
加茂:そんなに長い期間でもないですけど。
三宅:最近気がついたんだけど、プレイバックってめったにしたことないんだよね。歌入れしててほとんどしたことない。
加茂:マジですか、聴きたいとか言わないんですか?
三宅:だって全部できあがってから聴いてもらえばいいでしょ? ほとんどのアーティストに対してそうやっていたので、それが当たり前だと思ったら、異常だって言われたんです。
ーースタジオのブースで「今のテイクどうですか?」ってアーティストに聞かれないんですか?
三宅:聞かれたことあまりないな。聞かれる?
加茂:何回かやってると、自分でもわかんないじゃないですか、いいか悪いか。三宅さんのやり方は初期のビートルズ・スタイルですね。60年代中盤まではそうやってましたからね。プレイバックもないし。
三宅:僕はそういうものだと思ってたの。だってね、普通の人でも、カラオケで1曲を10回歌わないでしょう。そんなことをしたら精神力が尽きてしまう。アーティストも同じ歌を10回以上歌うことはかなり苦痛なんですよね。だったら、やっぱり歌は1時間ぐらいの勝負でまとめないと絶対ダメだし、その中で最高なものを作るのが仕事だと思ってるんです。
ーーそれは宇多田さんも同じスタイルなのでしょうか?
三宅:そうですね。宇多田ヒカルだけではなく、米津玄師でもやっているんだけど、本当に通常よりも歌入れのレコーディングは短いんですよ。
加茂:うちも一回やってみましょうかね。(寺嶋)由芙ちゃんの場合は、全部歌って完パケした後に歌い直すと3割ぐらいいいテイクがあったりするので差し替えたりするんです。正解はないですから、いろいろ実験はしてますね。録った後に何でも直せる世の中に対するアンチテーゼみたいなものもありますね。
ーー今、加茂さんがアイドルのプロデュースをしているのを、三宅さんはどうご覧になっていますか?
三宅:意外だったけど、それぞれ人の生き方だよね。僕も最近アイドルを頼まれるんだけど、あんまり興味ないんでやらないね。限られた時間でそんなにたくさん仕事はしたくない。むしろ空いた時間に本を読んだり、加茂さんみたいに映画を観たりしたい。加茂さんと映画館でバタっと会ったりしますもんね。そういうことをしながら音楽をやりたいから、あまり時間を潰したくないですね。
ーー今三宅さんが手掛けているのは、宇多田さんのプロデュースと米津さんのボーカルディレクションだけでしょうか?
三宅:あとうちの事務所で抱えてメジャーデビューさせる女の子がひとりと、もうひとりですね。4人。一人はYouTubeでバンドをやってたのを見たんですよ。僕がシャイだから見に行けなくて、僕の知り合いに「一回見てきて」って言ったら「可愛いです」って言われて「じゃあ会おうか」って。天才ですよ、本当に。頑張り屋だからとんでもなくいい。
加茂:そのバンド、僕も知っててコンタクト取ってたんですよ。
ーーメジャーデビューと言えば、加茂さんはフィロソフィーのダンスのメジャーデビューに関しては慎重ですよね。
加茂:年内くらいにはメジャーの発表をできればいいなと思っていますけど。
ーー加茂さんがよく言うのは「宣伝だけでいい」と。要は、制作は自分たちでできるから、後は宣伝だけしてくれればいいという話ですね。
加茂:しかも、クラウドファンディングでイニシャルコスト以上のものが簡単に集まっちゃうじゃないですか。
ーー今回、2018年6月16日に開催されるフィロソフィーのダンスのリキッドルームでのワンマンライブのためのクラウドファンディングがCAMPFIREで行われて、予定の3倍以上集まりましたね。
三宅:それは加茂さんの懐に入ったの?
加茂:クビになっちゃいますよ(笑)。ソニーの口座に入りましたよ。
ーー今回は生バンドを入れて、映像化するためのクラウドファンディングでしたね。三宅さんから見て、クラウドファンディングはどのように映りますか?
