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『憂国のモリアーティ』の贅沢な楽しさ 『シャーロック・ホームズ』×『007』×『PSYCHO-PASS 』を楽しめる!

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 作家アーサー・コナン・ドイルによって19世紀後半に生み出され、現在に至るまで愛され続けている『シャーロック・ホームズ』シリーズ。頭脳明晰・冷静沈着・だが偏屈で変わり者という名探偵の物語を、全く新しい視点で描いたマンガ『憂国のモリアーティ』をご存じだろうか?

 本作、なんとホームズではなく、宿敵である裏社会の首領ジェームズ・モリアーティを主人公にした異色のミステリーサスペンス。しかも、これまでは老獪な数学教授(表向き。本職は数々の凶悪事件の首謀者だ)として描かれてきたモリアーティをホームズと同年代の若き美男子に変更し、彼が腐敗した階級制度を正すべく、「犯罪卿」として暗躍していく……という新たな味付けがなされている。つまり、ホームズをライバルに再設定し、モリアーティを主軸としたダークヒーローものとしての物語が展開していくのだ。

 時代設定を現代に変更し、社会現象を呼び起こしたヒットドラマ『SHERLOCK/シャーロック』、ロバート・ダウニー・Jr.がホームズを演じた『シャーロック・ホームズ』、ホームズや相棒ワトソンを女性に置き換えた『ミス・シャーロック/Miss Sherlock』や『エレメンタリー・ホームズ&ワトソン in NY』、ディーン・フジオカによる日本版『シャーロック』等々、原作を大胆にアレンジした作品は多いが、“敵側”の物語を描くのは、まさに発明。文豪の名を冠したキャラクターたちが戦う『文豪ストレイドッグス』ともまた違った、独自の趣がある。

 今回は、テレビアニメ版の放送も始まった人気作『憂国のモリアーティ』の魅力を、改めてご紹介していきたい。

 まず目を引くのは、やはり斬新な設定だ。本作の主人公となるウィリアム・ジェームズ・モリアーティは、もともと孤児。弟のルイスとともに貴族であるアルバートに引き取られ、彼と結託してアルバートの家族を殺害。大人になったウィリアム、ルイス、アルバートは仲間を集め、汚れた貴族社会を転覆させるために立ち上がる。そして、大義のために彼らが起こす事件を解き明かすべく、シャーロック・ホームズが関わっていく――というつくりになっている。

 しかし、犯罪者側とはいえ、ウィリアムたちは“義賊”の意味合いが強く、階級制度に乗っかり甘い汁を吸う悪鬼の徒を、容赦なく叩きのめしていく。ダークヒーローというカテゴリだと『黒執事』に通じる「毒を以て毒を制す」、『ダークナイト』シリーズや『デアデビル』のような「法や社会で裁けない悪を葬る」に近いテイストになっており、悪役としての苛烈さを楽しむピカレスクものというより、サスペンスフルな世直しエンターテインメントといえる。アニメ第1話では、殺人事件の被害者遺族に復讐の機会を与える姿が描かれ、アウトローな正義漢として設定されているのだ。

 この「キャラクター造形」は、『シャーロック・ホームズ』の派生作品を観ていく中でも、非常に重要な要素。というのも、原作でのモリアーティは「ロンドンで起こるあらゆる犯罪の裏で、糸を引いている悪の帝王」としての描写が主で、支配を楽しむ側の人間だった。そのために、犯罪組織の諮問役を務めており(諮問探偵であるホームズと対立する立場でもある)、いわば犯罪を「目的」としていた。

 しかし、『憂国のモリアーティ』は全くの逆。犯罪を起こすのは「手段」で、目的は「支配をなくすこと」。貴族が平民を支配する不平等な世界を正すために、革命を起こすポジションだ。原作と同じ、犯罪をサポートする諮問役としての役割は果たすが、時と場合によっては依頼人を裏切り、自分たちの大義のために利用する。本作ではこれまで純粋悪だったモリアーティに、犯罪を起こすに足る「動機付け」を行うことで、“ダーク”ではあれど、ヒーローとしての立場を明確にしている。

 例えば『DEATH NOTE』であれば、主人公がダークサイドに堕ちていくさまが見どころの一つだったが、本作の主人公ウィリアムは、はじめから一貫して「人助けのためならば、悪者をためらわず殺す」姿勢が崩れず、ある種達観した場所にいる。そんな彼が悪徳貴族たちを容赦なく追い詰めていくさまが、スリルを掻き立てるのだ。

