『ブラックパンサー』はチャドウィック・ボーズマン以外あり得なかった 早すぎる死を悼む
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8月28日、とても悲しいニュースが飛び込んできました。俳優のチャドウィック・ボーズマンさんが43歳という若さで天に召されたのです。この記事はチャドウィック・ボーズマンさんを偲ぶためのものです。最初に申し上げたいのは、僕は主にアメコミ映画を専門とするライターですから、僕にとってチャドウィック・ボーズマンさんと言えば『ブラックパンサー』なのです。ここでは『ブラックパンサー』を振り返ることで、チャドウィック・ボーズマンさんの素晴らしさを称えたいと思います。もちろん『ブラックパンサー』はボーズマンさんが参加した重要な作品の一つではあるけれど、すべてではありません。俳優さんというのはたくさんのドラマや映画にチャレンジされているわけですから、一つの役柄だけ取り上げて語ったとしても、その人の偉大さのほんの一部をご紹介するだけです。
しかし『ブラックパンサー』という作品はアメコミ映画史において極めて重要な作品であり、『ブラックパンサー』が名作になりえたのはチャドウィック・ボーズマンさんがこのヒーローに命を与えたからなのです。
今、アメリカの映画興行記録における歴代ベスト10を挙げるとこのようになります。
1位『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(9億3666万ドル強)
2位『アベンジャーズ/エンドゲーム』(8億5837万ドル強)
3位『アバター』(7憶6050万ドル強)
4位『ブラックパンサー』(7憶4万ドル強)
5位『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(6億7881万ドル強)
6位『タイタニック』(6億5936万ドル強)
7位『ジュラシック・ワールド』(6億5227万ドル強)
8位『アベンジャーズ』(6億2335万ドル強)
9位『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(6億2018万ドル強)
10位『インクレディブル・ファミリー』(6億858万ドル強)
この数字をみてもわかる通り、『ブラックパンサー』は数あるヒーロー映画の中でもダントツの成功作なのです。翌年のアカデミー賞作品賞にノミネートされる快挙(アメコミヒーロー映画がノミネートされることはこれまで奇跡に近かった)まで成し遂げました。
つまり『ブラックパンサー』は、人気のアメコミヒーロー映画という枠を超えて、社会現象にまでなった作品というわけです。
なにがこの作品をブーストさせたのか? それは本作が黒人監督×黒人が出演×黒人のヒーローが活躍するという黒人映画でもあったからです。言い方を変えれば『ブラックパンサー』というのは史上最も成功した黒人映画です。
映画『ブラックパンサー』の原作となる、マーベル・コミックのブラックパンサーは1966年にデビューしました。ソロデビューではなく『ファンタスティック・フォー』という、当時のマーベルを代表するヒーロー・コミックのあるエピソードに登場します。
『ブラックパンサー』が画期的だったのは、アメコミ史上初の黒人ヒーローだったということです。マーベルは今までのヒーロー像(いわゆるマッチョな白人)とは違うタイプの人物を積極的にヒーローとして描いてきました。1962年のスパイダーマンはやせっぽちのオタクな高校生。1963年のX-MENのリーダー、プロフェッサーXは車いす、1964年のデアデビルは盲目とハンディキャップを持った人物がヒーローでした。1970年代には当時の女性の社会的地位向上を目指した動きに答える形でミズ・マーベル(後のキャプテン・マーベル)がデビューしています。いまで言うダイバーシティを先取りにしていたわけです。
ブラックパンサーが誕生する1966年の少し前に、キング牧師らによる黒人への人種差別撤廃を求めた公民権運動がピークを迎えます。こうしたムーブメントを受けて、マーベルも黒人ヒーローを世に贈り出したのでしょう。ブラックパンサーのデビューの後、キャプテン・アメリカの相棒となるファルコン、ニューヨークの街で活躍するルーク・ケイジ、吸血鬼ハンターのブレイド、X-MENのストーム(コミックではブラックパンサーと結婚したこともあります)らの黒人ヒーローがマーベルでデビュー。またDCも、3代目グリーン・ランタンは黒人のジョン・スチュワートが登場するのです。ブラックパンサーがこれらの黒人ヒーローの先駆けであったのは間違いないのですが、もう一つ彼には他の黒人ヒーローにはない大きな特長がありました。
それは彼がアフリカの(架空の国の)ワカンダの王という設定です。ブラックパンサー以降の黒人ヒーローはいわゆる“アフリカ系アメリカ人ヒーロー”が多いのですが、ブラックパンサーは“アフリカのヒーロー”なのです。このワカンダの存在はブラックパンサー初登場の、『ファンタスティック・フォー』の中でも語られており、チームのリーダーであるMr.ファンタスティックが息を呑むほどワカンダのテクノロジーは優れています。Mr.ファンタスティックは白人で世界最高の天才科学者という設定でしたから、その彼が絶賛するぐらいすごい文化がアフリカにあったということなのです。