三宅:以前は音楽をやるっていったら、レコード会社に入らなければ何ひとつできなかったんですよ。アナログだって出せなかったし、宣伝もやってもらえないし。そんな状況がどんどん変化してきたじゃないですか。レコード会社に頼らなくてもできる音楽の可能性がすごく広がったんじゃないかなと思います。逆に言うと、もっとレコード会社は変わらないとダメですよね。30年前のやり方をやっていたらダメですよ。加茂さんも言うようにいらないんですよね、今の形のレコード会社だったら。だから僕はレコード会社が変化してくれることをすごく期待しているんです。
ーー三宅さんも、レコード会社は変わったほうがいいと言いましたけれど、メジャーにいる意味が問われる時代ですよね。
三宅:僕はメジャーにいる意味があるようにメジャーが変わってくれればいいと思うんですよね。結局「人」だと思うんですよ。お金があって組織が立派でも、本気でやりたいやつがいなかったら乗り越えて行けないんですよ。これは不思議なほどに。だから僕はどっちかというと人を見ますね。レコード会社が人を大事にして、人を前面に出していくような形がいい。もうちょっと顔が見えるような組織づくりとか人材育成とかをしてほしいですね。レコード会社のOBとしては、新しい型のレコード会社に期待しています。
ーーなんでそうならないんでしょうね?
三宅:そのぶん仕事が増えてるもん。たとえばディレクターはたくさん書類を書かなくちゃいけないでしょ。僕なんか何も書いたことないもん。
加茂:東芝EMIでは書きましたよ、制作計画書とか。
三宅:僕、書いたことないもん。
加茂:昔はなかったですよね、80年代初頭までは。
三宅:だんだん偉くなっていくと書かなくていいわけですよ。でも、常に音楽のことばかり考えられて、書類のことを忘れられるような環境にしてあげないと、やっぱりダメだと思いますよ。
加茂:フィロソフィーのダンスも無駄は排してますね、極力。スタッフも少ないから。上司からも、ソニーに入る時に「加茂くんのやることにこっちは精査しないから」って言われたので。僕の良識の範囲内でやっています。
三宅:加茂さんから良識って言葉が出るとは思ってなかったよ(笑)。
加茂:VOWWOWで制作費3000万円飛ばした話とかのことを言いたいんですか?(笑)
ーーなんですか、その3000万円って。
加茂:ボブ・エズリンがプロデュースしたVOWWOWの『マウンテン・トップ』というアルバムの制作費ですね。Kiss やPink Floydのプロデューサーです。当時は石坂(敬一。東芝EMI、日本ポリグラム、ユニバーサルミュージック、ワーナーミュージック・ジャパンで活躍)さんに国際電話で直訴しました。
三宅:そしたら「まぁしょうがないだろう」って。
加茂:石坂さんもPink Floydが好きだから「エズリンならいいんじゃないか」みたいな。全くリクープできなかったですね。バンドも解散しちゃうし(笑)。
三宅:でも、そういうことってものすごく大事で、レコード会社はそういう無駄がないとダメなんですよ。その時の石坂さんは部長ですからね。3000万もの権限が部長にあること自体が素晴らしいですよね。昔のレコード会社って、お蔵入りした音源がたくさんあったんですよ。作ったけど「これダメ」って言われてお蔵入りしたものが。
加茂:ありましたね。編成会議でボコボコに言われて。
三宅:今アルバムの11曲を作るためには、11曲しか仕上げてないんですよ。お蔵入りした音源なんて聞いたことがないですよ。効率化を図っていったり、書類をたくさん書いて人が見えなくなったり、悪い流れになっているから、50年ぐらい前にレコード会社ができた時のシンプルな形にもう1回戻した方が絶対いいと思います。
ーージュークボックスの時代に戻って。
三宅:そうそう、個人がやってる感じにね。小さくなって。
加茂:でも、今はアルバムを300万円で作れっていう時代ですからね。
三宅:僕の場合はそれじゃ成立しないのよ、僕のギャラが高いからさ(笑)。でも、お金が欲しくてギャラを高くしてるわけじゃないんですよ。こういうプロデュースする人たちってすごく虐げられてるわけです。だから「僕がお金を取らなかったら誰が取るのか」っていうつもりでお金を取ってるんですよね。才能とかクリエイティブなものに対してちゃんとお金が払われなきゃいけないと思うから、あえて僕は高くしているんです。でも、給料は安いですよ(笑)。
「一番大事なことが一番保証にならない」(三宅)
ーーフィロソフィーのダンスは名曲の引用もしていますが、宇多田さんの「甘いワナ」はThe Rolling Stonesの「Paint it black」を引用して印税を取られたエピソードがありますね。
三宅:狙ってやってるから、向こうに申請を出したんですよ。そしたら「いいよ、その代わり印税の半分をくれ」って言われて。もう一個言われたのが「クレジットするな、印税だけ払え」って。だから誤解を受けて「勝手に使ってる」って言われてるんですけど、きちんと権利関係はクリアしてるんですよね。
ーー「甘いワナ」を収録した『First Love』が870万枚も売れたので額が大きくなったわけですね。
三宅:よく知ってるね(笑)。
加茂:フィロソフィーのダンスはメロディはパクってないですね。アレンジに著作権はないからアレンジのオマージュは多いですけど。
三宅:気をつけなくちゃいけないのは、今はアレンジの雰囲気が似てるっていう理由で訴えられて、莫大な金額を取られてることだよ。昔はインターネットがなかったけど、今はどこの国でやってもすぐわかる時代になったから。
加茂:ナイル・ロジャースに訴えられますね(笑)。
ーーそういう点は、メジャーだとレコード会社がリスクヘッジをやってくれるはずですよね?
