『わたナギ』ロスはなぜ起きる? 火曜ドラマが描くアラサー女性の心境と呪いからの解放
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9月1日に惜しまれながら最終回を迎えたTBS火曜ドラマ『私の家政婦夫ナギサさん』(以下『わたナギ』)。本作に代表されるように、特に女性支持を集めるドラマ作品にはある特徴が見られる。アラサー女性の心境を描きつつ、彼女らが抱える闇や悩み、呪いからの解放の過程を作品内で主人公が見せてくれる点である。
例えば、『わたナギ』と制作チームが同じ『凪のお暇』(TBS系)。同じくコミック作品原作の『G線上のあなたと私』(TBS系、以下『G線上』)、『MIU404』(TBS系)の脚本も担当した野木亜紀子の出世作『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系、以下『逃げ恥』)や『獣になれない私たち』(日本テレビ系、以下『けもなれ』)などが挙げられるだろう。
これらの作品を実際のアラサー女性はどんな視点で観ているのだろうか。まず、マスコミ勤務の独身女性は『わたナギ』と『凪のお暇』どちらにも出てきた、母娘間でのわだかまりについて身につまされる部分があるようだ。「“毒親”まではいかなくとも、私も例に漏れず母親の影響を受け、母親の期待に応えたいという気持ちが強いタイプだったと思います。悪気があってのことではなく、娘を心配しての言動だとわかるからこそ『善意による呪縛』が苦しかった。母親の“若い頃”と今は時代も全く違えば、そもそも別々の人間。だから、主人公が呪縛から逃げるだけでなく最終的にそれに向き合って自分自身の人生を生き直す姿に感動しました」。これは男性にはあまりピンとこない話かもしれない。実際、巷に溢れている「毒親」関連の書籍も大抵著者は女性で、息苦しい母娘関係について書かれているケースが多い。
デベロッパー企業勤務、既婚女性からはまた違った声が聞こえた。「『G線上』で描かれている、属性を問わない年代もバラバラの“共通の趣味”だけで繋がった関係が、主婦・幸恵(松下由樹)さんにとって心地良く、生活の張り合いになっているのはよく分かります。私は、26歳と比較的若くに結婚したんですが、DINKs(子供をつくらない共働きの夫婦)を楽しみたいと思っていた。だけど、周りには独身で仕事もプライベートも自分のペースで楽しみ続けている友達か、既婚だと早々に子どもに恵まれてママになっていく友達しかいなかった。そんな中K-POPアイドルにハマり、そこで出来たヲタ活友達という新しい枠組み、関係性がとても気楽で心地良かったんです。“推し”の存在だけで繋がることができるので、所属企業や未婚・既婚、子どもの有無など日常生活で否応なしにカテゴライズされてしまうような項目に関係なく親しくなれる。女子大生から母親世代まで幅広い交友関係が出来て、純粋にライブやイベントを楽しめる関係は本当に自分にとって貴重。結婚生活に不満はないけれど、“もし今も独身だったら、韓国に語学留学に行ってただろうな”と思うことはよくあります」。
近年、恋愛一色の王道ドラマというものはほぼなく、職場での人間関係、仕事上の悩み、家族との関係性、将来についての不安など主人公も様々な問題を抱え、関わる周囲もそれぞれに悩みを持ち、色んな人間模様が映し出されながら、「より良く、自分らしく生きる」道を探そうという内容が目立つ。
「女性の幸せ」「女性の生き方」と一言では括れないほどに、様々な選択肢がある分、それはつまりは女性たちが常に「選択を迫られている」ことの裏返しでもある。となると、必然的に「選ばなかった方の選択肢」という残像を皆が持つことになり、時にその「こうであったかもしれない自分」がチラつき苦しめられるのだ。その選択をした側の同性を妬ましく思ったり、疎ましく思えることさえある。
メーカー勤務・バリキャリ独身女性にとっては、『逃げ恥』で石田ゆり子扮する主人公の伯母の“呪い”についての発言が印象的だったと教えてくれた。石田が演じたのは化粧品会社で多くの部下を抱えながら働くアラフィフ独身キャリアウーマン。20代前半の女性に年齢について意地悪な質問を投げかけられた際の回答があまりに秀逸だ。
「私が虚しさを感じることがあるとすれば、あなたと同じように感じている女性がこの国にはたくさんいるということ。今あなたが価値が無いと切り捨てたものは、この先あなたが向かっていく未来でもあるのよ。自分がバカにしていたものに自分がなる。それって辛いんじゃないかな。私達の周りにはね、たくさんの呪いがあるの。あなたが感じているのもその一つ。自分に呪いをかけないで。そんな恐ろしい呪いからは、さっさと逃げてしまいなさい」
また、心を鷲掴みされた彼女の台詞をもう一つ教えてくれた。「私みたいなアラフィフ独身女だって、社会には必要で誰かに勇気を与えることはできる。『あの人が頑張っているなら、自分ももう少しやれるって』今1人でいる子や1人で生きるのが怖いっていう若い女の子たちに、『ほら、あの人がいるじゃない? 結構、楽しそうよ』って思ってもらえたら、少しは安心できるでしょ。だから、私はカッコよく生きなきゃって思うのよ」
選択肢が増えた分、画一的で安直な「正解」もなければロールモデルになる存在もなかなか見つからない今。傷つきながらも自分なりの最適解を見つけようとする登場人物たちの姿に自分を重ね、また「選ばなかった側」にいる者の痛みにも触れることこそ、知らず知らずのうちに自身にかけてしまっている呪いを解き、自身に課してしまった重荷を除くことに繋がるのかもしれない。
■楳田 佳香
元出版社勤務。現在都内OL時々ライター業。三度の飯より映画・ドラマが好きで劇場鑑賞映画本数は年間約100本。Twitter
■放送情報
『私の家政夫ナギサさん 新婚おじキュン!特別編』
TBS系にて、9月8日(火)20:57〜放送(2時間スペシャル)
出演:多部未華子、瀬戸康史、眞栄田郷敦、高橋メアリージュン、宮尾俊太郎、平山祐介、水澤紳吾、岡部大(ハナコ)、若月佑美、飯尾和樹(ずん)、夏子、富田靖子、草刈民代、趣里、大森南朋
原作:『家政夫のナギサさん』(四ツ原フリコ著/ソルマーレ編集部)
脚本:徳尾浩司
演出:坪井敏雄、山本剛義
プロデューサー:岩崎愛奈(TBSスパークル)
製作:TBSスパークル、TBS
(c)TBS