つまり、ブラックパンサーには黒人という人種だけではなく、彼らのルーツであるアフリカへのリスペクトがあったわけです。僕はブラックパンサーがアフリカの国を背負っているというのが他の黒人ヒーローと一番違う点だったのではないかと思います。
ブラックパンサーは決して“豹の格好をしたヒーローが活躍する”だけの映画ではない。ワカンダという神秘の国をどれだけスケール大きく素敵に描けるかがポイント。だからマーベルはじっくり時間をかけて映画化に臨みました。
そしてブラックパンサーことティ・チャラ役にも、今までの黒人アクションヒーロー像とは違う資質が求められました。国王であるということです。
僕はチャドウィック・ボーズマンさんのブラックパンサー姿を観た時、彼の目の優しさが印象的でした。輝いているけれどギラギラしすぎていない。この役に起用されたのは、彼の持つなんともいえない気品とおだやかさが理由だったのではないかと思います。つまり、王(殿下)としての風格が彼にはあったのです。邪悪なエイリアン相手の『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』『アベンジャーズ/エンドゲーム』は例外として、ブラックパンサーが活躍する『シビルウォー/キャプテン・アメリカ』『ブラックパンサー』において彼は最後には敵を赦すというか相手のことを受け入れますよね。そう、ブラックパンサーとは悪を倒すだけのファイターではない、間違いを正していくヒーローなのです(彼は祖国ワカンダの過ちも認め、世界とつながっていこうとします)。
曲者ぞろいのマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の中で一番の人格者はこのブラックパンサーことティ・チャラかもしれない。ヒーローとしてのカッコよさと、王としての風格、人柄の良さを求められるこの役において、チャドウィック・ボーズマンさんは見事にその期待に答えてくれました。日本のファンからもチャドウィック・ボーズマンさんへの哀悼のツイートなどがあふれていますが、海外のファンや関係者の多くが“KING”という言葉(日本のファンの何人かが“陛下”)という言葉を使っているのが印象的でした。
そして『ブラックパンサー』という作品は人種問題だけではなく、行き過ぎた自国ファーストへの警鐘やそれでも人類が共に手を取り合えばいい未来が待っているという前向きなメッセージを含んだ寓話です。
こうした世界の問題を解決するためには世界をどう「見る」かにかかっているのであり、だからこそティ・チャラ=チャドウィック・ボーズマンさんのあの素敵なまなざしが胸を打つのです。
チャドウィック・ボーズマンさんの逝去に対し、MCUファミリーもコメントを寄せました。
マーク・ラファロ
「私が言わなければならないのは、今年起きたあらゆる悲劇が、ボーズマンの喪失によってさらに深まったということ。なんて男で、なんと計り知れない才能だったか。ブラザー、あなたは本当に偉大な人であり、その偉大さはまだ始まったばかりだった。主よ。愛している。安らかに眠れ、王よ」
ロバート・ダウニー・Jr.
「ミスター・ボーズマンは、彼の人生のために闘っていた間も、落ち着いていた…これぞヒロイズムだ。彼とすごした良い時間、ともに笑ったこと、そして彼が変えたゲームの方法を僕は忘れない」
クリス・エヴァンス
I’m absolutely devastated. This is beyond heartbreaking.
Chadwick was special. A true original. He was a deeply committed and constantly curious artist. He had so much amazing work still left to create. I’m endlessly grateful for our friendship. Rest in power, King💙 pic.twitter.com/oBERXlw66Z
— Chris Evans (@ChrisEvans) August 29, 2020
「本当にショックだ。心が痛む、なんて言葉じゃ言い表せない。チャドウィックは特別だった。本当にオリジナルな人だった。とても一生懸命で、常に好奇心に溢れたアーティストだった。素晴らしい仕事が、まだ残っていた。僕はチャドウィックとの友情に限りなく感謝している。パワーとともに眠れ、キング」
ブリー・ラーソン
— Brie Larson (@brielarson) August 29, 2020
「チャドウィックは力と平和を与えてくれた人だった。彼以上の存在を代表している人だった。不安にあっても、時間を取って人を見て、励ましてくれた人だった。そんな思い出があることを誇りに思います。あの会話や笑い声。彼と彼の家族に、お悔やみを申し上げます。寂しくなりますが、あなたのことは決して忘れないでしょう。友よ、力と平和とともに安らかに」
クリス・ヘムズワース
「寂しいよ。とても、辛い。僕が会った人の中でも本当に優しくて才能溢れる人。愛とサポートを家族に。安らかに眠れ」
トム・ホランド
「チャドウィック、あなたはスクリーンで見るよりも、ヒーロー然としていた。現場にいた僕だけでなく、世界中のたくさんの人にとってのロールモデルだった。喜びと幸せをたくさんもたらしてくれた。あなたを友人と呼べることを誇りに思う。安らかに眠れ、チャドウィック」
『ブラックパンサー』でライバルとなるキルモンガーを演じたマイケル・B・ジョーダン も、2人が写っている本当に素晴らしい写真とともに「もっと一緒にいたかった」と語っています。