三宅:本来そういうことをしっかりやるべきだと思うんですよね。レコード会社がきちんとあって、そこでアーティストが安心してものづくりだけのことを考えられるようにするべき。東芝EMI自体が基本的にアーティストファーストの会社でしたから、きちんとしてあげようと思っていましたね。
加茂:メジャーの存在意義は、セーフティネットとしての機能ですね。インディーズだと会社がいつ潰れるかわからないし、契約書もどうなってるのかわからないけど、メジャーはちゃんとしているのでセーフティネットとしては意味があるでしょうね。
ーーメジャーの意味というのは、クリエイティブの環境がしっかりしていて、かつセーフティネットとしてもちゃんと機能していることだと。
三宅:その両方を兼ね備えてるのが一番いいところですね。
ーーそれを実現しているメジャーのレコード会社ってどのぐらいあると思いますか?
三宅:昔は全部のレコード会社がそれをやっていましたよ。それが今は組織も大きくなったし、たくさんの要素があるんですよね。昔はアナログ1枚を出せば良かったけど、今はCDを出したり、配信やサブスクもやったり、それを全部ミスがないようにやるのって大変だと思いますよ。
ーー他に大きく変わったところといったら何でしょうか?
加茂:予算管理でしょうね。レコード会社って特殊な業態だと思うんですよ。普通の企業って、宣伝は代理店に任せますけど、レコード会社は宣伝部があって、直接小売に行ってプロモーションするのも特殊な業態だし。レコーディングなんて、やってみないとわかんないこともあります。それなのに一般企業と同じような予算管理システムが一律に入ってきているから、レコード会社独特の業態との相性が悪いんですよね。
三宅:でも、今の時代は管理して当たり前だと思うんだよ。さっき言ったことと矛盾してるかもしれないけど、どんどん無駄を出せって言ったものの、それは個人のパワーだと思うんだよね。「予算100万円でやりましょう」って言われてやるにしても、どうしてもいいものを作るためにやり直してみて150万円いることになったとき、その50万円の差を上司に掛けあって何とかするパワーが今はないんですよ。みんなお行儀よく予算を守っちゃうんですよ、98万円くらいで。
加茂:あとは予算を超える請求書は、ブロックされてまったく通らないとか。
三宅:「売るから予算を出してくれ」っていうのをしないんですよ。それがもし失敗したら自分の身が危ないから。たとえばアーティストを売り込みに行くじゃないですか。今は手が挙がらないんですよね。売れる見込みが保証されてるんだったら挙がるんですよ。純粋に「才能だけ見てくれ」って言ったら誰も手を挙げない。「YouTubeでこれだけ見られてますよ」とかじゃなくて「いい音楽やってる」というところで手が挙がるようになればいいなと思うんです。
加茂:そう思いますよ。上に「お前これ売れるのか」って言われて「才能あるんですよ」って言っても「そんなの保証になんねぇよ」って言われちゃうとね。
三宅:一番大事なことが一番保証にならない。銀行と一緒ですよね、「担保どのくらいだ、土地持ってるのか」って。「土地は持ってないけど将来なんとかできます」と言うと「それじゃダメだな」って言われちゃう。でも、音楽はそうじゃないんですよね。
加茂:僕はブルーハーツを新入社員の時に追っかけて、最初誰も見向きもしなかったんですよ。でも、みるみる人気が上がってきて、各社争奪戦になって。
三宅:その時にはみんな手が挙がるんですよ。手が挙がるタイミングはみんな一緒。何社とか十何社とかが争奪戦をしたっていうのは、手が挙がるタイミングが同じだからなんですよ。みんなが自由に物を言える風土を作ってあげないといけないんだよ。予算を管理するのも大事だけど、それを破ることも大事なのね。やっぱりレコーディングはお金がかかるもん。いいものやろうとすると実験するし、「じゃあこれもう一回やろうか」とかいうのがレコーディングだから、それはお金がかかりますよね。
ーーフィロソフィーのダンスのクラウドファンディングが大成功したのも、ファンの人たちが一流ミュージシャンによる生バンドのライブを見たいと思ったからですしね。
加茂:屋形船ツアー3万円50人分が、2分で即完でしたからね。
三宅:それ、何するの?
