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『キン肉マン』大魔王サタンは「稼げるレスラー」である ジャスティスマン戦で発揮したヒールの才能

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リアルサウンド

   プロレス的視点からキン肉マンの各シリーズのベストバウトを紹介していく本シリーズの第3回は、オメガ・ケンタウリの六鎗客編(コミック61〜72巻)の中から選出。ウルフマンをはじめとした超人オリンピック出場メンバーたちの奮戦。運命の5王子の参戦など話題も多かった今シリーズからは、この試合を取り上げてみたい。

第1回:2000万パワーズ、“名タッグ”として語り継がれる理由
第2回:名勝負ブラックホールvsジャック・チー戦に見る、“別人格ギミック”の面白さ

※以下、ネタバレが含まれます

大魔王サタンvs完璧陸式・ジャスティスマン

 名レスラーの条件に、どんな相手でも客を満足させるプロレスができる”プロレスのうまさ”というものがある。プロレスは単に自分の強さだけを誇示すればいいというものでもない。自分の技を出し、相手の技を受け、時には観客を煽りながら会場全体の空気をコントロールし、支配して、観客に熱狂とカタルシスをもたらすことができるレスラーが、いわゆる「カネを稼げるレスラー」である。

 その一方で、自分だけが光ればいいという独善的な考えで、一方的に攻め、相手の技を受けず(受けられない場合もあるが)、相手の良さを殺しながら試合を展開するレスラーもいる。まったくスイングしない試合展開に観客も爆発するポイントが見出せず、戸惑いと混乱のまま凡戦に終わる。プロレスの隠語でそういった試合を「しょっぱい試合」と呼び、しょっぱい試合を連発するレスラーは「塩レスラー」と呼ばれ、また相手の土俵に乗らない頑固なレスラーを「カタいレスラー」と呼び、この称号を与えられるのはある意味レスラーにとって不名誉なことである。

 それでは究極に上手いプロレスラーと、究極にカタいレスラーが戦った場合、果たしてそれは名勝負となるのか、凡戦となるのか。この究極のほこたて対決が行われたのが、オメガ・ケンタウリの六槍客編のラストバトル、そうあの大魔王サタンvs完璧陸式・ジャスティスマンの一戦である。

 その存在は無印のときからファンに認識されており、かつてあの悪魔将軍に憑依していたことも手伝って、作中最後の大物悪役としてファンの期待を一手に背負っていた大魔王サタン。今回自らが画策したオメガの民による企みが失敗するや否や、自らの力で強引に企みを成功させようとついに実体化。刺々しい甲冑を纏ったそのマッチョな姿に、ファンの期待は嫌が応にも高まる。

 はたしてこの実体化したサタンに立ち向かうのは、勝てるのは? 激戦のダメージが深いスグル、アタル、運命の王子たち。各陣営の超人もサタンの結界を抜け出せずにいる中、サタンの前に立ちはだかったのが、完璧陸式・ジャスティスマンであった。このジャスティスマン、完璧始祖の中でもとんでもない強さと実力を誇り、先の戦いではアシュラマンを完膚なきまでに撃退、テリーマンには試合放棄で敗れたものの、テリーマンの攻撃にまともなダメージを受けたそぶりもない、デタラメな強さを見せつけていた。

 ……そう、強すぎるのである。相手の技を食らっても涼しい顔。自分の技は有無を言わさぬ破壊力で相手を壊しにかかる。対戦相手は腕をもがれ足をもがれ(もっとも最後はテリーが自分ではずれるように仕向けたのだが)のボロボロな状態を晒すのに、自分はまったくもってノーダメージ。

 このあまりにもセールをしない様子に、案の定読者からは「あの塩レスラーやばくね?」「カ……カテェ」という声が多数あがったことは言うまでもない。そんな塩すぎるジャスティスマンが、大魔王サタンに対していったいどんな戦いを見せてくれるのか? あのジャスティスマンが苦しむ、苦戦する、あまつさえ一敗地に塗れる姿が見れるのか? サタンの実力も未知数なだけあって、嫌が応にも読者の期待は高まった。そう、そのときは……。

