小芝風花の台詞に詰まっていた女性へのエール TBSドラマの本領発揮『書類を男にしただけで』
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2019年に発表された日本のジェンダーギャップ指数のランキングは、世界153カ国中121位だった。前年度と比べるとかなり順位を落とし、先進国の中では最低水準。世間では「今は女性が活躍する時代だ」なんて言われているが、企業の幹部はいつも男性ばかり。SNSからは常日頃セクハラ上司への愚痴や性被害に遭った女性の叫びが聞こえてくる。月曜からまた女らしさを求められ、性別による不遇に耐える毎日がやってくるのかーー。そんな世の女性が抱える憂鬱を、スペシャルドラマ『書類を男にしただけで』(TBS系)が爽快に吹き飛ばしてくれた。
火曜ドラマ枠で『逃げるは恥だが役に立つ』や『私の家政夫ナギサさん』など、女性にかけられたあらゆる呪いをコミカルに、且つ社会に問いかける形で描いてきたTBS。今回は小芝風花演じる主人公の箕輪祐希が“男性”として大手企業に入社したら――という斬新な設定で、女性が日常で強いられている理不尽や悔しさを顕在化させた。本作はTBSの女性プロデューサー・中西真央が「ラブコメディの世界を借りて、明るく切なく、そして痛快に蹴飛ばしたい」という想いから企画したという。
ドラマは広告業界で働く祐希が、取引先の前で自分を“社長の愛人”と呼ぶ上司(袴田吉彦)に勇気を振り絞って「あの呼び方やめてください!」とお願いする場面から始まる。もちろん祐希は社長の愛人ではないし、実際社長に会ったのは数えるほど。上司はそれを分かっている上で、取引先との潤滑剤として祐希を使っていたのだ。上司から返ってきたのは、「嫌ならあの時嫌って言ってよ~」「もっと気持ち良く仕事させてよ」という傷口に塩を塗るような言葉、そして、日常的なセクハラが分かる肩をねっとりと触る手。祐希は耐えかねて、上司を背負い投げしてしまう。暴力は絶対許さないと声を荒げる上司。自分は無神経な言葉と態度で祐希を殴っていた癖に。
結局クビになってしまった祐希に手を差し伸べたのは、のちに祐希の同僚となる杉田(竜星涼)だ。「今日の痛みは一瞬、守ったプライドは永遠」。たった一言が明日を生きる力になる。失った仕事の代わりに、祐希が手にしたのは“自分らしさ”だった。けれど、自分らしく生きようとする人間には逆風が受けるもの。転職活動に励むも、祐希は気の強い性格が原因で連勝連敗。唯一受かったのは大手広告会社インサイトエージェンシーだったが、健康診断で性別が男として登録されていることを知る。担当の医師が祐希に告げたのは、同社は中途入社で女性は採用しないということ。即戦力として会社で活躍するのは男性だけ。女性は男性社員のサポートに回されるため、バリバリ働こうとする祐希は必要ないのだ。
悩んだ末に男として入社した祐希は仕事ぶりが評価され、花形部署・第七制作部へ移動に。いきなり古橋部長(デビット伊東)と、再会を果たした杉田、キラキラ女子のあやか(水沢エレナ)とチームを組み、最重要クライアント・信玄堂の渡辺社長(友近)から予算10億円の仕事を受けることになる。
まさに“書類を男にしただけで”地位や名誉を享受した祐希だったが、あやかを通して女性社員が受ける不遇を目の当たりにする。本当は誰よりも仕事ができるのに、男性社員に気を遣って自分の意見を押し殺すあやか。散々彼女を社内の華として扱った挙句、来年30歳になるという理由で「女は若いうちが華だから」と切り捨てる部長……。
こんなに女性蔑視な会社が今も存在しているのだろうか、そう疑問に思った人もいるかもしれない。けれどここ数年、働く女性が増える一方でフルタイム就業率が下がり、男女間賃金格差が一向に縮まらない現実を考えると、大袈裟でもなんでもない。それにこのドラマが訴えたかったのは、働く上での性別格差だけではなかった。
信玄堂へのプレゼンで祐希が語ったのは、女性の生きづらさが分かる出来事の数々。開業医の家に生まれた子供が女というだけでがっかりする親戚、男の子と遊んでいるだけで媚びている、男たらしだと揶揄する女友達。力が強いだけで女扱いされず、就活では顔が綺麗な子から順に内定をもらえる。セクハラを訴えても、相手は会社の屋台骨というだけで罪を免れ、意思表示をしなかった被害者の方が責められる。そのどれもが、女性の心を蝕んでいるという事実はなかなか伝わりづらい。
なぜ自分は女に生まれたんだろう。女に生まれなかったら、男に生まれていたら、人生はもっと上手くいくのに――。祐希がキャリアを投げ捨てでも本当の性別を明かしたのはきっと、この国に生きるすべての女性に女として生まれたことを後悔させないためだろう。女だってパンツスーツを履いてもいいし、反対に男だってメイクしてもいい。誰もが願っているのは、「自分のなりたい自分でいられて、誰に傷つけられることのない人生」だ。
色んな人が生きる社会だから、現実はすぐに変わらないかもしれない。けれど杉田が祐希に贈った言葉のように、当たり前のようで当たり前に叶えられない願いをたった1時間に凝縮して届けてくれたこのドラマは、世間の荒波にもまれる私たちの生きる活力になる。
■苫とり子
フリーライター/1995年、岡山県出身。中学・高校と芸能事務所で演劇・歌のレッスンを受けていた。現在はエンタメ全般のコラムやイベントのレポートやインタビュー記事を執筆している。Twitter
■作品情報
『書類を男にしただけで』
TVerにて、10月18日(日)まで配信中
出演:小芝風花、竜星涼、水沢エレナ、奥野壮、高橋メアリージュン、デビット伊東、友近
脚本:飯野陽子
プロデュース:中西真央
演出:石井康晴
製作著作:TBS
(c)TBS
公式Twitter:https://twitter.com/yuki_minowa
公式Instagram:https://www.instagram.com/shorui_otoko/