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没後10年、世界中のクリエイターに影響を与えた今敏監督の功績 未発表作はどう決着する?

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リアルサウンド

 アニメ監督の今敏が他界して、今年でちょうど10年になる。劇場用アニメ『PERFECT BLUE』(1997年)で監督デビューを果たしたが、もともとは漫画家として活動しており、80年代は大友克洋のアシスタントをしながら漫画連載の仕事をしていた。そのせいもあってか、絵柄に大友克洋の影響を受けていると語っている。アニメ業界で仕事をするようになってからも監督と兼業でリアルタッチのキャラクターデザインを自ら手がけ、映画界を引退した伝説的女優を主人公にした『千年女優』(2002年)や、ホームレスが捨て子を拾ったことから始まる騒動記『東京ゴッドファーザーズ』(2003年)など、独創性に満ちた映画をコンスタントに発表した。

 筒井康隆の小説を原作に制作された『パプリカ』(2006年)は、夢と現実の相互干渉を題材にした奇抜なアイディアで観るものを圧倒する作品だが、クリストファー・ノーラン監督の映画『インセプション』(2010年)には、『パプリカ』の影響が色濃く見て取れる。『パプリカ』は他人と夢を共有できる画期的な装置の発明を巡って、悪夢を見させる夢のテロリストと、夢探偵パプリカの戦いを描く内容だが、『インセプション』もまた、他人の夢に侵入して潜在意識の中からアイデアや情報を抜き出す産業スパイが登場する。ホテルの部屋から飛び出した男が廊下を進むうちに通路がねじれてゆく場面や、空間の一部がバリバリとガラスのように崩れ落ちる描写を始め、夢の中だからこそあり得る、いやあり得ない光景がつぎつぎと『インセプション』で展開する。これらは『パプリカ』の中でも見られるシーンで、ノーラン監督が今監督のビジュアルにインスピレーションを受けているのは確かだろう。

 数々の映画賞に輝いたサイコスリラー映画『ブラック・スワン』(2010年)の監督として知られるダーレン・アロノフスキーもまた、今監督のビジュアルに刺激されたひとりで、2000年公開の『レクイエム・フォー・ドリーム』に、『PERFECT BLUE』と同じシチュエーションのシーンを挿入している。『レクイエム・フォー・ドリーム』は、3人の若者と1人の主婦がドラッグで破滅してゆく物語だが、その中の1人を演じるジェニファー・コネリーがバスタブに顔を沈めて水中で叫ぶ場面がある。これは『PERFECT BLUE』で、アイドルユニットを卒業した主人公が、その後は望まぬ方向の仕事ばかり続き、バスタブの湯船の中で叫ぶシーンと符合している。どちらも“本意ではないことを続けているが、いまさら後戻りは出来ない“という、精神的に追い詰められた気持ちを水中に向けて放っているのだ。叫び声の大きさは水泡の勢いとなって表現される、見事な演出である。

 またアジア圏でも、韓国のゾンビパニック映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016年)を監督したヨン・サンホがアニメ監督出身だったこともあり、来日時のインタビューで好きな映画監督に今監督の名を挙げている。台湾のアニメ映画『幸福路のチー』(2017年)の脚本と監督を兼任したソン・シンインも、幼いころから日本のアニメを観て育ったと語りつつ、主人公の空想と現実、過去が入り混じる『幸福路のチー』について「今監督の影響が強い」と明かしている。

 今監督は46歳という若さで早逝したため、もっともっと新作を観たかったと願うファンは世界中にいることだろう。長編アニメ映画を4作、テレビアニメを1作、世に残したが、4作目の映画『パプリカ』の公開前から構想を練っていた『夢みる機械』という未発表作がある。いや、熱心なファンにはタイトルと作品の存在が知られているので、未発表という言い方は正確ではないかも知れない。だが世に生まれてはいないのだ。がんで他界する直前まで準備を進めていた『夢みる機械』はその後、今監督の作品を制作してきたアニメスタジオ、マッドハウスの丸山正雄が残された絵コンテや資料をもとに作品を完成させるべくプロジェクトを動かしていた。だが2011年に資金面の問題で一時中断し、その後は今監督の唯一無二の才能を誰が引き継げるのか?という考えに至り、プロジェクトの進展は見られていない。『夢みる機械』が現在どういう状況なのか、どう決着がつくのか、マッドハウスからの公式な明言はない。ただ今監督が世に残したアニメーションが、今なお数々のクリエイターと世界中のファンを魅了し続けていることだけは確かなのだ。

■のざわよしのり
ライター/映像パッケージの解説書(ブックレット)執筆やインタビュー記事、洋画ソフトの日本語吹替復刻などに協力。映画全般とアニメを守備範囲に細く低く活動中。