死んだ恋人との交際、少女が気づいた“家族の呪い”とは? 異色のホラーラブストーリー『青野くんに触りたいから死にたい』
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付き合い始めたばかりの彼氏を交通事故で喪った刈谷優里。悲しみに暮れ、もう死んでしまいたいと手首にカッターを当てた時、飛び出してきたのは死んだ彼氏・青野くんの幽霊だった。他の誰にも見えないし、体にも触れられないけれど、ひっそりと幸福な交際を続けていた2人。けれど、青野くんの中には得体の知れない「何か」が潜んでいて——。
Webで第1話が公開された当初から大きな話題となったホラーラブストーリー『青野くんに触りたいから死にたい』。巻を重ねるごとにスリリングな展開に注目が集まるが、それとともに目を引くのが、主人公・優里の成長だ。
豹変した青野くん——通称「黒青野」の恐ろしさや、「四ツ首様」というお呪いによる儀式など、オカルティックな要素が目を引く一方で、物語が進むうち、優里の家庭環境なども明らかになってくる。
ある日、優里が青野くんとのデートから帰ると、離れて暮らしていた姉の翠が家に戻っている。翠は優里が自分の服を勝手に着ていることに激怒し、玄関で無理やり服を脱がせ、下着姿で放置する。後から出てきた母親は、「翠ちゃん仕事のことでナーバスだからそっとしてあげてね」と言ったきり、翠を叱ることも優里をフォローすることもない。
その現場を見ていた青野くんは「君はすごくひどいことをされたんだよ」と憤るが、優里は「翠ちゃんは可哀相だから」とかばう。なおも怒りが収まらない青野くんは、お母さんは君にこう言ってるんだ、と言う。
「小さかった翠ちゃんはお兄さんが死んで悲しむ家族のためにたくさん我慢した たくさん犠牲になった」「だから次は優里ちゃん 君が生け贄になってあげてね」
優里は「どうしてそんな意地悪を言うの…?」と声を詰まらせ、2人は気まずい雰囲気になる。けれどその後優里は、わがままな翠に振り回されたせいで、友達の1人もできなかった幼い頃を思い出す。
同級生の藤本、美桜とともに黒青野について調べていた優里。自分たちだけであれこれ行動した結果、危険に巻き込まれた優里たちに、美桜のいとこで小学校教諭の春希が「僕ら大人には子供を守る責任があるんだ」と言うシーンがある。その説に従うならば、優里は「守られるべき時に大人に守られなかった子供」なのだ。親から耐えることを強要されて育った優里は、助けを求めるよりも自分が耐える方法を選んでしまう。四ツ首様に子供たちがさらわれた時も、優里は自分の身を差し出して黒青野と契約し、子供を守ろうとする。それを止めたのは藤本だ。
「自分を犠牲にする前に生きてる人間を頼れよ…!」
自己犠牲に走りがちな優里を守ろうとするのは藤本だけではない。黒青野が優里の体を乗っ取るのを止める方法として、優里の処女性を失わせる選択肢が浮上する。優里が誰かとセックスして処女でなくなれば……そんな可能性が皆の頭によぎった時、美桜ははっきりと否定する。
「優里ちゃんは青野くんが大好きで大好きな子としかセックスできなくてでも青野くんは幽霊でセックスできないから優里ちゃんは誰ともセックスできなくてずっと処女‼︎」
そんな彼らに囲まれて、優里は少しずつ変化していく。家族のことで青野くんと喧嘩して少し経ったあと、優里は「わたしの家族 やっぱり変なんだと思う」と吐露する。
「青野くんに教えてもらった日から もしかしてうちの家族はちょっと酷いのかなと思ったら じわじわ心に広がって ああ酷いのかもしれないなぁと思ったの」
自分の傷と向き合い始めた優里は、他人に向ける眼差しも変わっていく。引きこもりで、外に出ることを過度に恐れている美桜。優里たちが助けを求めた時でさえ家から出ることができず、役に立てない、と泣く美桜に、「役に立ってないわけない」と言いかけて、優里はこう言い直す。
「役に立つとか立たないとかどうだっていいんだよ わたし勝手に美桜ちゃんのこと友達だと思ってた!」
四ツ首様に追い込まれて踏み込んだ不思議な山の中で、幼い青野くんと出会った時もそうだ。僕は逆上がりもできるよ、テストで満点だった、僕のこと好き? と何度も問いかけてくる小さな青野くんに、優里はこう言い聞かせる。
「逆上がりができてもできなくても 漢字テストが満点でも満点じゃなくても 君が好きだよ」
周りの人にそんな言葉をかけながら、優里は自分自身の今までの行動についても振り返るようになる。そして、自分を犠牲にすること、自分が我慢すればいいのだという考えは、自分を大切に思っている相手を逆に傷つけることにもなるのだと気づいていく。
「青野くんに触りたいから死にたい」——そんな風にやけっぱちで自傷的だった少女は、自分を傷つけるのではないやり方で、青野くんに近づく方法を模索し始める。黒青野との契約の対価で、黒かった髪は白くなり、瞳も赤くなり、優里は色々なものを失い続けていくけれど、その中で獲得した「自分を傷つけない」という強さは、誰にも奪うことのできないものだ。核心に近づくにつれて物語が残酷さを増していっても、優里の強さが揺るぎない光となって、行く先を照らしている。
■満島エリオ
ライター。 音楽を中心に漫画、アニメ、小説等のエンタメ系記事を執筆。rockinon.comなどに寄稿。満島エリオ Twitter(@erio0129)