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吉岡秀隆、朝ドラ初登場で『エール』を一段と深い次元へ 裕一の心を変えるキーパーソンに

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リアルサウンド

 『エール』(NHK総合)第19週「鐘よ響け」に俳優の吉岡秀隆が出演している。吉岡が演じるのは医師の永田武。永田のモデルとなった永井隆医師は、原爆投下直後の長崎で被爆者の救護と治療を行い、その様子を著書に記した。これに触発されて出来た曲が著書と同名の「長崎の鐘」で、作曲を古関裕而が手がけた。

 吉岡は初の朝ドラ出演。子役時代からドラマや映画で親しまれてきた吉岡が『エール』に登場する意義は大きい。名作ドラマ『北の国から』(フジテレビ系)の黒板純や映画『男はつらいよ』の満男役には吉岡の成長過程が刻まれている。2000年代以降も『Dr.コトー診療所』(フジテレビ系)、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』など代表作を残しており、日本屈指の名優と呼んで差し支えないだろう。

 黒澤明や山田洋次に薫陶を受けた吉岡だが、不思議と朝ドラや大河ドラマとは縁がなかった。吉岡の出演作にはシリーズ化された作品が多く、撮影スケジュールなどが影響したのかもしれない。吉岡の俳優としてのキャリアについては多言を要しないが、少年時代の純朴さがそのまま大人になったような落ち着いた風貌と、優しく語りかける口調は役者としての特徴になっている。

 離島医療に携わる『Dr.コトー診療所』の五島医師や『ALWAYS 三丁目の夕日』の主人公・茶川は、繊細でどこか影を感じるキャラクターだったが、朴訥とした面影を残していた。内に秘めた情の厚さは子どもたちに向ける眼差しに表れており、どちらも主人公の魅力が物語の原動力になっていた。また、横溝正史原作『悪魔が来りて笛を吹く』、『八つ墓村』(いずれもNHK BSプレミアム)では、穏やかさの中に機知が光るユーモラスな金田一耕助像を体現した。

 北海道の雄大な自然に抱かれて飛躍を遂げただけあって、吉岡の風景に溶け込む力は際立っている。それはCGやセットであっても変わらない。まるで役者の方が情景を呼び寄せているようで、それくらい吉岡の演技はシーンと一体化している。『Dr.コトー診療所』で、自転車に乗った五島が与那国島の海岸沿いを走るエンディングの美しさは特筆ものだ。

 『エール』初登場となった第94話。吉岡演じる永田は病室兼書斎の如己堂で裕一(窪田正孝)を迎える。永田は白血病で床に伏せっているのだが、裕一がいる庭先との明暗の対比を含めて、忍び寄る死の気配を濃厚に感じさせた。ここでの吉岡は身体だけでなく表情の動きも最小限で、病にとらわれた永田の状態がダイレクトに伝わってくるものだった。

 圧巻だったのは裕一との会話。裕一は、戦場で散った若者たちのために「長崎の鐘」を作曲したいと話す。「贖罪ですか?」と尋ねる永田に「はい」と裕一は答える。その答えに永田は大きく息を吸って、ゆっくりと言葉を区切りながら「『長崎の鐘』をあなたご自身のために作ってほしくはなか」と語る。あくまで静かな、しかし断固としたその調子は、眼に宿る光の強さからわかった。

 永田は「神は本当にいるのですか?」と問う若者に「どん底まで落ちろ」と語ったことを裕一に伝える。わずかな目の動きと声のトーンで救済の厳しさを教え諭す吉岡の演技には、尋常ならざる緊張感がみなぎっていた。戦争に行った永田には裕一の苦しみがわかる。だからこそ、あえてでも曲の真実を伝えようとしているのだろう。医師である永田が、迷いの渦中にある裕一を渾身の力ですくい上げているように感じられた。

 迫真の演技は、ストーリーや登場人物のキャラクターを超えて、映像に込められた様々な文脈を掘り起こし、豊穣な小宇宙を立ち上げる。病床の永田を演じる吉岡と窪田の邂逅は『エール』を一段と深い次元に運んでいくだろう。

■石河コウヘイ
エンタメライター、「じっちゃんの名にかけて」。東京辺境で音楽やドラマについての文章を書いています。ブログTwitter

■放送情報
連続テレビ小説『エール』
2020年3月30日(月)~11月28日(土)予定(全120回)
※9月14日(月)より放送再開
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/