『マーキュリー・セブン』は現代の“ビタミン剤”に 夢に向かう宇宙飛行士の姿から見えるもの
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ナショナル ジオグラフィックといえば、自然界の動物の生体から宇宙に至るまで最新情報を特集する雑誌。そのナショナル・ジオグラフィックが数年前からオリジナルドラマを配信していることをご存知だろうか。10月16日よりDisney+(ディズニープラス)にて日本初独占配信される『マーキュリー・セブン』もその一つだ。
ナショナル ジオグラフィックならではのドラマ配信
そもそも、ナショナル ジオグラフィックがテレビチャンネルを持っていることは知っていても、ドラマ配信を行っていること自体初めて知る方も多いだろう。ナショナル ジオグラフィックのドラマと聞くと、少し堅そうなイメージを持つかもしれないが、事実をもとにしつつも、あくまでドラマとして娯楽要素を強く残している。そのため、ドキュメンタリーは少し重たい、活字はちょっと苦手という方にこそオススメしたい、学校の図書館においてある偉人の漫画のような、いい意味での気軽さがある。取り上げられている歴史上の人物を知る導入編としてももってこいだ。
ナショナル ジオグラフィックにとって本格的にドラマ参入となったのは、リミテッドシリーズ『ジーニアス:世紀の天才アインシュタイン』(2017年)。主演にジェフェリー・ラッシュ(『パイレーツ・オブ・カリビアン』『英国王のスピーチ』)、第1話の監督にはロン・ハワード(『アポロ13』『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』)を迎え、アインシュタインの知られざる素顔を描き、エミー賞リミテッドシリーズ・テレビ映画部門の作品賞および主演男優賞にノミネートされた。翌年2018年には『ジーニアス:ピカソ』を発表し、主演のアントニオ・バンデラスは主演男優賞ノミネートを果たしている。
実力派俳優を主演に置き、歴史に大きな影響を与えた人物にフォーカスした『ジーニアス』シリーズは毎年人気を博し、次回は『Geniue: Aretha』と題し主演にシンシア・エリヴォ(『ハリエット』でアカデミー賞主演女優賞ノミネート)を迎え、2018年に亡くなったソウル歌手アレサ・フランクリンにスポットを当てたドラマを配信予定だ。そして今回、新しい挑戦としてナショナル・ジオグラフィックが送り出すドラマが『マーキュリー・セブン』だ。
1983年の映画版『ライトスタッフ』と本作『マーキュリー・セブン』の違い
製作総指揮にレオナルド・ディカプリオが入り、彼の個人製作会社アッピアン・ウェイ社と、ワーナー・ブラザース・テレビジョンがナショナル ジオグラフィックのために共同制作している本作。後に人類初月面着陸を果たす「アポロ計画」の前身として、1958年~1963年にかけ行われた有人宇宙飛行計画「マーキュリー計画」が舞台だ。原題は『The Right Stuff』、1979年に発表されたトム・ウルフ著の同名ドキュメンタリー小説の実写化であり1983年発表の映画のリメイクでもある(邦題『ライトスタッフ』、アカデミー賞4部門受賞)。
『ライトスタッフ』は、何といってもエド・ハリス、スコット・グレン、デニス・クエイドら豪華キャストに感激だった。本作で主人公となる「マーキュリー計画」に抜擢された宇宙飛行士7人(=“マーキュリー・セブン”)とは別に、世界で初めて有人超音速飛行を成し遂げたチャック・イエーガー(サム・シェパード)も主人公の1人として据え、宇宙に行こうが行くまいが、偉業を果たすパイロットとして必要な”The Right Stuff=ライトスタッフ(己にしかない正しい資質)”とは何かを問うストーリーに胸が熱くさせてくれた。そして、なによりエンディング曲。アカデミー賞作曲賞も受賞しているサウンドトラックは、映画を観たことなくともきっとどこかで聞いたことがあるのではないだろうか。
80年代の傑作の一つとも言われる映画版『ライトスタッフ』を今回ドラマとしてリメイクするにあたり、ショーランナーのマーク・ラファティ(『ホワイトカラー』『キャッスルロック』)は「実現できないようなイノベーションや願望を人々が成し遂げる時、頭にあるのは決して良いストーリーだけではない。それが本作を今伝える大きな理由の一つだ」と語る。長尺だった映画版よりもさらに長い時間をかけて今回描かれているのは、まさにそんな登場人物たちの苦悩だ。
