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FKAツイッグス「sad day」息を呑む7分半の映像美 ヒロ・ムライとのタッグでこそ描けた“再会”の物語

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リアルサウンド

 FKAツイッグスが2019年リリースのアルバム『Magdalene』収録曲「sad day」のビデオで、映像作家のヒロ・ムライとタッグを組んだ。ムライ氏にとっては、グラミー賞主要2部門と最優秀MV賞を獲ったチャイルディッシュ・ガンビーノ「This Is America」以来、2年ぶりの音楽映像作品。ツイッグスは類い稀な身体能力を使って、スタントマンなしのアクションに挑戦している……などなど、重要な情報はあるのだが、ここはまず、なるべくまっさらな状態で7分34秒の、ショートムービーのような作品を観てほしい。

FKA twigs – sad day

 ……凄いでしょう、息を呑んだでしょう。

 曲名は「哀しい日」だけれど、曲のサビは〈Would you make a wish on my love?〉だ。直訳だと、「私の愛に願いをかけてくれる?」になる。ふつう、願いをかける(make a wish)のは虹や流星だから、ちょっと奇妙な言い回し。そして、ツイッグスは「愚かなくらい私を愛してくれれば素敵な日」、「あなたがただ日常を走り回って過ごしているのなら、哀しい日」と囁く。インタビューで「失った愛を請う曲」(参照:Story of Songs)と説明しているけれど、ほのかに上から目線を感じる。なぜなら、彼女は自身のアルバムタイトルにも冠した「マグダラのマリア」、バイブルで大人気の罪深い聖女なのだから(注:小池栄子さんではない)。

 ビデオの内容を解説していこう。

 場所はイギリスのどこか。閉塞感の強い、おそらく労働者が多いエリアだろう。舞台は持ち帰りが前提のチャイニーズ・レストラン。看板には「テイク・アウェイ」と「フィッシュ&チップス」とある。これがアメリカだと「テイク・アウト」になり、フィッシュ&チップスの代わりにフライドチキンが人気メニューになる。万国共通で安く、たくさん食べられるタイプのレストランだ。New Ocean Barで調べたら、ロンドン郊外の、ロンドン・コルニーに実在する店だった。あとは、サッカーのアーセナルの練習場があるらしい。

 夜中の2時。一番奥の席でドレッドロックスの青年が順番待ちをしていると、トレンチコートのマリアが店に入ってくる。冒頭ではふつうに歩いていたのに、彼女は柱の陰から彼に目を止めた途端、ロボットのような、前衛舞踏のような異様な動きを見せる。と、背中から剣を抜いて切り掛かるマリア。応戦するドレッドロックス。え、なにこれ、戦闘もの?

 ふたりはガラスを割って、雨に濡れた路上に転げ出て、さらに戦い続ける。突如、マリアが高く舞い上がる。おっと、2000年の1作目が欧米で爆発的に流行った『Crouching Tiger, Hidden Dragon』(邦題『グリーン・デスティニー』)へのオマージュか。ワイヤーをつけてガンガン飛ぶカンフー映画の先駆けであり、2001年のアカデミー賞では10部門ノミネートされ、4部門受賞している。ヒップホップのリリックにもよく引用されるほど、文字通り「爪痕を残した」作品であり、LAで高校生だったムライ少年も衝撃を受けたはず。なるほど、出会いが中国料理店だったのは、必然だったのだ。すごいのが、この一連の殺陣とワイヤーでのスタントを、ツイッグス本人が行っていること。

 実は、先行のシングル「home with me」の歌詞に、このビデオのヒントがある。該当の歌詞を訳してみよう。「SF作品で私みたいな見かけのヒーローは見たことないもの/だから 希望には添えないんじゃないかな/あなたを持ち上げられるとでも思っているのかな/飛べるように手助けできるとでも?/だって 特撮もので私みたいなヒーローはいないもの」。そう、「私みたいなヒーローがいない」と嘆いたツイッグスを、ヒロ・ムライは「だったら」とばかり、ヒーローに仕立てたのだ。だから、逃げているように見えるドレッド君は、実はマリアに「飛ばされている」だけで、時にダンスのようにも見える殺陣は、きっとまた心が傷つくようなギリギリの恋愛の始まりである。登場時の彼女の異様な歩き方は、それまでに傷を受けた恋心を表していたのであり、満身創痍でも相手に向かっていくマリアこそ、恋愛の真の勇者だ。ボロボロの部屋にもつれ込んだふたりは、とうとう刺し違える。真っ二つに切り裂かれたマリアの中は傷心のあまり空洞であり、それに気がついた彼は心臓からあえて手を出して刃を把み、応える。ふたりは、結ばれたのだ。ヒリヒリするような、7分半のボーイ・ミーツ・ガール、もしくは再会の物語。

 FKAツイッグスは、2014年の『LP1』で世間を驚かせた、オリジナルな音楽を奏でるアーティストであり、昨年のグラミー賞授賞式でポールダンスを披露したように、身体能力の高さでも知られる。そして、彼女が有名な理由のもう一つは、映画『トワイライト』シリーズで人気の頂点を極めたロバート・パティンソンと交際し、婚約までしたのに2017年に破棄されたこと。この失恋は彼女を徹底的に打ちのめし、リリース時の資料でも「完全包囲でもされたように、まったく身動きができなかった」と話している。そこから立ち直る過程で、夢中で体を鍛えたのだとか。『トランスフォーマー』のシャイア・ラブーフや、有名ファッションエディターと交際したり、最近ではThe 1975のマシュー・ヒーリーとのデートを目撃されたりもしているがーーツイッグスはかなりのモテ女でもあるーー4年ぶりの新作『Magdalene』はやはり失恋が影を落としている。「sad day」については、「恋人に戻ってきて、哀しませたかもしれないけれど、またリスクを冒してくれないかな、と歌っている曲」と説明している(参照:i-D)。

 さて、「sad day」のビデオはマリア=ツイッグスの妄想落ちかと思いきや、空想で刺し違えた彼が同じ時間に店内に入ってきて終わる。予知夢だったのだ。最後に流れる曲は、「mirrored heart」。「鏡合わせのハートを持った恋人たちを見るたびに/あなたを失ったことを思い出す」と歌う、またもや失恋の曲なのだが、その歌声には祈るような浄化作用がある。鍛え抜いた体躯と儚い歌声という組み合わせは、正邪を併せ持つマグダラのマリアの中に自分を見出した彼女らしいとも言えるだろう。以上を踏まえて、もう一度ビデオを鑑賞してほしい。そのあとに、ぜひ『Magdalene』のFKAツイッグスの天才を、確認してほしいのだ。

■池城美菜子
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絶滅危惧種の洋楽専門ライター/翻訳家、ときどき映画評。訳書『カニエ・ウェスト論』、『How To Rap』。著書『ニューヨーク・フーディー』、『まるごとジャマイカ体感ガイド』。www.kusege3.com