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『危険なビーナス』と『ガリレオ』シリーズの共通項 東野圭吾サスペンス映像化のカギとは

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リアルサウンド

 獣医の伯朗(妻夫木聡)のところへ突然、疎遠になっていた弟・明人(染谷将大)の妻を名乗る楓(吉高由里子)が現れる。明人と楓は、身内に知らせぬままアメリカで結婚して帰国したものの、弟は失踪したのだと彼女は言う。10月11日よりTBS系列でスタートしたドラマ『危険なビーナス』の発端である。

 東野圭吾の同題の原作は、こう書いている。

「結婚したばかりの夫が失踪し、彼の行方を新妻が追う、という古い推理小説があったのを伯朗は思い出した。見合い結婚だったので妻は結婚前の夫について殆ど知らなかったが、あれこれ調べるうちに、夫には驚くべき秘密があったことが明らかになる、というストーリーだった」

 作者はここで作品名をあげていないが、松本清張『ゼロの焦点』のことだろう。過去に何度も映像化されたミステリの古典だ。伯朗の母は、『ゼロの焦点』のヒロインと同じく「禎子」と名づけられているから、東野は清張作品を意識していたはず。

 ただ、『ゼロの焦点』では、見合いで結婚し同居期間も短かった夫を妻が律儀に探すという設定。事件の背景には、終戦直後の混乱もあった。昭和の価値観や歴史を濃く反映した話だったのだ。もちろん、2016年に単行本が刊行された『危険なビーナス』は、内容が大きく異なる。

 まだ幼かった伯朗を連れて再婚し、矢神家に嫁入りした禎子が産んだ弟が、明人だった。母が風呂場で死亡した後、伯朗は矢神家と絶縁した。だが、親族の誰かが明人の失踪の裏にいると疑う楓に同行して、伯朗は再び矢神家の人々とかかわる。前妻と後妻、母の違う子たち、愛人、養子など同家の関係はややこしい。

 先代当主・康之介の長男であり、伯朗の義父で明人の実父である康治は、重病で死期が近い。康之介は一族の遺産を明人に相続させるとした遺言を残していた。

 当然相続を巡り、ぎすぎすした空気になるわけだが、複雑な家族関係、偏った内容の遺言、周辺で起きる事件といった状況は、これまた何度も映像化された横溝正史『犬神家の一族』を連想させる。矢神という家名も、犬神にひっかけているのではないか。

 現時点でドラマは、第2回までしか放映されていない。原作では康治が病院に入院しているのに対し、矢神家が集まる邸内のベッドで治療されている設定に変更され、一族の話という印象を強めたこと。第1話、第2話の両方で関係者が突き落とされる事件が起きるなど、サスペンス色を高めたこと。ドラマでのそうしたアレンジが、今後どこまで加えられるかわからない。原作では『ゼロの焦点』的でも『犬神家の一族』的でもない方向へ進んでいく。

 ここでは原作のその後の展開を踏まえつつ、東野圭吾の過去の作品と比較してみよう。遺言と相続をめぐる物語といえば『回廊亭殺人事件(旧題:回廊亭の殺人)』(1991年、2011年ドラマ化)もそうだった。

 矢神家は病院を経営しており、康治は治療中だが、『使命と魂のリミット』(2006年、2011年ドラマ化)では医療ミスを扱っていた。『危険なビーナス』は、母が実家で亡くなったという過去が1つのポイントになるが、『むかし僕が死んだ家』(1994年)では恋人の
記憶を取り戻すためにある家を訪れる。伯朗は弟の妻である楓に魅かれていくけれど、東野は不倫を主題にした『夜明けの街で』(2007年、2011年映画化)を書いていた。このように『危険なビーナス』に含まれている諸要素は、過去の作品にも見出せる。しかし、小説全体の構成はどれとも似ていないのだ。

 明人と音信不通のまま、伯朗は楓の望む通り弟の失踪を隠して矢神家の探索につきあう。いろんな相手に目移りして惚れっぽい伯朗は、美人の楓が気になってしかたがない。矢神家の人々は彼女が本当に明人の妻なのか疑っており、伯朗も信じきれてはいない。だが、楓が矢神家の男にいい寄られているかもしれないと想像すると、すぐ嫉妬してしまう。ラブコメ的なところもあるのだ。事件と対峙する男女コンビのコミカルでもあるやりとりが物語の魅力となるのは、連続殺人を止めるためホテルマンに扮した刑事とフロントスタッフの女性がタッグを組む『マスカレード・ホテル』(2011年、2019年映画化)とも通ずる。

 また、『危険なビーナス』では矢神家が病院を経営しており、伯朗の義父とその異母弟は医師。獣医である伯朗の叔父は数学者だ。福山雅治主演の映像化でヒットしたガリレオシリーズと同様に、東野お得意の理系ネタが投入された作品でもある。

 ここまで書いてきて、思い当たった。『危険なビーナス』は、ガリレオシリーズの1作で映画化された『容疑者Xの献身』(2005年、2008年映画化)の裏返しのような話でもある。同作では、自分が恋していた女性が元夫を殺してしまったと天才数学者が知り、完全犯罪を企てて救おうとする。立ちはだかるのがガリレオこと物理学者・湯川学だ。

 『容疑者Xの献身』と『危険なビーナス』ではともに、夫が不在になった女性を助けようとして彼女を想う男が奮闘する。だが、殺人犯となった相手に愛の狂気をみせる前者と、夫が失踪した楓から「お義兄(にい)様」と呼ばれ良い気分になるお人好し全開の後者では、テイストが違う。シリアスとコミカル。東野圭吾作品のバリエーションの広さを感じる。

 楓の真の姿は。明人とはどうなっているのか。彼女は伯朗をどう思っているのか。ドラマでもやはり、伯朗と楓の関係の描きかたが肝になる。さて、『危険なビーナス』ドラマ版がこれからどうなるのか。続きを待とう。

■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『ディストピア・フィクション論』(作品社)、『意味も知
らずにプログレを語るなかれ』(リットーミュージック)、『戦後サブカル年代記』(
青土社)など。

■放送情報
日曜劇場『危険なビーナス』
TBS系にて、毎週日曜21:00~21:54放送
出演:妻夫木聡、吉高由里子、ディーン・フジオカ、染谷将太、中村アン、堀田真由、結木滉星、福田麻貴(3時のヒロイン)、R-指定(Creepy Nuts)、麻生祐未、坂井真紀、安蘭けい、田口浩正、池内万作、栗原英雄、斉藤由貴、戸田恵子、小日向文世
原作:東野圭吾『危険なビーナス』(講談社文庫)
脚本:黒岩勉
プロデューサー:橋本芙美(共同テレビ)、高丸雅隆(共同テレビ)、久松大地(共同テレビ)
演出:佐藤祐市、河野圭太
製作:共同テレビ、TBS
(c)TBS