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『鬼滅の刃』最強の剣士、悲鳴嶼行冥の弱点とは? 竈門兄妹との出会いが変えた心

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 『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)のキャラクター評、今回は、鬼殺隊最強の剣士――悲鳴嶼行冥を採り上げたいと思う。

■最年長の柱の能力とは?

 悲鳴嶼行冥は、「岩の呼吸」を極めた「岩柱」である。盲目という戦士としてのハンデはあるものの、身長220㎝、体重130㎏の逞しい体躯から放たれる斬撃は、凄まじい威力をもって鬼どもを殲滅(せんめつ)する。いや、いま「戦士としてのハンデ」とは書いたが、盲目であるがゆえに、彼には武器が鳴らす音の反響で「空間や動きを極めて正確に把握する」(20巻より)という異能があり、むしろ健常者には見えない世界が視(み)えている、ともいえるだろう。

参考:『鬼滅の刃』煉󠄁獄杏寿郎はもっとも重要なメンターだったーー命がけのメッセージが炭治郎たちに残したもの

 そんな悲鳴嶼が使う「日輪刀」は、他の鬼殺隊の剣士たちが使っているような反りのある日本刀ではない。幅広の斧型の刀に、鎖で巨大な鉄球を繋いだ禍々しい形の武器を、音の反響を頼りに、彼は豪快に振り回すのだ。その素材はすべて、太陽の光をふんだんに浴びた陽光山の鉱石から作られており、上弦の鬼・黒死牟の刀をもってしても(鎖を)切断することはできなかった。

 また、27歳という現役の柱の中での最年長であり、他の柱たちの信頼も厚く、戦闘時には現場の指揮を執ることも多い。鬼殺隊最高位(当主)の「お館様」(産屋敷燿哉)でさえも、命を賭した最後の頼みを託したのは彼だった(16巻参照)。そう、たとえていうなら、この悲鳴嶼行冥という漢(おとこ)は、煉󠄁獄杏寿郎と時透無一郎の剣技、宇髄天元のタフネス、甘露寺蜜璃のパワー、そして胡蝶しのぶの知識――それらすべてを兼ね備えた「究極の柱」だといっていいだろう。

 だが、かといって完璧な人間というわけでもない、というところが、この悲鳴嶼行冥というキャラクターを味わい深いものにしているのは間違いない。一見、何ひとつ弱点のない剣士――柱の中の柱に見える彼にも泣き所はあるのだ。それは、彼の心の中にずっとある、「子供」という存在に対する愛情と不信感のせめぎ合いだ。

※以下、ネタバレ注意(特にコミックス派の方)

 かって鬼殺隊に入隊する前、悲鳴嶼行冥は寺で身寄りのない子供たちを育てている心優しい青年だった。いつまでも続くかと思っていた、つつましくも幸せな日々。ところがあるとき、子供のひとりが鬼と遭遇してしまったために、その幸せな日常は崩れてしまう。鬼と遭遇した子供は、自分だけが助かるために、悲鳴嶼と他の子供たちを食わせるという約束をしてしまったのだ。結果、その子の導きで鬼は寺に侵入し、沙代という少女以外のすべての子供を殺害する(子供たちの多くは、盲目の悲鳴嶼では役に立たないと思い逃げるのだが、結局、鬼につかまってしまった)。

 悲鳴嶼は、残った沙代だけは守らねばならないと思い奮闘、自分でも驚くほどの怪力を目覚めさせ、夜が明けるまで鬼の頭を拳で潰し続ける。しかし、朝になって駆けつけてきた人々に、彼が命がけで守った少女は混乱してこういうのだった。「あの人は化け物 みんなあの人が みんな殺した」。

■炭治郎との和解

 この“事件”により悲鳴嶼は逮捕されるが(鬼の身体は消失し、寺には子供たちの遺体しか残っていなかったため)、彼の無罪を知っていた産屋敷に助けられる。だが、このときに経験した子供たちのさまざまな裏切り行為は、彼の心のしこりとなってその後も消えることはなかった。

 それゆえ、彼は「子供」である本作の主人公、竈門炭治郎と妹の禰豆子に対しても、最初はあまり良い印象を抱かない。それどころか、「なんという みすぼらしい子供だ 可哀想に 生まれて来たこと自体が 可哀想だ」とまでいう。これは、痣のある炭治郎がボロボロに傷ついており、禰豆子が鬼[注]だから、ということ以前に、悲鳴嶼の中にある「子供への不信感」がいわせた言葉ではないだろうか。そう、炭治郎はたしかにお館様が認めている剣士かもしれないが、「子供だから」この少年はいつか鬼殺隊を裏切るかもしれない。そんな疑念が悲鳴嶼の中になかったとはいえないだろう。

[注]禰豆子は鬼に襲われて以来、鬼化しているのだが、兄を助けて鬼と戦っている。

 だが、のちに刀鍛冶の里で人々を守った禰豆子の決断と、炭治郎の正直な心を知り、悲鳴嶼は考えを改める。あくまでも「子供というのは 純粋無垢で 弱く すぐ嘘をつき 残酷なことを平気でする 我欲の塊だ」としながらも、「この子供(炭治郎)は違う…」と思うようになるのだ。

 なお、この“和解”からあまり時を経ずして、鬼殺隊と上弦の鬼との最終決戦が始まるのだが、竈門兄妹との出会いがもたらした悲鳴嶼の心の変化があったのとなかったのとでは、彼が壮絶な死闘の果てに視る景色はまったく違うものになっていたかもしれない。

 物語の終盤――上弦の鬼、そして宿敵・鬼舞辻󠄀無惨との戦いを終え、瀕死の重傷を負った悲鳴嶼の前に、寺で死んだ子供たちの幻が現れる。「先生 あの日のことを 私たちずっと 謝りたかったの」。そして彼らはあのとき、自分たちが決して逃げようとしたわけではなかったのだということを伝え、すべてを理解した悲鳴嶼は微笑みながらこういうのだ。「そうか… ありがとう… じゃあ行こう… 皆で… 行こう…」。それは、いつも眉間に皺(しわ)を寄せている厳つい「岩柱」が初めて人前で見せた、こぼれるような優しい笑顔だった。きっと彼の魂は、愛する子供たちと一緒に懐かしいあの場所へと還っていくのだろう。

■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。