 「設定」と「キャラクター」の魅力について紹介してきたが、肝心のストーリーにも“シャーロキアン”ならニヤリとするような仕掛けがちりばめられており、劇中で起きる事件には『四つの署名』『緋色の研究』『ボヘミアの醜聞』等々、原作の名エピソードとのリンクが張られている。モリアーティの腹心の部下で、原作ではホームズを苦しめたモラン大佐も、ウィリアムの強い味方として描かれ、ホームズを惑わす女性アイリーン・アドラーには、あっと驚く活躍の場が用意されている。

 さらに、原作の中でも屈指の悪役といえる“恐喝王”ミルヴァートンは、ウィリアムとシャーロック共通の敵として登場する(ちなみにこのエピソードでは、『SHERLOCK/シャーロック』との関連性も感じられ、実に興味深い)。また、劇中には実在の殺人鬼ジャック・ザ・リッパー(切り裂きジャック)が登場するエピソードもあり、同じく『シャーロック・ホームズ』を題材にした映画『名探偵コナン ベイカー街の亡霊』や、前述の『黒執事』と比較してみるのも一興だ。

 このように、独自性を打ち出しながらも原作愛がしっかりと込められているのも、『憂国のモリアーティ』が人気を博す大きな理由といえるが、もう一つ忘れてはならない魅力がある。それは、『シャーロック・ホームズ』にとどまらず、同じ英国を舞台にした『007』の要素までもが、ふんだんに盛り込まれていること。

 なんと、本作ではイギリス陸軍で出世したアルバートが諜報機関「MI6」を率いる立場となり、“M”を名乗るのだ。MI6は、『007』で主人公のジェームズ・ボンドが属する組織であり、Mは上官のポジション。さらに、武器開発者の“Q”、女性の諜報員マネーペニーといったおなじみのキャラクターも続々と登場。ボンドに至っては、「そう来たか」なサプライズが仕掛けられている。

 つまり、『シャーロック・ホームズ』と『007』の世界がつながるという、夢の展開が待ち構えているのだ。シリーズ最新作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の劇場公開は来年に持ち越されてしまったが、溜飲を下げてくれるようなサービス精神に満ちている。

 多様な要素で読者を楽しませてきた『憂国のモリアーティ』だが、アニメ版にはさらに痺れる要素が加わった。それは、人気アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』風味だ。

 先日放送&配信されたアニメ版第1話を観ると、細かな描写に『PSYCHO-PASS サイコパス』との類似点を観ることができる。例えば冒頭に挿入される、犯人の不気味に笑う口のアップ(ニッと歯が覗く瞬間がおぞましい)、ウィリアムにカマをかけられた際の容疑者の表情の変化、我が子をシリアルキラーに殺害された仕立屋の暗く沈んだ目、血の見せ方など、『PSYCHO-PASS サイコパス』好きならおなじみの演出・描写がいくつも仕込まれている。

 それもそのはず、『憂国のモリアーティ』のアニメーション制作は『PSYCHO-PASS サイコパス』と同じくProduction I.G.が手掛けており、さらに言えば原作漫画を手掛ける三好輝(構成は竹内良輔)は、『PSYCHO-PASS サイコパス』のコミカライズ『監視官 常守朱』の作者でもある。こういった部分から見ても、両作品の親和性は非常に高い。

 うがった見方をすれば、『PSYCHO-PASS サイコパス』の「犯罪抑止のため、人間がシステムに管理される社会」という舞台設定、そのシステムに対抗し、社会の転覆を狙う敵役・槙島聖護や鹿矛囲桐斗の存在など、『憂国のモリアーティ』とオーバーラップするようなエッセンスが複数見受けられる。

 本稿の執筆段階ではまだ第1話が放送されたのみで、今後の演出がどのようになっていくかは予想の範疇を出ないのだが、おそらく第2話以降も『PSYCHO-PASS サイコパス』チックな演出が(ある種、意図的に)ちりばめられていくのではないか。この部分も、コアな楽しみ方として推しておきたい。

 あくまで私見ではあるが、『憂国のモリアーティ』は、『シャーロック・ホームズ』×『007』×『PSYCHO-PASS サイコパス』を楽しめる贅沢な作品。未見・未読の方はぜひ、チェックしてみてほしい。

■SYO
映画やドラマ、アニメを中心としたエンタメ系ライター/編集者。東京学芸大学卒業後、複数のメディアでの勤務を経て、現在に至る。Twitter