自分にしかない正しい資質とは何か
本作の1950年代~60年代前半のレトロおしゃれなプロダクションデザインは瑞々しく、俳優たちのファッションやインテリア、車などは観ていてとてもワクワクする。「マーキュリー計画」の広告塔でもあり根っからの優等生キャラなジョン・グレンに『SUITS/スーツ』のパトリック・J・アダムス、妻がいながらも浮気をしまくる凄腕パイロットのアラン・シェパードにジェイク・マクドーマン(『リミットレス』)、一度は家族と別居するも復縁を試みるゴードン・クーパーにコリン・オドナヒュー(『ワンス・アポン・ア・タイム』)とメインキャストはいわゆる“イケメン俳優”が勢ぞろい。
そんな見た目の華やかさとは裏腹に、テレビ版で描かれる”The Right Stuff=ライトスタッフ(己にしかない正しい資質)”は、パイロットたちだけではなく、ともに生きる家族にも当てはめられ、同時に「個人としてどうありたいか」という問いが投げかけられる。「支える」立場であるパイロットの妻や子どもたち、そして両親たちは、彼らがアメリカを代表する宇宙飛行士になったからと言って両手を上げて喜ぶだけではないということをじっくり時間をかけ紡いでいくのは映画との大きな違い。中でも際立つのは、自身もパイロットライセンスを持つゴードン・クーパーの妻トルーディ。宇宙飛行士に選ばれたからには公人としてのイメージも大事だと、別居した夫から復縁を迫られる。まだまだ女性は家庭に入るのが一般的な世の中で、彼女は本来の自分の願望を叶えることができずにいる。その中で、あることがきっかけで彼女が光を見出す瞬間、時代に翻弄されながらもどうにかありたい自分を模索する姿に共感してしまう(「マーキュリー計画」の裏で活躍した女性としては映画『ドリーム』も併せて観たいところ)。
分断の時代だからこそ一つのゴールに向かうことの清々しさ
本作以外のSF作品含めNASAの何かしらのプロジェクトを成し遂げる白人男性というのは描き尽くされてきた感はあるが、それでも今この時代に改めて製作された意味を考える。あくまで第5話までの感想ではあるが、『マーキュリー・セブン』には“ベタさ”と同時に“懐かしさ”があった。それはノスタルジックな意味ではなく、つい最近まで当たり前だった何かを失い、ぽっかり穴が開いていたような気持ちになっている自分に気づかされたのだ。大統領選挙を控えるアメリカを始め日本国内も然り、ソーシャルメディアを中心に分断の一途をたどっている状況が日々目に飛び込んでくる。「一生懸命頑張ることがダサイ」と揶揄されることもある。その中でベタとも言える宇宙飛行士とその家族の物語は、一周回って清々しさを感じる。コロナ疲れを、カンフル剤的にというよりも、ビタミン剤のようにじんわりと癒しや元気をくれると言えば良いだろうか。パイロットを支える家族の苦悩や苦労も、そして空が全て前を向いているからこその葛藤であることにも、地に足のついた共感を持てる。誰もなしえたことのない、この先どうなるか全く分からない不安の中で、それでも自分の願望に素直にゴールへ向かう実直さのようなものを、彼らの物語を通して今一度見つめてみる良い機会かもしれない。
■キャサリン
Netflix、Amazonプライムビデオ等のストリーミングサービスで最新作を追いかける海外テレビシリーズウォッチャー。webメディアなどで執筆。note/Twitter
■配信情報
ディズニープラス オリジナルドラマシリーズ『マーキュリー・セブン』(全8話)
ディズニープラスにて、日本初独占配信中
製作総指揮:マーク・ラファティ、ジェニファー・デイヴィソン、レオナルド・ディカプリオ、ウィル・ステイプル、ダニー・ストロング、ハワード・コーダー
出演:パトリック・J・アダムス、ジェイク・マクドーマン、コリン・オドナヒュー、アーロン・スタトン、ジェームズ・ラファティ、マイカ・ストック、マイケル・トロッター
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