加茂:2時間メンバーと一緒に屋形船に乗って、メンバーにカラオケを歌わせて、ちょっとお酌させて、一緒に写真も撮って。
ーーフィロソフィーのダンスのクラウドファンディングのリターンは良心的ですよね。前回なんて、奥津マリリさんに作詞作曲してもらえる権利がたった3万円で驚きましたし。
加茂:低めにしています。アイドルファンって高めに設定しても払ってくれるけど、それは不健全だからフェアトレード価格に設定したつもりです。
ーーレコーディングの時にクラウドファンディングをやれば良かったという感覚にはなりませんか?
加茂:レコーディングに関しては今やりたいことはほぼほぼできているので、逆にビデオの制作とかに必要ですね。インディーズのアイドルはだいたい30万円とか40万円で作っていますし、200万円以上使えるのはメジャーでも今はなかなかないですから。
三宅:昔と違うよね。デジカメやiPhoneで撮れるもんね。昔は300万円ぐらいだったでしょ。CGを使ったらすぐはねあがるじゃん。
加茂:お金を使わないとできないこともいっぱいありますしね。
ーー今のレコード産業は1980年代ぐらいのスケールに戻っているという説もありますが、1980年代より明らかに窮屈になっているイメージもあります。なんでそうなっているんですかね?
三宅:人が増えたんじゃない? 会社も増えたし。当時レコード会社と言ったら大手数社ぐらいしかなかったんじゃないの?
加茂:新入社員の時、ユーミン(松任谷由実)の『VOYAGER』(1983年LP、85年CD発売)が出て、30万枚売れたから大ヒットだと言っていて、今と同じですよ。
ーー宇多田ヒカルさんの1999年の『First Love』の870万枚以上というアルバムセールス記録はいまだ破られていません。CDバブル末期とはいえ、なぜあそこまで売れたと思いますか?
三宅:それだけ時代に合ってたんじゃないですか。でも、理由なんてあまり考えたことないんですよ。はっきり言うと、100万枚は売りたいなと思ってたんですよ。そこから先はわかんないですよ。250万枚なのか300万枚なのか。でも、「100万枚ぐらい売れてもいいんじゃないの」って思ってましたよ。
ーー『First Love』のとき、三宅さんのプロデュースの中で一番重視したことはなんでしょうか?
三宅:良い音楽を作る。そこは妥協せずに、でも期限は守って良い音楽を作ることでしたね。
加茂:それは僕も同じです。良い音楽を作りたいためにこの仕事をしてるだけだから。
「向井秀徳君との仕事が、かなり勉強になった」(加茂)
ーー加茂さんはよく「CDを売りたいんじゃなくて音楽を売りたいんだ」と言っていますね。宇多田さんは、去年12月に一斉にサブスクをスタートさせたじゃないですか。加茂さんも、フィロソフィーのダンスがSpotifyのバイラルチャートで1位を取りました。ふたりともサブスクに対して積極的なのでしょうか?
加茂:新人は積極的であるべきですよ。大物は別にフィジカルとか配信で買ってくれて儲かるから。
三宅:僕は微妙かな。古いのかもしれないけど、やっぱり一生懸命作ったものにはきちんとお金を出してほしいっていう気持ちはありますよ。
加茂:宇多田ヒカルって、CDシングル出さないじゃないですか?