 試合序盤、サタンがラスボスにふさわしい猛攻を繰り広げて、ジャスティスマンを攻め立てるのに、ジャスティスマンは全くもって無表情。それを気にせず攻撃を続けるサタンがフィニッシャーである「サタニックソウル・ブランディング」で一気に仕留めにかかり、見事技は炸裂……したのだが、ジャスティスマンは涼しい顔でニヤリ。そう、ラスボスのフィニッシャーに対してもセールをしない、完璧な塩レスラーっぷりを発揮してしまったのである、この大一番で。

 「やっちまったあの野郎……」読者は心の中でそう呟いたに違いない。そう、戦いが始まった最初の一話で、全ての読者がこの戦いの勝敗を確信してしまったのだ。そしてこのあとは、ただひたすらサタンがジャスティスマンに蹂躙され続けるという塩展開になるということを……。

 その予想の半分は当たることになる。

 ジャスティスマンは予想どおり完膚なきまでにサタンを破壊した。しかし、過去2試合のような塩試合にはならなかった。それはなぜか? 大魔王サタンがヒールレスラーとして完璧な仕事ぶりでジャスティスマンを引き上げたからに他ならない。

 前シリーズでは一応敵として戦ったジャスティスマンだが、この試合ではベビーフェイスとして、大ヒールのサタンと戦わなくてはいけない。その構図を意図的に作り出すために、まずサタンは試合前に舌戦を仕掛けるが、ジャスティスはサタンの話は聞かないで自分の主張ばかり、あまつさえ「黙れゴミ屑」のひとことでサタンの喋りを遮るという形で応戦する。

 一見すると塩にしかみえないこのジャスティスマンの喋りだが、改めて見ると「ザ・ロック」(世界最高峰のプロレス団体WWEのトップレスラー)に通じるものがあるということがわかるだろう。ザ・ロックといえば歴代最高のベビーフェイスの一人である。サタンはジャスティスマンをやりとりの中で自然とベビーの立ち位置に誘導し、過去の因縁も踏まえた対立構造を観客(読者)に実に見事に提示したのである。

 役割が決まったら、次は実際の試合をどう成立させるかだが、実はサタン、ヒールとしての立ち位置にも関わらず、ほとんど反則を使っていないのである。言うなればシュートを仕掛けてきた相手に対して、あくまでもセールとアピールで試合を成立させようとした。ひたすらジャスティスマンの技を受け、たまに効いてないアピールをしようと逆立ちになれば、自分のことを棚に上げてその態度にキレたジャスティスマンに喋り途中で蹴り倒され……。最初はそのやられっぷりを同情し、その小物感に失望していた読者も、それでも立ち上がりプロレスの試合として成立させようとするサタンの姿を見てようやくサタンの名レスラーっぷりに気づき、サタンを応援していた。

 そのセールとアピールに乗せられてるとも気づかず、「やっぱり俺強えー」を連発できて気をよくしたジャスティスマンは、試合中にベビーフェイス全開なセリフを連発する。まるで正義の味方のそれがカッコよく聞こえてしまったのは、ほかでもない、サタンのコントロールのおかげである。そして読者の気持ちが十分に高まったところで陸式奥義「ジャッジメント・ペナルティー」を食らったサタンは文字通り粉々に砕けちる、これ以上ないやられっぷりを披露する。誰の目にも明らかな勧善懲悪。メインイベントの締めくくりとしてはまぎれもないハッピーエンドである。

 このとおり、オメガ編のメインイベントとなるこの試合は多分に凡戦になる可能性を秘めており、試合展開いかんによっては暴動が起こってもおかしくない状態だったことは理解していただけたろう。そんな試合を一人の名レスラーが必死にコントロールしたおかげで、名勝負とはいわなくても、メインとして試合が成立したという事実を忘れないでほしい。塩レスラーともいい試合ができる大魔王サタンは、その名にふさわしい超一流の“カネの稼げる”ヒールレスラーとして読者の記憶に残ることだろう。

■関口裕一(せきぐち ゆういち)
スポーツライター。スポーツ・ライフスタイル・ウェブマガジン『MELOS(メロス)』などを中心に、芸能、ゲーム、モノ関係の媒体で執筆。他に2.5次元舞台のビジュアル撮影のディレクションも担当。

■書籍情報
『キン肉マン(61)』
ゆでたまご 著
価格:本体440円+税
出版社:集英社
公式サイト