オバマ前大統領も、ボーズマンさんがホワイトハウスを訪問したときの写真とともに「彼が神の祝福を受けていることは誰にでもすぐにわかっただろう。若く、才能に恵まれた黒人であり、尊敬できるヒーロー像を子どもたちに見せるためにその力を使った。痛みを抱えながらもそんなことをできるなんて、なんてことだろう」と語っています。本当に多くの方が追悼のメッセージをSNSなどで発信しました。
You will always be our King. pic.twitter.com/6yfKb913rI
— Marvel Studios (@MarvelStudios) August 31, 2020
さらに、マーベルはわずか1日足らずでチャドウィック・ボーズマンさんへのトリビュートビデオを作り配信しました。『ブラックパンサー』『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』のシーンや撮影風景やその時のプロモーション用に撮影された、他のキャスト、スタッフが彼を称えるコメントで構成されています。
撮影時のチャドウィック・ボーズマンさんのきりっとした表情、そしてオフスクリーンの時の笑顔(本当に素敵な笑顔です)を詰め込んだ映像で胸にジーンときます。あのスタン・リー氏と抱擁する場面もあります。僕はこのビデオに収録されている、サンディエゴ・コミコンでの登壇の場にいたので、このシーンは特に胸に刺さりました。このビデオのタイトルは「You will always be our King(=あなたはずっと私たちのキングです)」。その言葉にうなずきます。
マーベルのライバルであるDCも「ユニバースを超えたヒーローへ。ワカンダ、フォーエバー。チャドウィック、力強く眠ってくれ」とメッセージを出しています。チャドウィック・ボーズマンさんの『ブラックパンサー』がアメコミヒーロー映画の地位を向上させてくれたことへの感謝でもあります。
その中で僕は『ワンダーウーマン』のガル・ガドットが「私はとてもショックで悲しい。安らかに眠って。家族の方々へのお悔やみを申し上げます」とコメント、パティ・ジェンキンス監督が「偉大なるチャドウィックボーズマンが亡くなったことにとてもショックを受け、深く悲しみました。私たちの世界にとってあまりにも大きな、大きな打撃をです。偉大な俳優であり、私たちの世界で愛されてきたブラックパンサー。私は彼の家族や友人、そして昨夜ヒーローを失ったすべての人に愛を送ります」と、いち早く哀悼の意を表したのが印象的でした。
彼女たちの『ワンダーウーマン』も、『ブラックパンサー』同様、社会現象となりました。
この両作品、方やワカンダ、方やアマゾンの島という理想郷から姫と王子が世界に目を向け、世界全体の幸せのために立ち上がろうという展開が似ています(さらにワンダーウーマンもブラックパンサーも世の中の理不尽や悪にNO!と宣言するような両手をクロスさせるポーズがあります)。
『ワンダーウーマン』は女性監督×女性ヒーローの女性映画であり、『ブラックパンサー』は黒人監督×黒人ヒーロー黒人映画でした。ガル・ガドットやパティ・ジェンキンス監督は、チャドウィック・ボーズマンさんは同志に近いものを感じていたのかもしれません。
そしてMCUのプロデューサーでマーベル・スタジオのCEOケヴィン・ファイギ氏の「チャドウィック・ボーズマンは彼が演じたブラックパンサーのように頭が良く、親切で、力強く、強い人でした」という言葉には思わず胸が熱くなりました。
そう、やっぱりスクリーンから、「これぞブラックパンサー! これぞティ・チャラ!」と感じてしまうのは、チャドウィック・ボーズマンさんそのものが持っているオーラだったのですね。彼の今後の出演映画は、主演作であり、遺作となってしまった『Ma Rainey’s Black Bottom(原題)』(日本公開未定)が控えています。
冒頭でも書いたように『ブラックパンサー』だけでチャドウィック・ボーズマンさんのすべてを語れないし、彼を分かった気になってはなりません。けれどチャドウィック・ボーズマンさんのティ・チャラ、ブラックパンサーにどれだけワクワクし幸せな気分で劇場を後にしたことか。その勇姿を観ることができてとても嬉しかった。本当にありがとうございました。
チャドウィック・ボーズマン フォーエヴァー!
■杉山すぴ豊(すぎやま すぴ ゆたか)
アメキャラ系ライターの肩書でアメコミ映画に関するコラム等を『スクリーン』誌、『DVD&動画配信でーた』誌、劇場パンフレット等で担当。サンディエゴ・コミコンにも毎夏参加。現地から日本のニュース・サイトへのレポートも手掛ける。東京コミコンにてスタン・リーが登壇したスパイダーマンのステージのMCもつとめた。エマ・ストーンに「あなた日本のスパイダーマンね」と言われたことが自慢。現在発売中の「アメコミ・フロント・ライン」の執筆にも参加。Twitter
■リリース情報
『ブラックパンサー』
MovieNEX発売中
MovieNEX:4,000円(税別)
4K UHD MovieNEX:7,800円(税別)
4K UHD MovieNEXプレミアムBOX(数量限定):14,000円(税別)
発売元:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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