三宅:たぶんね。
加茂:それはなぜかなと思って。
三宅:CDシングルって、握手券が付いてくる人たちの中に入っていかなくちゃいけないわけでしょ。その中で「売れてる、売れてない」って言われても、音楽と関係ないじゃん。
ーー加茂さんも、CDチャートだとどうしても特典会があっていい曲が売れづらいので、バイラルチャートのほうがいい曲が認められやすいと言っていましたね。
三宅:宇多田ヒカルに関して言うと、特典がないんですよね。それは、1枚目を買った人も100万枚目を買った人も同じものを手に入れることができるようにするためです。宇多田ヒカルを20年やっている担当ディレクターの沖田(英宣)さんが、「三宅さんは『特典は音楽に入ってるからいらねぇよ』っていつも言ってた」って言うんです。そんなこと言ったかなと思うんだけど(笑)。音楽の中にすべてがあるし、そこを愛してもらわないといけないと思うんですよね。
ーーフィロソフィーのダンスの特典会はどういう考え方でしょうか?
加茂:特典会自体があまりないですけどね。音楽を売りたいと言う反面、音楽を使って何かを売る時代だから、音楽を使って何かを売って、その売ったお金で音楽を作るという感じですね。僕のお金の回し方のパターンは。
ーー三宅さんは、これからふたりメジャーデビューさせますけど、アーティストはどういう手法で売り出したいでしょうか?
三宅:古いかもしれないですけど音楽にこだわりたいんですよ。もっと言っちゃうと歌にこだわりたいんです。今いい歌があまりないんですよね。昔は、リズムとか表現力とか、ものすごい歌手ばかりいたんだけど、今はみんなサウンドには凝るんだけど歌はあっさりしてるんですよね。サザンオールスターズが出てきた時に、黒人音楽に日本語を乗せた技術革新があったじゃないですか。ロックだったらキャロルが出てきた時に永ちゃん(矢沢永吉)がああいう風な歌い方をして革新があったんですよ。宇多田ヒカルが出てきたとき「Automatic」は「変な歌い方」って言われたけど、そういう歌の技術革新はまだできると思うんですよね。もっと日本語の美しさと日本語の伝え方のニュアンスにこだわっていきたいですね。
加茂:正直、日本の音楽は歌が下手でもいいっていう文化があるじゃないですか。それはすごく嫌ですね。フィロソフィーのダンスも「歌が歌えるアイドルグループを作りたい」っていうのが一番最初にあったんです。
三宅:日本人は、あまりにも歌がうますぎると今度は言葉が入ってこなくなっちゃうんですよ。だから一番いい歌って何かと言ったら、気持ちが伝わる歌。それが本当にできてるかと言ったら、僕はまだまだ追求できる余地はあると思っています。
ーーこれからプロデューサーになる人がやるべきことは何でしょうか?
三宅:歌を頑張ってほしい。スネアやキックの音がどうのこうのっていうよりも、歌に命がけでやってくれる人がいたら応援しますよ。
加茂:音楽マニアのディレクターってあんまりいないんですよね。若い子と話してもそんなに知らないので、そこから入るべきかなって気はしてます。
三宅:石坂さんは「2万曲持ってないとディレクターになっちゃダメだ」って言ってたね。
加茂:「人間ジュークボックスたれ」って言われましたね。今音楽は簡単にいくらでも聴けるのに、若いディレクターは知識がない感じがしますよね。
ーー2万曲はアルバムにすると約2000枚。
三宅:それが常に頭からパッと出てくるようにしろと。
加茂:そこから20年、30年経つと、もっといい曲が増えてると思いますしね。
ーーやっぱり音楽そのものに対する興味が強い人が重要なんですかね。
加茂:僕はそう思いますね。そうあってほしいですね。
ーー売れるためとなると、話は別でしょうか?
三宅:だから、音楽ビジネスだけのプロもほしいんですよ。今話してるのはクリエイティブについてだから。音楽を企業のビジネスとして成り立つようにするプロフェッショナルもほしいと思います。
ーー石坂さんは、エピソードを聞いているとそういう面のプロフェッショナルですよね。
三宅:石坂さんは真の音楽ビジネスマンですよ。
ーーそういうちゃんとした音楽ビジネスマンがなぜ今足りないんですかね?
