『彼女が成仏できない理由』が描く“歩み寄ることの大切さ” 女優・高城れにの代表作に
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「僕が書くと、“転”がこないんです」
「怖いんじゃない、“転”がくるのが。ずっとこんな毎日が続けばいいのにって、願ってるんじゃない?」
(『彼女が成仏できない理由』第5話より)
よるドラ『彼女が成仏できない理由』(NHK総合)が10月17日に最終回を迎える。森崎ウィン演じるミャンマー出身の留学生・エーミンと、彼が住むアパートの一室に住み着いた、高城れに(ももいろクローバーZ)演じる幽霊・玲。本来は違う世界を生き、決して交わることのなかったはずの2人が、満月の下、「ちゃぶ台」という円を中心にぐるぐると回り続けるように「こんな時間がずっと続けばいい」と思う恋をした。玲の心情を表現したという、トクマルシューゴと王舟作曲のオリジナル曲が、この奇妙な恋物語を温かく包み込む。そんな“永遠”のような恋が、遂に起承転結の“結”に向けてゆっくりと動き出した。“転結”が描けない漫画家の卵である主人公・エーミンの心を置き去りにして。
NHK「よるドラ」枠は『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』から始まり、常に斬新な切り口で社会を見つめ、そこで生きる人々の姿を丁寧に描いてきた。そんな中で今回、『心の傷を癒すということ』(NHK総合)の桑原亮子によるオリジナル脚本、「よるドラ」枠としては初の名古屋局制作によって描かれたのは「外国人×幽霊」のラブコメディ。愛知県が全国で2番目に在留外国人が多い地域であることから着想されたとのことだ。
特に第1話において、「夢の国」日本への憧れとシビアな現実とのギャップに戸惑うエーミンの姿だったり、エーミンのバイト先のドゥアン(ナリン)と常連客(中島広稀)との会話の端々から「外国人に認めてもらうことで誇らしい気分になりたい」日本人の感覚が透けて見えたり、低賃金労働問題が垣間見えたりと、在留外国人を取り巻く様々な日本の問題がしっかりと描かれているのも興味深い。
エーミンと玲に共通するのは、「もどかしさ」である。理想と現実の間に大きな差異がある。エーミンが日本という国に対して感じる差異だけではない。時に仲間たちの身体を借りてまで活き活きと疾走し躍動する彼の頭の中の作画イメージは、いざ紙の上に収まると、決してうまいとは言えない絵になってしまう。
玲もまた、外に出ようとしても出られない、何かを描こうとしても描けない、鏡やカメラに映ろうと張り切っても映らないなど、幽霊ならではのイメージと現実とのギャップに悩まされている。
自分の思っている世界と、実際の世界との間の乖離。それは誰しも、特にコロナ禍において、やりたいことが思うようにできないことのもどかしさを知った我々にとって、共感せずにはいられないことだ。
また、興味深かったのは、編集者・中路(和田正人)を巡る2人の「ゴースト」の攻防である。生前『氷の武将』という人気漫画を連載していた漫画家だった玲と、彼女の失踪後、何年もの間ゴーストライターとして『氷の武将』を描き続けてきた、ある意味、玲の死後「ゴースト」となったもう1人の人物、千春(村上穂乃佳)。「こんなに真っ白なのに海の中では真っ黒」な「ウミウサギ」という貝殻を中心に描かれる、女たちの会話の中には、死後も続く強く美しい師弟関係という言葉にとどまることのできない、1人の男を巡って湧き上がるそれぞれの嘘や狡さや不安や嫉妬が見え隠れする。
このドラマは、人間と幽霊、または国籍の違う人同士、大人と子供、ライバル同士、それぞれの関係は、最初から境界線を作って関わろうとしなければ何も始まらないのだということを教えてくれる。最初は煙たがっているように見えたドゥアンと常連客との間で生まれる恋愛感情や、アパートや専門学校で、年齢も国籍も生死も(?)問わず育まれる和やかな友情から伝わってくるのは、歩み寄ることの大切さだ。
最初は互いに警戒し合っていた彼らは、回を重ねるにつれて渾然一体となっていく。そこはまるで、銭湯がイメージさせる「極楽」の世界。「自分が誰なのか知りたい」という幽霊の悩みは、生者である、漫画家を夢見る「まだ何者でもない」エーミンの悩みにも繋がり、「死ぬのが怖い」という少女(白鳥玉季)の悩みは、かつて子供だった大人たち全員の悩みに繋がる。
それぞれが各々の殻の中に閉じこもっているが、互いに話を聞いてみれば、実は似たようなことで悩んでいたということがわかってくる。誰もが孤独に自分の作り上げた世界の中で必死にもがいて生きている。だが、「皆冷たい海で泳いでいても、独りぼっちじゃない」のである。
第5話において、ちゃぶ台を移動さえすればどこにでも行けることが分かった「ちゃぶ台を中心とした半径3メートルの中に存在できる」幽霊の玲。アパートの一室に制限されていた2人の恋物語はそれによって無限に広がり、本当の海に辿りついた。アパートの一室という小宇宙の中心だった、不動のはずのちゃぶ台が動き、謎の男の自転車の車輪が、意味ありげにクルクルと回り、物語は回転し、遂に隠された謎が明らかにされようとしている。
第1話からずっとミステリアスな雰囲気を醸し出している、古舘寛治演じる男が、玲の死の謎を解く鍵を握っていることは間違いないだろう。彼が放つ、これまでとは異質の、まるでSFか人造人間ものかといった雰囲気に戸惑わずにはいられない。人間と幽霊の境目がわからなくなるほど一緒に過ごしたエーミンと玲に、幸せなハッピーエンドは訪れるのだろうか。
■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。
■放送情報
よるドラ『彼女が成仏できない理由』
NHK総合にて、毎週土曜 23:30〜23:59放送【全6回】
出演:森崎ウィン、高城れに(ももいろクローバーZ)、和田正人、村上穂乃佳、中島広稀、 白鳥玉季、高橋努、ブラザートム、古舘寛治ほか
作:桑原亮子
制作統括:三鬼一希
プロデューサー:増田靜雄
音楽:トクマルシューゴ、王舟
演出:堀内裕介、新田真三
写真提供=NHK