長谷川白紙の音楽が開かれたポップスとして成立する所以 『夢の骨が襲いかかる!』に表れた“生身の発声とリズム”
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7月8日、長谷川白紙のニューアルバム『骨の夢が襲いかかる!』のフィジカル盤がリリースされた。もともと5月29日に配信でリリースされたこのアルバムは、2016年の活動開始以来、初めてカバーソングが収録された作品だ。
長谷川はSoundCloudやBandcampで作品を発表し続け、2018年に初の全国流通盤『草木萌動』をリリース。作品がリリースされるや否や、多くの音楽メディアに取り上げられ、音楽ファンやミュージシャンからも賞賛の声があがった。
特に2019年リリースのフルアルバム『エアにに』は、各メディア、音楽ブログの年間ベストアルバムに挙げられ、『CDショップ大賞』や『APPLE VINEGAR -Music Award-』にもノミネート。さらに、テレビ朝日系音楽番組『関ジャム 完全燃SHOW』の「2019年ベストソング」企画では収録曲の「あなただけ」が蔦谷好位置とmabanuaのベスト10に選出され、お茶の間にも彼の名前が知られるようになった作品だ。
2020年も勢いをそのままに、DOMMUNEでトーク&ライブイベント『ドミューにに』が開催。さらに5月には世界的DJ・プロデューサーであるポーター・ロビンソン主催のオンラインフェスティバル『Secret Sky Music Festival』に出演し、国内外のミュージシャン、音楽ファンから注目を浴びる存在へと成長している。
長谷川白紙の音楽は、しばし「難解でありながらポップである」と語られる。そう語られる要因として「情報量の多さ」が挙げられる。彼の作るトラックには、ジャズや現代音楽、エレクトロニカなどの要素が組み込まれており、それらをデスクトップ上で同列に配置しながら一つの曲にまとめ上げる。「草木」や「あなただけ」といった代表曲では、そうした異なる要素を含んだトラックが速いBPMでプレイされており、さながらボーカロイド楽曲のようでもある。
そのようなトラックの上に乗るのは、長谷川自身の歌唱による複雑なメロディラインである。息継ぎもほとんどできないようなメロディを、長谷川は繊細で透き通った声と、言葉の子音を浮かせるような発声で歌う。その声で歌われる言葉は、抽象的な風景と身体的な感覚を独特の言い回しで表現したものである。トラック、メロディ、歌詞、歌唱、どれをとっても、要素分解が困難なほど、多くの要素が詰め込まれている。しかしながら、あらゆるジャンルの要素を取り込んでいるからこそ、多くの人に開かれたポップスとして成立するのである。
ただ、長谷川白紙の音楽は情報量が多いがゆえに、彼自身の実態が見えてこないのも特徴だ。それは長谷川の今までのアーティスト写真やミュージックビデオがイラストであることや、アーティストネームが思いつきでつけたハンドルネームの一つだったことにも象徴されているし、2019年発表の『エアにに』を「徹底的に他者性を追求した作品」と自ら評している(参考:https://www.musicsommelier.jp/posts/8089040/)ことからもわかる。彼の音楽を聴いても、「長谷川白紙」という存在が浮かびあがってこないのである。
徹底的に実態が見えないアーティスト。それが長谷川白紙である。そうした掴みどころのなさも、熱烈な支持を受ける一因になっているように感じる。
しかしどうだろう。『夢の骨が襲いかかる!』を聴くと、長谷川の存在が各曲で確かに確認できる。その大きな要因が、エレピと声だけによるシンプルなアレンジであろう。曲によってはコーラスが重ねられているため「弾き語り」ではないのだが、トラックの中心には彼の声が据えられている。過去の長谷川の楽曲では、情報量の多いトラックのなかに埋没していた声が、細かなブレスまではっきりと聴こえるのである。そこで気がつかされるのは、彼の発声の巧みさだ。
相対性理論の「LOVEずっきゅん」のカバーでは、速いテンポでのテクニカルな演奏のなかで、浮遊感のある発声で流れるように歌う。かと思えば、〈消えてゆく〉の「く」を執拗に繰り返し、最初のサビ終わりの〈ずっきゅん〉の「きゅ」を息の漏れるような声で伸ばす。
「LOVEずっきゅん」は普段の長谷川の楽曲にみられる発声が使われているが、この作品ならではの声もある。サンボマスターのカバー「光のロック」では、息が切れたように声を震わせ、最後の〈落ちていく〉の「く」はザラついた声でビブラートをかけながら音を伸ばす。サカナクションの「セントレイ」のカバーに至っては、歌詞を一音一音丁寧に発声し、声を張り上げる歌唱を見せている。
このように彼は本作に収録された発声を楽器のように自在にコントロールしながら、原曲とはまったく違う味わいに仕上げているのである。
また収録されたカバーソングたちからは、長谷川の歌のリズムの独特さも露わになっている。前述の「LOVEずっきゅん」一つとってもそうだ。サビで繰り返される〈ラブ〉というフレーズも、やくしまるえつこの歌唱では言葉をはっきり区切るのに対し、長谷川は息を「ブ」の音を次の言葉にかかるギリギリまで伸ばしている。また、反復される言葉のリズムは必ずしも一定ではない。この歌のリズムの自然な「揺らぎ」は、「旅の中で」(崎山蒼志)のサビ頭の〈おーおーおー〉というフレーズの反復や、「ホール・ニュー・ワールド」(Aladdin’s Theme)の無音に近いタメからも感じ取ることができる。この長谷川がみせる「揺らぎ」こそが、実は彼の音楽の本質を表現しているように思える。
長谷川は以前、インタビューにて、このように発言している。
「歪んでいるところがあるから整然としている部分も認識できるのであり、音楽の根源的な『緊張と弛緩』という概念も含め、『歪み』は非常に広大な範囲の音楽にアクセスできる軸だと思います」(参考:https://kompass.cinra.net/article/202006-sakiyamahakushi_ymmts)
ここで言われている「歪み」はそのまま、彼の歌における「揺らぎ」に置き換えても成立するだろう。彼は同インタビューで「音楽を進行させる上で最も強い力は落差」だと述べているが、『夢の骨が襲いかかる!』のカバーにおける長谷川のリズム解釈は、まさにそうした落差ゆえの推進力を感じさせる。
このアルバムの収録曲を聴いたのちに、再度過去の長谷川白紙作品を聴き直してみる。すると、彼の歌がいかに楽曲の根幹を為しているかがわかる。トラックの音像に合わせて自在に変わる声、そして複雑なリズムのなかで生まれる歌の揺らぎ。情報量の多いトラックのなかに埋もれてしまっているように思えた声が、立体感を帯びたものとして聴こえてくる。
ちょうど彼はフィジカル盤リリースにあたって、新しいアーティスト写真を公開した。その写真では、今までのようにイラストではなく、生身の長谷川の姿を加工したものが用いられた。
このアーティスト写真が象徴するように、『夢の骨が襲いかかる!』は彼のシンガー、音楽家としての生身の魅力を露わにしたアルバムなのである。(吉田ボブ)

