BAD HOPが導き出した“オンラインライブの一つの正解” 映像やステージセットなど演出のポイントから考察
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8月7日に3年ぶりのアルバム『BAD HOP WORLD』を発売し、10月4日にはオリジナルクラフトビールブランド「BUZZ HIGHER」を設立したBAD HOP。音楽活動に続けて、愛してやまないというクラフトビール醸造にまで手を広げるというバイタリティに満ちたニュースは、多くのファンを驚かせたことだろう。そんなBAD HOPが10月18日、YouTubeにて『”BAD HOP WORLD” Release Online Live』を無料配信した(配信中のスーパーチャット機能による投げ銭も可能)。
同ライブの発端は、彼らがライブの10日前に配信したインスタライブに遡る。メンバーはこの日、「BUZZ HIGHER」ブランド謹製のグラスを片手に、その設立背景を上機嫌で語っていたのだが、配信終盤に話題に挙がったのが、ここ数カ月で広く浸透したオンラインライブについて。昨今の情勢を受けて、最新アルバムのリリースライブを開催できていない彼らに対して、ファンからはオンライン形式での検討を望む声が上がっていた。
すると、YZERRがおもむろに口を開く。「正解出す? 正解」。彼の“オンラインライブの正解”を見せるという一言に、「“正解出しますよ”っていいね。たしかに。パンチラインだ」と大賛同したのがT-Pablowら。(おそらく同時点である程度の準備は進められていたのだろうが、)結果としてこの2日後の10月10日に、無料オンラインライブ開催の旨を告知。そして10月18日には、10日前にファンと交わしたばかりの約束を本当に叶えてしまったのだ。いつもながら、彼らの仕事に対する驚くべきスピード感は本当に見習いたい。それでは、彼らの考える“オンラインライブの正解”とは、どのようなものだったのか。
1点目は、配信映像の画質だろう。そもそもオンラインライブといえば、一般的には生配信の場合が多く、その際には膨大な通信データ量が逼迫することで、ユーザー視聴時の画質低下は付き物だ。もちろん、これはユーザーの通信環境に左右される部分もあるのだが、今回のライブは事前収録をし、あらかじめ用意された映像を公開することで、高画質を維持したままのスムーズな視聴を楽しむことができた。
2点目は、カメラワークについて。ライブ序盤に多用されていたのは、カメラ一台を長回しし、メンバーがそこに向けてラップを披露するというものだ。メンバーが歌を届ける目標物を一点に絞り、視聴者と画面越しに目線を合わせて距離感の近さを感じさせることで、アッパーなラップに込められたバイブスも一層に伝わったことだろう。この場合には、一人ひとりの見せたい表情やステージの画角の決定権などを、必要に応じて演者側に委ねられるというメリットもある。
一方で、シリアスやメロウな楽曲では、複数台のカメラを使用し、映像も事前に編集。これは、外側から“魅せる”ステージといえる。それこそ生配信ライブといえば、どうしてもスイッチングによる特有の“もたつき”が起こりやすいが、事前編集の場合には、制作側の狙い通りの映像だけを届けることができる。“映像プログラム”として、非常に正しい選択ではないだろうか。その上で、YZERRがライブ中盤にネタにしていた通り、曲中にリリックが飛んだ場面などはあえて残すなど、ライブの“生感”をしっかり伝えていたことも付け加えておこう。
3点目は、バラエティ豊かなステージセットだ。今回は事前告知の通り、神奈川・KT Zepp Yokohamaを舞台として、会場内に全8ステージを設置したのだが、壁一面にグラフィックを施したサグな雰囲気のバリケードから、リゾートホテルを思わせるチルな空間まで、その内容は様々。加えて、普段は楽屋として使用されているドレッシングルームや、バーカウンターにまでエキストラの美女を横たわらせるなど、まさに施設全体を余すことなく使うという手の込みようだった。
なかでも、メンバーがソファーに渋く腰掛ける姿は、有観客ライブでは客席との距離感もあり、映像で体感するような立体感を出すのが難しい。言い換えれば、今回は彼らがどっしりと構える様子が、いかにもラッパーらしい余裕ある風格を放っていたのだ。さらに、前述したリゾートセットはバーカウンター横に設置され、白い陽射しを感じるような空間に。通常のライブであれば同様の場所で歌うことはもちろん、密閉されたライブ空間とは対極の概念にある自然光がもたらすような明るさを演出できるとは考えづらい。これもまた、今回だけの特別な光景だったといえる。
ここで、もしこれまでにBAD HOP以外で何かオンラインライブを視聴した経験があるならば、当時の視聴時の自分自身を思い出してほしい。もううすうす感じてはいないだろうか。画面内の映像に変化が乏しいと、集中力が切れる瞬間が生まれ、気づけばスマートフォンを触っている自分がいることに。
翻って、BAD HOPのステージは、90分間のうちに何度もセットが切り替わるアトラクション的な要素を備えているため、観ていても飽きがこない作りとなっている。つまり、画面に映るシーンの連続が長時間の視聴に耐えうる強度を保っているのだ(勝手なイメージだが、一般的なオンラインライブに対して、YZERRは特に「長くね?」などと言いそうではないだろうか)。なおライブ終盤には、これらの演出・監督・編集はすべて、YZERR「ZION」のMVを手掛けた堀田英仁が担当したと明かされている。
そんなことを考えていたら、ライブ終盤の「Kawasaki Drift」でついにメンバー全員が集結。思えば、ここまで8名全員が一斉に登場するシーンはなかったが、そのせいで物足りなさを感じることもなかったし、だからこそ、全員が揃ったパフォーマンスの説得力は桁違いだった。何より、全員がこの数カ月を通して、各々のスキルやスタミナをアップデートしていたのは、視聴者が一番に感じたところだろう(特に、Barkは音源ではブレスを挟んでいたフレーズも一息で繋げて歌い切るなど、明らかな成長を感じられた人物だ)。最新のBAD HOPによるショーケースとして、これ以上ない内容だったに違いない。
Benjazzyは冒頭、「俺らを止めれば、余計に暴れるだけだぜ」と宣言していたが、BAD HOPはコロナ禍においても“アイデア勝ち”で一手も二手も先を進むクルーだった。彼らの言う“オンラインライブの正解”は、生ライブの“代替手段”ではなく、映像だからこそ“代わりのきかない”ステージを披露することだったのである。そんなシンプルに“面白い”と思えるコンテンツを届けられることが、BAD HOPが多くの支持を勝ち取る何よりの理由なのだろう。
■一条皓太
出版社に勤務する週末フリーライター。ポテンシャルと経歴だけは東京でも選ばれしシティボーイ。声優さんの楽曲とヒップホップが好きです。Twitter:@kota_ichijo