劇場版『鬼滅の刃』が驚天動地の成績を生み出した理由 映像に施された工夫から紐解く
映画
ニュース
社会現象となっている『鬼滅の刃』の人気が、興行収入という数字で示されると、まさに驚天動地としか言いようがない。一方でアニメに詳しくない方は「何がそこまで人気なのだろうか?」と疑問に思われるだろう。今回は『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』を制作したufotableの特徴と、今作で凝らされた映像の工夫や、高いクオリティを誇る各セクションの魅力について考えていきたい。
『鬼滅の刃』のアニメシリーズを制作するufotableは、アニメファンの中でも特別視されることも多いスタジオだ。その理由はどの作品であっても、1話観ただけでわかる圧倒的な映像美。日本のアニメスタジオは会社の規模にもよるが、作画のみを自社で行い、撮影、美術などの他のセクションは、それらを得意としている外部の制作会社に発注を行うことも多い。また作画部門を担当していたとしても、実際に絵を描くアニメーターは自社に所属していない、フリーの人材にお願いすることもある。一方でufotableは多くの制作工程を自社で行い、社内でスタッフを育てる方針もあり外部のアニメーターなどへの発注をなるべく抑えることで、連携がとれて作品のクオリティが上がると言われている。スタジオジブリ、京都アニメーションなどの限られたスタジオでしか、この方法は実践されていない。その結果、圧倒的な映像美が生まれる。
特に戦闘描写に関しては世界のアニメーション作品と比較しても、他に類を見ないほどの迫力を有している。ここで引き合いに出したいのが8月に最終章が公開されて大ヒットを記録した『Fate/stay night [Heaven’s Feel] 』シリーズだ。こちらでは細い線で書かれたキャラクターが躍動し、目にも止まらぬ戦闘の早技と、撮影技術を駆使したエフェクトで観客を魅了してきた。世界でも最高峰のアニメのアクションシーンとして、多くのアニメファンから名前が挙がることは間違いないタイトルだ。
しかし『鬼滅の刃』は、また違う迫力を生み出している。テレビシリーズでも顕著だったのは、技を繰り出す際のエフェクトが、撮影やCGではなく手書きで書かれているように見えたこと、またそれが浮世絵などの日本の伝統的手法に見えるように制作されていることだ。主人公の炭治郎の水の呼吸、そして必殺技の表現が特にわかりやすいだろう。またキャラクターの輪郭も太く、どちらかといえばのっぺりしており、絵であることを強調していた。これはゲーム原作である『Fate/stay night』シリーズに比べ、より絵であることを強調する漫画である『鬼滅の刃』の原作に寄り添った形だろう。
漫画におけるアクションシーンの描写は難しい。当然漫画の絵は動かないので、動きを想像させながらも読みやすく、快感がある絵にする必要がある。そのためにモノローグや会話による解説などを行う手段、あるいはオノマトペを用いた戦闘音を文字として描くなどの手法がとられている。一方で、アニメになると文字演出などが難しくなり、期待に応えるだけの映像の魅力を動きや絵のタッチの違いで表現することが必要となるが、今作においてもufotableは最大級にその力を発揮した。
例えば、鬼殺隊の面々の必殺技は手書きによる浮世絵風に、敵である鬼の技はCGや撮影技術を駆使してみせることで、両者の技の違いがはっきりと見て取れる。また序盤に登場する鬼の造形に注目したい。無限列車の中に登場する鬼は、鬼殺隊の主力である柱を務める煉獄によってあっという間に討伐される。ここは煉獄の強さを観客にみせるシーンとなるが、その鬼の造形はまるで百鬼夜行絵巻のような、水彩画を思わせる絵のタッチにより、より禍々しさが増しており、それを派手な技で倒すシーンも、作品の魅力増に一役買っている。
そして特に注目したいのがラスト付近の見せ場だ。全てを賭けたバトル描写において、荒々しく、それまでと全く違う力の籠もった線で作られた映像は、水墨画を思わせるほどの力が入っていた。それにより、両者の決して譲り合えない正義と勝利の形を描き出し、それをぶつけ合う姿が強く印象に残るのだ。
また、今作ではライティングにも注目したい。『鬼滅の刃』はテレビシリーズから、鬼と人間について、どちらが正義でどちらが悪か、単純には判別できない描き方をしていた。もちろん人に害をもたらす鬼は倒さねばならないが、鬼には鬼の苦悩がある。そして今作でもそうだが、人間が全員守るべき価値のある善人とは限らないことを描いてきた。今作でも冒頭で木々の緑が鮮やかなお墓の並ぶ道を、鬼殺隊を統べる産屋敷耀哉がゆっくりと歩くシーンがある。そこでは道を挟むようにお墓が並んでいるが、一方は光の中、一方は影の中にある。ここはまるで人間と鬼の両者を悼むかのように思えた。
他にも夢のパートが始まるとそれまでと比較して少しだけ光が暗くなり、不穏な雰囲気になっている。また幸せな夢のパートは雪もあり真っ白で明るく暖かな雰囲気に、夜の闇の中で蠢く鬼は暗く、そして悪夢は最も暗くして凄惨な光景をより引き立てるなどの工夫が凝らされていた。それらが全て集約したラストには、思わず涙を堪えられない。
また劇伴にも触れておきたい。今作ではテレビシリーズと同じく梶浦由紀と椎名豪が担当しているが、ロックテイストの楽曲のはか、民謡やクラシック調の音響なども使い分けられていた。例えば、雷の系統の技を用いる我妻善逸の戦闘シーンではテクノ調のサウンドが入るなど、芸の細かさも映像の魅力をより引き出している。『鬼滅の刃』は作画・演出・美術・撮影・音楽・演技などの多くのセクションが一体となり、お互いの魅力をさらに引き出し合うように、高い協調性によって完成しているのだ。
今回は『Fate/stay night』シリーズを参考にしたが、他にも美味しそうなお弁当の描写は『衛宮さんちの今日のごはん』の影響を、和装や和室の描き方は『活劇 刀剣乱舞』で培ったノウハウを参考にしているとパンフレットで明かしている。確かに今回の驚異的な興行収入や、社会現象ともいえる鬼滅人気にばかり目が向くが、ufotableの確かな仕事が積み重なった結果の作品であることも声を大にして伝えたい。
■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。平成アニメの歴史を扱った書籍『現実で勇者になれないぼくらは異世界の夢を見る』(KADOKAWA刊)が発売中。@monogatarukame
■公開情報
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』
全国公開中
声の出演:花江夏樹、鬼頭明里、下野紘、松岡禎丞、日野聡、平川大輔
原作:吾峠呼世晴(集英社『週刊少年ジャンプ』連載)
監督:外崎春雄
キャラクターデザイン・総作画監督:松島晃
脚本制作:ufotable
サブキャラクターデザイン:佐藤美幸、梶山庸子、菊池美花
プロップデザイン:小山将治
コンセプトアート:衛藤功二、矢中勝、樺澤侑里
撮影監督:寺尾優一
3D監督:西脇一樹
色彩設計:大前祐子
編集:神野学
音楽:梶浦由記、椎名豪
主題歌:LiSA「炎」(SACRA MUSIC)
アニメーション制作:ufotable
配給:東宝・アニプレックス
(c)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
公式サイト:https://kimetsu.com
公式Twitter:@kimetsu_off