『純情きらり』の西島秀俊にあった強烈な求心力 戦争を真っ向から描いた攻めた朝ドラを振り返る
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朝ドラこと連続テレビ小説『純情きらり』(NHK総合)が再放送中だ。宮崎あおい主演で2006年に放送されたドラマだが、現在放送されている(中断中)『エール』(NHK総合)との類似点がいくつか散見される。
大きな点は、音楽をテーマにしていること。時代が太平洋戦争をはさんでいること。実在の人物をモデルにしていること。『エール』は実在する作曲家・古関裕而とその妻・金子をモデルに、フィクションながら実在する人物や楽曲なども登場するドラマ。『純情きらり』は太宰治の娘・津島佑子による、山梨県に暮らすある家族の五世代に渡る歴史を綴った小説『火の山―山猿記』を原案にしている。その家族のモデルは津島の母方の祖父の家族である。
ほかにも共通点はあり、『純情きらり』の主人公・桜子(宮崎あおい)の地元と、『エール』の主人公・裕一(窪田正孝)の妻・音(二階堂ふみ)の地元が愛知県であること。『純情きらり』は小説を原案にしつつ、舞台を愛知県の岡崎に設定している。朝ドラは過去作へのオマージュも視聴者の楽しみのひとつになっていて、『エール』で食卓に出て夫婦間で物議を醸す八丁味噌は、『純情きらり』では主人公の人生に音楽と並んで重要な役割を果たしていた。
桜子は音楽を愛し、東京の音楽学校を受験する。そこで出会ったのはマロニエ荘の住人たち。画家を志すいささか風変わりな自由を求める人たちだ。その中には、『エール』で川俣銀行の支店長を演じた相島一之がいる。相島演じる花岡八州治は、『くらしの手帖』の花森安治を思わせる名前だが、果たして……。
そして、その画家仲間のなかでひときわ華があるのが、東北出身でなまりのある杉冬吾(西島秀俊)。彼は太宰治がモデルと思われる。小説家と画家という違いはあるが、どこか生活感がなく、女性に世話されることでかろうじて生きていて、そんな関係性から作品を生み出していく様は太宰治の世間的イメージと重なるようだ。
桜子は、インテリ・斉藤(劇団ひとり)との初恋に破れたあと、八丁味噌の老舗・山長の跡取り息子・達彦(福士誠治)と音楽を通して心通わせあっている最中だが、冬吾のキャラが西島秀俊の魅力も相まってかなり強烈で、今後が気になる東京編。
再放送なので、ある程度の話の流れを紹介してもいいかなとも思いながらも、今回の再放送ではじめて観る方のお気持ちも大切にしたい。そこで、本放送当時のドラマガイドに書いてあるところまでを紹介しよう。放送開始前の案内書として作られているものだから安心であろう。
そこに掲載された相関図には、桜子と冬吾には緑の線で「精神的絆」と書かれている。達彦と桜子には赤い線でつながっている。でも何も説明はない。ちなみに、家族は青い線で結ばれ、山長の職人・キヨシ(井坂俊哉)は緑色で桜子に「片思い」と書いてあった。
個人的には、デビュー間もない福士誠治のいかにも真面目な日本男児ふうな容貌に、当時は好感をもって観ていた(今もいい俳優だと思っている)。だがしかし、やはり西島秀俊は問答無用に強烈な求心力がある。
西島の黒目がちの瞳は、一見すると従順な忠犬のようだが、どこかものごとを斜に見ているところもあって、犬かと思って愛でているとふいに猫に変身し、すっといなくなるような、そのつかみどころのなさは離れがたい魅力である。太宰治みたいなまさにそういう人たらしを演じるにはぴったりの俳優だと思う。2020年現在は、また違う魅力があるが、2006年当時は、蒼い少年の名残りも少し感じさせつつ、大人の俳優になっていく過程のなかで、あらゆる物事の境界線上をたゆたっている最高の時期だったと思う。
連ドラ『あすなろ白書』(フジテレビ系/1993年)でブレイクした西島はその状況から背を向け、映画の世界へ向かい、北野武、犬童一心、黒沢清、塩田明彦、古厩智之、石川寛等々、才能あふれる監督たちの芸術性の高い作品に出演していた。映画が好きで、映画館をはしごしてその合間に車のなかでおにぎりを食べているという、とにかくわきめもふらずに映画に夢中である話を、『笑っていいとも』(フジテレビ系)のテレフォンショッキングでタモリに話していたのもこの頃だった(『純情きらり』終了後の暮れ。ちなみに、2006年には宮崎あおいとの共演作が『好きだ、』『海でのはなし』と続いた)。西島の映画愛の成果はアミール・ナデリ監督の『CUT』(2011年)で昇華したと考えていいだろう。以後、新たなフェーズに入り今があるように思う。
『純情きらり』ドラマガイドでは、脚本家の浅野妙子が西島に出演依頼したと明かし、その理由を長めに語っている。
「実は私、映画の世界は今、宮崎あおいと西島秀俊だと思っています。極端なことをいうと筋とか何もなくても、ふたりを撮っているだけで映画になる。しかもふたりには同質のものがあると感じるんです」
以下、まだまだ浅野のふたりへの言葉は続くが、全部は引用すまい。ふたりの精神的なものを浅野は高く評価していて、劇中、冬吾は何かと人生や創作に関していいセリフを言うし、回を増すごとに桜子との関係が深いものになっていく。
ここから少しだけネタバレするが、やがて物語は戦争の時代になって、そうすると自由に楽しむ絵や音楽など芸術や娯楽が不要のものとされ、あらゆる表現は、国のための戦争を肯定するものにされていく。そのとき桜子や冬吾はどうするか……。朝ドラにしては生々しく壮絶で、黒白はっきりさせない、いろんな色の絵の具をぐりぐり塗り重ねたような局面が次々と訪れる。抱えきれない、考えたら頭が破裂してしまいそうな出来事に、桜子と冬吾はひとつひとつ向き合っていく。浅野が信頼を寄せた宮崎と西島だからこそ、彼らを人間の極限にまで到達させたのであろう。よくここまで攻めたなあと思う、なかなかの問題作である。
※宮崎あおいの「崎」は「たつさき」が正式表記。
■木俣冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメ系ライター。単著に『みんなの朝ドラ』(講談社新書)、『ケイゾク、SPEC、カイドク』(ヴィレッジブックス)、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』(キネマ旬報社)、ノベライズ「連続テレビ小説なつぞら 上」(脚本:大森寿美男 NHK出版)、「小説嵐電」(脚本:鈴木卓爾、浅利宏 宮帯出版社)、「コンフィデンスマンJP」(脚本:古沢良太 扶桑社文庫)など、構成した本に「蜷川幸雄 身体的物語論』(徳間書店)などがある。
■放送情報
『純情きらり』
NHK総合にて、7月6日(月)より毎週月曜から金曜16:20〜16:50 1日2回ずつ放送
15分×全156回
脚本:浅野妙子
原案:津島佑子『火の山―山猿記』
音楽:大島ミチル
語り:竹下景子
出演:宮崎あおい、寺島しのぶ、西島秀俊、井川遙、福士誠治、劇団ひとり、高橋和也、松澤傑、美山加恋、村田雄浩、平田満、長谷川初範、八名信夫、戸田恵子、塩見三省、室井滋、三浦友和ほか
写真提供=NHK