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空前の『鬼滅の刃』現象 映画興行は「なりふりかまわない」新基準へ

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リアルサウンド

 今週ほどこのコラムが書きにくい週はない。全国各シネコンの公開初日の異常なまでのスクリーン割り多さが明らかになった先週半ば以降、ソーシャルメディア→ウェブメディア→テレビという順番で、あらゆるところで話題の中心となっている『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の爆発的ヒット。今さら数字を上げるのも躊躇われるが一応。10月16日に公開された同作の初日金曜日の動員は91万507人、興収は12億6872万4700円。土日2日間の動員は251万人、興収は33億5400万円。オープニング3日間の動員は342万493人、興収46億2311万7450円。いずれも2位以下を大きく引き離して、歴代1位となる空前の初動成績を打ち立てた。

 この数字は、先週末2位に初登場した『夜明けを信じて。』の約25倍。今年公開された『コンフィデンスマンJP プリンセス編』、『映画ドラえもん のび太の新恐竜』、『事故物件 恐い間取り』、『TENET テネット』といった各ヒット作の累計興収をオープニング3日間だけであっという間に抜き去り、今週末にも『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』の累計興収72億7000万円を超えて今年ナンバーワンのヒット作になることが確実。というか、もはや今年ナンバーワンというレベルではなく、興収面では最終成績で歴代何位に食い込むかという点に注目が集まっている。

 今回の『鬼滅の刃』の大ヒットに関しては、コロナ禍なのに(現在も座席を間引きして営業しているスクリーンも少なくない)という側面と、コロナ禍だから(競合作品、特にハリウッド映画の新作公開が止まっていて、その分異例のスクリーン割りが可能となった)という側面の両方があって、その二つを分けて論じても芯を食った分析にはならないのだが、いずれにせよ作品の圧倒的な集客力に尽きるという単純な結論に行き着いてしまう。

 しかし、当コラムならではの視点を提供するならば、今回の空前の初動記録の背景には、ここ半年間以上、新型コロナウイルスの影響による客足減、緊急事態宣言下の休業、ウイルス対策によるキャパシティ半減、相次ぐ有力作の公開延期、ディズニー作品のストリーミングへのシフトと、ずっと困難に見舞われ続けてきた映画館のリベンジ的な意味合いがあるということだ。

 これまでマーベル・シネマティック・ユニバースの新作や、『ワイルド・スピード』などの人気シリーズの新作などが公開されると、例えば中国や韓国の興行で日本の初動成績の何十倍もの数字が出て驚かされることがあった。もちろん、日本の映画マーケットの規模自体が、今では中国や韓国とは比較にならないほど小さくなってしまったこともあるのだが、それにしても「ここまでケタが違うのはどうしてなのか?」と思わずにはいられなかった。

 2年前、ソウルに滞在していた週末、まだ日本で公開されてない作品でも観ようとシネコンを訪れた時、その理由を目の当たりにすることとなった。ちょうどその週末は『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』の公開週だったのだが、12スクリーンを擁する大型シネコンに足を運ぶと、実に10スクリーンで同時に『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』を公開していたのだ。韓国にはスクリーンクォータ制度という国内の映画館で一定数以上の自国映画を上映することを義務づける制度があって、そうしたシネコンの運営はしばしば批判に晒され、独占禁止法的にも問題視されているとのことだが、一部ブロックバスター作品の異常に高い初動成績の背景には、そうしたなりふりかまわないシネコンの運営方針がある。

 今回、日本の『鬼滅の刃』で起こったことは、基本的にはそれと同じことだろう。日本のシネコンの運営会社には、各メジャー配給会社の系列企業も多く、そうでなくても国内メジャー、海外メジャーの各社の顔色をうかがいながら、どんなに大ヒットが見込める有力作品が公開される時も、そのスクリーン割りには別の作品への配慮が働いていた。しかし、今年の春以降、我々が目にしてきたのは、各シネコンがプロモーションのために張り出した巨大ポスターや館内に設置した巨大ポップが、作品の相次ぐ公開延期によって次々と撤去されていく様子だ。いや、公開延期だけならまだ倉庫にでも保管して、また新しい公開のタイミングに合わせて展示することもできる。しかし、『ムーラン』や『ソウルフル・ワールド』で起こったことを、各シネコンの運営会社や現場で働く人々は絶対に忘れることはないだろう。それは「どこから宣伝費が出ているか」の問題ではない。『ムーラン』のポスターを何ヶ月も貼っていた場所は、ちゃんと劇場公開される作品のポスターを貼ることもできた場所なのだ。シネコンは、配給と同じ運営元のストリーミングサービスで独占配信される作品を宣伝するための場所ではない。これまで日本国内では目にしたことのなかった『鬼滅の刃』の異常なシネコンのスクリーン割りには、「そっちがそのつもりなら、こっちだってもう配慮なんてしていられない」という本音が見え隠れしていた。そして、そうした興行側の配給側への不信感や怨嗟は、今後もずっと長引くのではないだろうか。

■宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト。「集英社新書プラス」「MOVIE WALKER PRESS」「メルカリマガジン」「キネマ旬報」「装苑」「GLOW」などで批評やコラムやインタビュー企画を連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)、『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア)。最新刊『2010s』(新潮社)発売中。Twitter

■公開情報
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』
全国公開中
声の出演:花江夏樹、鬼頭明里、下野紘、松岡禎丞、日野聡、平川大輔
原作:吾峠呼世晴(集英社『週刊少年ジャンプ』連載)
監督:外崎春雄
キャラクターデザイン・総作画監督:松島晃
脚本制作:ufotable
サブキャラクターデザイン:佐藤美幸、梶山庸子、菊池美花
プロップデザイン:小山将治
コンセプトアート:衛藤功二、矢中勝、樺澤侑里
撮影監督:寺尾優一
3D監督:西脇一樹
色彩設計:大前祐子
編集:神野学
音楽:梶浦由記、椎名豪
主題歌:LiSA「炎」(SACRA MUSIC)
アニメーション制作:ufotable
配給:東宝・アニプレックス
(c)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
公式サイト:https://kimetsu.com
公式Twitter:@kimetsu_off