三宅:今はプロになりきれなくて、曖昧でなんだかよくわからない迷ってる方が多いんだよ。
加茂:でも、梶(望・宇多田ヒカルのプロモーションを長年手がけてきたスタッフ)さんは売り方、宣伝のプロじゃないですか?
三宅:そうだね。梶さんも沖田さんも信頼できるプロ。沖田さんがいなかったら宇多田ヒカルのアルバムは出ないんじゃないかというくらい。僕は座って文句を言ってるだけで、仕切りやいろんな手配は彼がすべてやっているから。そういうプロたちが集まって宇多田ヒカルはやってる。20年間スタッフが一緒なんですよ。誰一人欠けることなく、レコード会社を移るって言ったら、みんな連れていっちゃう。普通はないですよね。
ーー国民的なアーティストって今後出てくると思いますか?
三宅:それは「宇宙人がいるのかいないのか」と一緒で、「この広い宇宙に地球人だけだったら寂しいじゃん」っていう話だよ(笑)。音楽がたくさんある世の中で、新しいアーティストが出てこない社会なんて寂しくないですか? ただ、僕はコンサルとして分析もやってるんだけど、2000年に入ってから新しいアーティストでメインストリームに残っているアーティストがほとんどいないんですよね。サザンオールスターズ、ユーミン、Mr.Children 、BUMP OF CHICKENが今も活躍してる。
加茂:マイナーチェンジ、モデルチェンジのアーティストは多いけど、ニューモデルはいないですよね。
三宅:ニューモデルのアーティストで2015年以降に出てきた人は10%いない。2000年以前に出てきた人が、今でも60%〜70%を占めてる。新しいアーティストって、出てきてもすぐに終わっちゃうんですよ。そのことをちゃんと見つめないといけないと思う。もっと長く生かせる方法があるのにね。
ーーそれはなぜだと思いますか?
三宅:長引かせる努力よりも、目先の一年や来年を乗りきる売上が大事になっているんじゃないですかね。たとえば宇多田ヒカルは今度発売するアルバム『初恋』を入れて、20年でオリジナルアルバムが7枚なんですよ。そういう話をすると「レコード会社泣かせのアーティストだ」って言われるけど、売り上げを年単位で割って考えてみてほしい。その方がレコード会社も得でしょう。作品数が少ないのは戦略でも何でもないし、それは本人のスタンスなんですよね。スタンスってみんな違うから、アーティストによってはたくさん出したいやつもいるし、もっとじっくりやりたいやつもいるし、そのスタンスに合わせるべきですよね。それを一律「みんな毎年必ず出すよ」っていうのは無しだと思うんですよね。
加茂:それは、締め切りがないとできないアーティストもいるし微妙なところですよね。でも、一年に1枚アルバムを出してツアーをするルーティーンになんで縛られないといけないんだとも思います。出したかったら年に3枚、4枚出してもいいし。
三宅:あんまり出さなかったら縛りがあってもいいと思う。アメリカは全部縛りがありますからね。ただ、ジャネット・ジャクソンでも縛りはありますけど、5年、10年で何枚とかですよ。日本のアーティストが一番リリースしている気がする。それと、やっぱりシンガーソングライターって個人で作ってるでしょ。一人で完結してるんだし、年間一枚は無理だよ。
加茂:あとは、「アルバムで10曲」っていうのももう関係ないじゃないですか。CDなら70分以上入るし、配信なら無限だし、それも固定観念に縛られてる感じはしますね。
三宅:やっぱりアナログ時代のあの分数って最高の分数なんだよ。片面22分ぐらいで、ひっくり返してまた22分ぐらい。俺はあの流れでいつも作ってるよ。なぜかと言ったら、20何分ぐらいでひとつの物語ができて、また次の物語が始まるっていう流れが、人間の気持ちにものすごく合うような気がするんです。しかも、Earth, Wind & Fireのアルバムをかけると、外周の音って一番派手な曲なんですよ。内周になるとバラード。1曲目からだんだん静かになっていく。またひっくり返すと、派手な曲が始まる。これがアナログのひとつのルールだったんだけど、すごく気持ち良かった。
加茂:最後もバラードで終わる。
三宅:そうそう。CDになった時に、長い収録時間のCDも多くなったけど、やっぱり人間が聴けるのは45分から50分の間だなと思っていたのでそれしかやってないけど、今や逆戻りしてみんな今40分台でしょ。ブルーノ・マーズはもっと短い。今洋楽は短くて、3分が10曲でアルバム。だから、やっぱり人間として本当にアルバムを楽しめるのは、このぐらいの分数じゃないのかな。
ーー邦楽もだんだん短くなっていくのでしょうか?
