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『約束のネバーランド』がリアリティ溢れる名作となったワケ 「目的と犠牲のジレンマ」描く

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リアルサウンド

 『約束のネバーランド』(集英社、以下『約ネバ』)の最終巻となる第20巻が10月2日に発売された。

 白井カイウ(原作)と出水ぽすか(作画)が、2016年から今年の6月まで『週刊少年ジャンプ』で連載していた本作は、GF(グレイス=フィールド)ハウスと呼ばれる孤児院で暮らしていた子どもたちが世界の真実を知ってしまったことからはじまるダークファンタジーとして大きく注目された。

 特に主人公のエマを中心とした子どもたちが孤児院からの脱出を計画する5巻までの完成度は圧倒的だった。心理的駆け引きを軸においたミステリー的展開と、児童文学を思わせるジュブナイルテイストは、ジャンプの中では異色作だったが、低年齢の子どもたちからも支持された良質の少年漫画だったと言えるだろう。

 本誌での連載は終了したが、12月には浜辺美波が主演を務める実写映画の公開も控えており、アニメ版の第二期も来年スタート。Amazon Primeビデオで配信される海外ドラマのプロジェクトも進行しており、まだまだ『約ネバ』の世界は拡大中だ。

以下、ネタバレあり。

 鬼と人間の世界の平和を保つための「約束」として、子どもたちが食用児として出荷されていたことを知ったエマたちは、GFハウスを脱走した後、仲間のノーマンと再会する。人体実験施設となっていたラムダ7214の仲間たちと共に鬼の支配する世界に反旗を翻したノーマンは、鬼の女王と五摂家の貴族が集まる王都を襲撃する。

 女王が死んだことで世界の均衡が崩れる中、鬼と人間の世界の調停を図ってきたピーター・ラートリー率いるラートリー家は、鬼の残党と手を組み、ノーマンたちが王都に攻め入った隙をついて、エマの仲間たちを拉致してGFハウスに監禁する。

 仲間を救出するためにGFハウスに潜入したエマたち。鬼とラートリー家の連合軍に追いつめられる中、ラートリー家に従い、エマたちをママとして支配していたイザベラ率いる出荷施設のママたちが子どもたちに加勢したことで形勢は逆転する。

 追い詰められたピーター。しかし、エマは苦渋の決断の末に大人たちを許し「一緒に生きよう」と言う。「人間の世界も変わらない」「なぜなら鬼は人間の鏡だから」と言った後、エマたちに人間界に行ったらラートリー家の叔父を頼れとパスコードを伝え、ピーターは自害する。

 一方、鬼の世界では、鬼が人を食べなくてもよくなる(知識が退化しなくなる)邪血を持つ鬼・ムジカが新しい王となったことで農園は廃止され、エマたちも開放される。すべてが丸く収まったかに見えた。しかし、そこで農園を仕切っていた鬼の一体が子どもたちに襲いかかり、イザベラはエマたちを庇って命を落とす。

 エマたちは鬼だけでなく、子どもを出荷児として管理する大人たちとも戦っていた。しかし、その大人たちは、かつてはエマたちと同じ出荷児であり、呪われた世界のルールの中で必死に生き残ろうとした子どもたちの成れの果てだった。

 イザベラやピーターは、エマやノーマンたちの影でもあり、あのまま施設で大人になっていたら、そうなっていたかもしれない将来の自分だった。そんな大人を滅ぼすのではなく、許すことでエマたちは乗り越えようとした。

 最終巻ではピーターの過去も描かれるのだが、彼もまた、世界を守ろうとしていたことが明らかになる。そのやり方は間違っていたが、大人には大人なりの理想や葛藤があったことを本作は描く。しかしその罪は決して許されるものではない。だから、ピーターは自死を選び、イザベラもエマをかばって命を落とす。これこそが『約ネバ』世界のバランスだ。それはエマがたどった結末にも当てはまる。

 鬼の神(と思われる存在)と会い「鬼と人間の約束」を結び直したことに対する代償(ごほうび)はない。「全員生きて人間の世界に行ける」とエマは言った。しかし、子どもたちが人間界に到着するとそこにエマの姿はなかった。エマは約束の代償として記憶を奪われ、仲間と離れ離れになったのだ。

 最後に記憶を失ったエマをノーマンたちが見つけだして物語は終わる。離れ離れになるという代償こそ覆したが、おそらくエマの記憶は戻らないのだろう。何かを得るとその代償として何かを失ってしまうという痛みを『約ネバ』は繰り返し描いてきた。だが同時に「目的にために何かを犠牲にすることは間違っている」ということも描いてきた。目的のための犠牲を否定しながら、どうしても犠牲者が出てしまうという「目的と犠牲のジレンマ」が『約ネバ』のリアリティを支えていた。

 子どもたちに「理想」を伝えようとしているからこそ、現実の苦さから作者の2人は目をそらさなかった。それこそが本作の一貫した手触りである。連載時は最終回の告知がギリギリまでなかったため、先の展開がまったく読めなかった。そのため、人間界でも一波乱あるかと思ったが、お話の結論はすでに出ていたので、この終わり方で正解だろう。改めて単行本で読むと見事な構成である。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■書籍情報
『約束のネバーランド』(ジャンプコミックス)20巻完結
原作:白井カイウ
作画:出水ぽすか
出版社:株式会社 集英社
公式サイト:https://www.shonenjump.com/j/rensai/neverland.html

■映画公開情報
『約束のネバーランド』
12月18日(金)全国東宝系にて公開
出演:浜辺美波、城桧吏、板垣李光人、渡辺直美、北川景子ほか
原作:『約束のネバーランド』白井カイウ・出水ぽすか(集英社ジャンプコミックス刊)
監督:平川雄一朗
脚本:後藤法子
配給:東宝
(c)白井カイウ・出水ぽすか/集英社 (c)2020 映画「約束のネバーランド」製作委員会