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草なぎ剛が『青天を衝け』で徳川慶喜を演じる意義 歴代大河ドラマでの描かれ方から探る

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 2021年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』の新キャストとして草なぎ剛が出演する。

 『青天を衝け』は「日本資本主義の父」と称される渋沢栄一(吉沢亮)の生涯を描く物語。脚本を担当するのはNHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『あさが来た』を手掛けた大森美香。幕末から明治にかけて活躍した女性実業家の広岡浅子をヒントに造形したヒロイン・あさ(波瑠)の生涯を描いた『あさが来た』は、朝ドラでは珍しい江戸時代末の幕末からスタートする時代劇だったが、同じ時代を舞台にした『青天を衝け』は、大河ドラマでは珍しい経済に絡んだ実業家の物語になることに注目が集まっている。

 そんな『青天を衝け』で草なぎが演じるのは、15代将軍・徳川慶喜。江戸幕府最後の将軍として幕府側の頂点にいた慶喜は、倒幕派の維新志士たちにとっては倒すべきラスボスだが、朝廷に政権を返上する大政奉還をおこない、自ら徳川幕府の幕を閉じたという意味では、西郷隆盛や大久保利通、あるいは坂本龍馬といった維新志士と並ぶ日本を近代化に導いた立役者の一人だったと言える。

 むろん、これは徳川家を延命させるために行ったことで、あらゆる時の権力者と同様、決して純粋な悪人でも善人でもない。ただ時流を見る目があったことは確かで、彼が幕府存続にこだわり江戸で新政府軍との全面戦争をおこなっていれば、より多くの血が流れていたことは確かだ。

 ジャーナリストの大宅壮一は『実録・天皇記』(角川新書)の中で昭和天皇・裕仁と徳川慶喜の類似性を指摘し、「慶喜の立場や態度は、終戦時における天皇裕仁と一脈相通ずる点がないでもない。見る人によって利巧でもあり、臆病でもあり、また正しくもある。いずれも創業型、豪傑型でなくて、守成型、二代目型という点が似ている。もっとも完全に“家”をつぶすことを免れたのは、その消極性のお陰だとも見られないこともない」と語っている。

 本書を読んで、改めて考えたことは幕末と終戦の類似性だ。慶喜が幕末に大政奉還をおこない江戸城を無血開城したことと、昭和天皇が1945年のポツダム宣言を受諾し、無条件降伏の意思を示したことは、日本における大きなターニングポイントだが、負けを認めることで時代を切り開いたという意味で両者は似ている。

 最終的な歴史的評価は賛否あるが、コロナ禍の日本政府の対応をみていると負けを認めることもまた為政者の役割ではないかと感じる。『青天を衝け』が放送される頃に現在の状況がどうなっているかはわからないが、慶喜のことをドラマで描くことの意味は大きいのではないだろうかと思う。

 では、そんな慶喜は歴代の大河ドラマではどのように描かれてきたのか?

 もっとも有名なのは1998年の大河ドラマ『徳川慶喜』だろう。主人公の慶喜を演じたのは本木雅弘。『麒麟が来る』の斎藤道三役が記憶に新しい本木だが、この慶喜役は感情を顔に出さない聡明な男で、父と井伊直弼を亡くして以降は、生き伸びるために言行不一致の道化を演じるという、複雑なキャラクターだった。

 慶喜は幕末を舞台にした大河ドラマの常連で、『新選組!』では今井朋彦 、『龍馬伝』では田中哲司、『花燃ゆ』ではお笑い芸人・どぶろっくの森慎太郎が演じた。

 『篤姫』の平岳大、『八重の桜』の小泉孝太郎、『西郷どん』の松田翔太と、二世俳優が多いのも特徴で、そのあたりは江戸幕府の将軍という育ちの良さを重ねての起用だろう。
そんな中、草なぎ剛の抜擢というのは、かなり面白いところを衝いているのではないかと思う。

 俳優として高く評価されている草なぎだが、時代劇の代表作は、フジテレビ系で放送された『太閤記 サルと呼ばれた男』と『徳川綱吉 イヌと呼ばれた男』だろう。

 この2作は脚本・福田靖、演出・鈴木雅之、企画・石原隆という『HERO』を手掛けたフジテレビのスーパーチームが手掛けたSPドラマだが、特に後者は「生類哀れみの令」という「天下の悪法」を通した自分勝手な暴君・犬公方という印象が強い綱吉を、赤穂浪士の討ち入りと対比することで掘り下げた意欲作となっていた。

 同じ徳川家の将軍といっても綱吉と慶喜では時代背景も人物造形も全く違うのだが、どこか重なるところがあったからこそ、今回の起用につながったのではないかと思う。

 『実録・天皇記』によると、慶喜は当時の典型的な知識人で、いちはやく西欧文化の優位を認め、油絵を学んだり、豚肉の入った西洋料理にも率先して箸をつけていたという。そのため生家の一ツ橋に引っかけて豚一と呼ばれており「江戸の豚京都の狆(朕)に追い出され」という庶民の川柳も残されている。

 だとすれば、今回の草なぎは『慶喜 豚と呼ばれた男』と言ったところだろうか。稲垣吾郎、香取慎吾と共に「新しい地図」を結成して以降、草なぎがテレビドラマに出演したのは、NHKスペシャル『未解決事件 File.06 赤報隊事件』のみだったため、今回の慶喜役をきっかけにドラマ出演が増えてほしいと願う。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■放送情報
大河ドラマ『青天を衝け』
NHK総合にて、2021年放送
出演:吉沢亮、小林薫、和久井映見、村川絵梨、藤野涼子、高良健吾、成海璃子、田辺誠一、満島真之介、岡田健史、橋本愛、平泉成、朝加真由美、竹中直人、渡辺いっけい、津田寛治、草なぎ剛、堤真一、木村佳乃、平田満、玉木宏ほか
作:大森美香
制作統括:菓子浩、福岡利武
演出:黒崎博、村橋直樹、渡辺哲也、田中健二
音楽:佐藤直紀
プロデューサー:板垣麻衣子
広報プロデューサー:藤原敬久
写真提供=NHK