三宅:そうしなくちゃいけないのに、まだ長い人がたくさんいる。エド・シーランにしても、今洋楽ってほとんどイントロないじゃん。僕はフェードアウトが好きだから作るんだけど、みんなフェードアウトないよね。エンディングがきちんとある。
加茂:フェードアウトないですね。編集でいくらでもできるからじゃないですか?
三宅:本当に音楽の構成が70年代とか60年代とかの作りに近づいてきているんだよね。米津玄師のボーカルディレクションに携わっていてすげぇなと思ったのは、それなんですよ。すごくコンパクトでシンプルで、イントロも短くて歌もしっかり聴かせて、最後は必ずエンディングがある。で、ものすごく曲は短い。ずるいんですけど、プロデュースって自分が何かを誰かに伝えるんじゃなくて、本当はもらっているんですよね。だから、もらい合いなんですよ、お互いに。それに関して、日本のプロデューサーは少し間違っていて、親が子供に「言うことを聞きなさい」と言うようなプロデュースばっかりでしょ。米津玄師に関しても、僕自身が本当に勉強になった。
加茂:僕は向井(秀徳/NUMBER GIRL)君との仕事が、かなり勉強になりました。97年当時、アナログの8チャンネル・レコーダー、1日3万円の福岡のスタジオを使って録るなんて、そんな発想はなかった。東芝EMIの1日20万円のスタジオで録った音と福岡で撮った音と、どっちがいいか聴いたら、福岡のほうが生々しくて良かったんです。
ナンバーガールに関しては、いくつかの事務所から声がかかっていたんですけど、DIYのスピリットがあったから無くてもいいかなと思ったんですよね。いまでこそ当たり前にはなってきましたけど、メジャーデビューするアーティストが事務所に所属していないって、当時は画期的でしたよ。
三宅:加茂さんさ、俺最近思うんだけど、プロデュースで一番大事なプロセスって何かって言ったら、歌を録っててやめる瞬間だと思うんだよ。やめるって言えないんだよ、みんな。さっきも言ったけど、歌入れはどこまで精神力が持つか、どこまで一曲に集中できるか、どこで止めてあげるかが一番大事だと思うんだよね。
加茂:悩みどころですね。いい歌は録れるかもしれないけど、時間もあるし、声のコンディションもあるし。
三宅:その止めるタイミングが難しいよね。打ち込みだったら何時間やってもいいんだけど、歌う行為って僕たちが考えてる以上に大変だよ。僕、歌手じゃないから適当なこと言ってるけど(笑)。
加茂:「じゃあお前がやってみろ」ってね(笑)。
三宅:その人たちよりも上手く僕はできないもん(笑)。そしたらやっぱり精神状態や気持ちを一番に考えてあげないとね。
加茂:三宅さん、某売れっ子スタジオギタリストにギター投げられた事件あったじゃないですか(笑)。
三宅:会社入って1年目ぐらいでディレクターやってたわけよ。23歳ぐらいでね。まだその時、アーティストとディレクターの関係がわかんないから、音を聴いてて「ちょっと違うな」って思って30回ぐらいやらせたの。そしたら30回目になったら急にキレて「お前が弾けよ!」って(笑)。
加茂:スタジオのガラスが割れましたね(笑)。
三宅:ガラスが割れて弁償して、ボーナスが飛びました(笑)。その時はアーティストの気持ちとかギタリストの気持ちとか、わかんないわけよ。その人がどういう思い入れで弾いているか考えてなかったもん。だから僕が悪かった。彼がキレて当たり前。
加茂:音楽自体、人が作ってますからね。
三宅:歌手が一番大変だと思うよ。ギターの弦だったら変えればいいけど、声帯を変えるわけにはいかないもんね。その気持ちを大切にしてあげないといけないと思いますね。
(取材・文=宗像明将/撮影=稲垣謙一)
■プロジェクト概要
『初の生演奏のワンマン・ライブを一流ミュージャンで開催し映像化したい!』
期間:2018年3月6日(火)22:00 ~5月22日(火)
URL:https://camp-fire.jp/projects/view/40225