永作博美、井浦新、蒔田彩珠の息を呑む名演 『朝が来る』が届けるすべての人への希望
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リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、家族の未来を本格的に考える時期にさしかかっている人生33年目の石井が、『朝が来る』をプッシュいたします。
『朝が来る』
「あなたは、誰ですか。」
10月23日より公開された河瀬直美監督作『朝が来る』のポスタービジュアルには、上記の一文がキャッチコピーとして添えられている。永作博美演じる栗原佐都子、井浦新演じる佐都子の夫・清和の怪訝な視線。そして、手前にはスタジャンを着て染めきれていない髪色の女性の後姿。このビジュアルだけを見れば、“この女性が一体誰か”というのが本作の主題であり、ミステリードラマと予想する人がほとんだろう。
誤解を恐れずに言えば、本作は“ミステリー”ではない。もちろん、“この女性は誰か”というのは重要な要素ではあるのだが、正体探しを楽しむ物語ではなく、“この女性がどう生きたか”を見つめる物語なのだ。謎の女性、栗原夫婦ら本作の登場人物たちの生き方に触れた後は、誰もが家族とは何か、生きることとは何かを考えずにはいられないと思う。
物語は、「特別養子縁組」という制度を知り、男の子・朝斗を迎え入れる佐都子・清和の栗原夫婦と、栗原家に子を託す片倉ひかり(蒔田彩珠)の2部構成の形で進んでいく。
佐都子と清和は仕事も順調、一定以上の収入と貯蓄があり、夫婦仲も両親との関係も良い。外側だけを見れば子育てにも十分といえる環境が整っていたが、清和が「無精子症」だったこともあり、子宝に恵まれずにいた。そんなときに「特別養子縁組」を知ったことで、3人家族となっていく。
栗原夫婦が直面していく現実はとにかく生々しい。特に清和が不妊の原因が自分にあることを知り、やり場のない思いを居酒屋で同僚にぶつけるシーンには、同じ男性として胸が傷んだ。“当たり前”と思っていたことが、そうではなかったと知ったときの絶望。それでも、彼には「2人で生きていこう」と言ってくれる佐都子がいてくれた。そんな決意をした直後に彼らはテレビで「特別養子縁組」の制度を知り、NPO法人「ベビーバトン」を訪れることとなる。
一連の流れは何か劇的なきっかけがあって起きるというよりも、本当に何気ない形で進む。彼らの感情を大げさに強調するわけでもなく、ひたらすら淡々とその姿が捉えられる。結果、見知らぬ他人の生活を覗き観ているような錯覚に陥る。だからこそ、栗原夫婦が待ち望んでいた子供を迎えるシーンは他人事ではいられない。文字通り、彼らを光が包み込む様子には、子供がいることの奇跡、親となることの奇跡を感じずにはいられなかった。
一方、覚悟を持って栗原夫婦に子供をお願いするのが、14歳の片倉ひかり。ひかりのパートでは、彼女がどんな家族と暮らし、どんな恋をして妊娠にいたり、栗原家に子供をお願いした後にどんな生活を送ったのかが描かれていく。期待と希望しかない心を映したかのようなキラキラした画面から、ひかりの物語は進むに連れてくすんだ彩りへ。朝斗という希望そのものを得て、輝く未来を得た栗原夫婦と、どん底に堕ちていってしまうひかり。そして、2人の“お母さん”を持つ朝斗。それぞれの視線が重なり、最後に物語は重なっていく。
ラストカット、彼らを包み込む朝の光がすべての闇を照らす。どうして、なぜあんなことをしてしまったのかと自分の行動を悔やむこともあれば、過去の自分自身の行動に救われることもある。一度きりの人生をどうやって生きていくか、誰と生きていくか。現在放送中の朝ドラ『エール』(NHK総合)でも、「どん底に堕ちたところから希望は生まれる」というメッセージが描かれていたが、本作もまた、どんな人にも希望は訪れることを教えてくれる。
※河瀬直美の「瀬」は旧字体が正式表記
■公開情報
『朝が来る』
全国公開中
出演:永作博美、井浦新、蒔田彩珠、浅田美代子、中島ひろ子、平原テツ、駒井蓮、田中偉登、佐藤令旺、山下リオ、森田想、堀内正美、山本浩司、三浦誠己、池津祥子、若葉竜也、青木崇高、利重剛
監督・脚本:河瀬直美
共同脚本:高橋泉
原作:辻村深月『朝が来る』(文春文庫)
制作・配給:キノフィルムズ(木下グループ)
(c)『朝が来る』Film Partners
公式サイト:asagakuru-movie.jp