大阪の新名所「あべのハルカス」の怪談とは? 文芸評論家が選ぶ、夏のホラー小説3選
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夏である。熱いのである。ということで、読めば涼しくなるホラー小説を三冊紹介したい。いや、実際に涼しくなるものではないが、夏の様式美みたいなものである。
■大阪の新名所にもすでに怪談が?
まずはデビュー作から優れたホラー小説を書き続けている田辺青蛙の、実話怪談集『関西怪談』だ。
大阪在住の作者が集めた、大阪と京都の怪談五十八篇が収録されている。京都を舞台にした怪談は多いが、大阪はちょっと珍しい。長年にわたり権力の中心であり、さまざまな怨念の降り積もった京都に対し、商都として知られる大阪は、怪談に向かない土地柄だったのだろう。
だが本書を読んでいると、大阪も怪談を醸成するだけの歴史があることが理解できた。「四天王寺の石」では、四天王寺の“ぽんぽん石”から、不思議な声が聞こえる。「泉の広場」では、梅田の泉の広場に現れる、赤い服の女の幽霊の真相が明らかになる(と思わせて、ラストのオチで微妙な気持ちになるのは作者の腕か)。
さらに「あべのハルカス」では、二〇一四年に全面開業したあべのハルカスに、早くも生まれた怪談が描かれている。なるほど、どんな土地にも、それぞれの怪談があるものだと感心してしまった。もちろん京都の方も負けてはいない。なかでも、舞鶴の歴史があったからこそ起きた怪異を、優しく見つめた「舞鶴で待つ」がよかった。
また、語り口の妙が楽しめる「話さんといて」などからは、作者のホラー作家としての技量が窺える。短い話を積み重ねたことで生まれる、大阪と京都の恐怖を堪能した。
■「家」ではもうくつろげない……
お次は、朝宮運河編のアンソロジー『家が呼ぶ 物件ホラー傑作選』だ。
そもそも家は、多くの人にとって、心安らぐ場である。学校や会社から家に帰ってきて、ほっとする気持ちは、誰でも覚えがあるだろう。家は、自分のフィールドなのだ。その家が恐怖の場になる。これほど怖ろしいことはない。怪奇幻想ライターとして活躍している編者らしい、優れたテーマのチョイスである。
しかも選ばれた作品が粒揃い。小松左京の「くだんのはは」や、日影丈吉の「ひこばえ」といった古典的名作から、平山夢明のグロテスク・ホラー「倅解体」や、京極夏彦が恐怖の本質を暴く「鬼棲」など、現代の人気作家の作品まで、読みごたえのある物語が集められている。
どれも素晴らしいのだが、個人的に気に入ったのが、三津田信三の「ルームシェアの怪」。定員四人のシェアハウスの、新たな住人になった主人公。最初は快適な生活を楽しんでいたが、他の住人のひとりの態度を怪しく思ったことから、どんどん疑問が膨らんでいくのだった。
主人公が精神的に追い詰められていく過程がサスペンス豊かに表現されている。そしてその後に、意外な真実が明らかになり、一気に恐怖が襲いかかってくるのだ。ホラー小説と並んで、ミステリーも得意とする作者だけに、巧みな伏線が恐怖を際立たせる。シェアハウスという現代的な舞台も、十全に活用されていた。怖くて、面白い作品である。
■ご飯が無料になる条件とは?
ラストは輪渡颯介の江戸ホラー小説『祟り神 怪談飯屋古狸』である。檜物職人修行中の虎太を主人公にした、シリーズ第二弾だ。
怪談を聞かせるか、怖い話の舞台になった場所を訪れると、飯代が唯になる飯屋「古狸」。そこの看板娘のお悌に惚れている虎太は、なんだかんだで怪異の現場に行っては、怖ろしい体験をする。というのがシリーズの基本フォーマットだ。なぜ「古狸」がこんなことをしているのか、きちんとした事情があるのだが、本書の内容と直接的な関係はないので省く。ただ、かなり面白い設定だとはいっておこう。
神田の建具屋に現れ、婚礼間近の娘の首を絞める女の幽霊。かつて凶賊に店の人が皆殺しにされ、空き家になった家で消えた男。御神木を切ってから、なぜか死体がよく見つかる雑木林……。連作スタイルで進む各話は、一応、落着する。だが、どこか尻切れトンボだ。これは何かあるなと思っていたら、終盤ですべての怪異が結びつく。そこで浮かび上がる構図は複雑怪奇で、だからこそ恐怖を感じる。主人公の明るいキャラクターで緩和されているが、恐怖のレベルは高いのだ。
以上三冊、どれも怖さは折り紙付き。立て続けに読んで、肝を冷やし過ぎないようにしてもらいたい。
(文=細谷正充)