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『アンという名の少女』に共感せずにいられない理由 “暗さ”を宿した新たなアンの主人公像

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リアルサウンド

 NHK総合で放送されている『アンという名の少女』に夢中だ。

「年は十一歳ぐらい。小さな顔は白く、やせているうえに、そばかすだらけだった。(中略)この大人びた家なしの少女の体内には、なみなみならぬ魂がやどっている」
(『赤毛のアン』,新潮文庫,モンゴメリ,村岡花子訳)

 誰もが知っているあの少女アンが、プリンス・エドワード島の壮大な自然の中を全力で走っている。「喜びの白い道」、「輝きの湖」、切妻屋根の部屋の窓から見える白い桜の花、ゆで卵とトーストの朝食、キイチゴのジュース(原作ではいちご水)。幼い頃に本で読んだ風景が、予想を遥かに超えるほど美しく目の前に広がっているというだけで、思わず涙目になってしまう。また、マリラが丁寧に使っているのだろう食器や鉄瓶など様々な台所用品の美しさ、ボールいっぱいのベリーの色鮮やかさ、ジャム作りの工程に目がいってしまうのは、このドラマが、大人になった私たちに贈る物語である所以の一つだろう。

 『アンという名の少女』は、2017年にカナダで放送されたものであり、Netflixでの配信に続き、今回が初の地上波での放送となる。原作は言うまでもなくカナダの作家L・M・モンゴメリの小説『赤毛のアン』。グリーンゲイブルズの老兄妹マシューとマリラに引き取られた孤児アンの成長を描いた不朽の名作だ。原作から抜け出してきたようなイメージ通りのアン(エイミーベス・マクナルティ)やダイアナ(ダリラ・ベラ)、前述した風景、有名な台詞やエピソードの数々は、見事なほど原作通りだ。

 だが、グレタ・ガーウィグ監督が『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』において、現代を生きる女性たちの悩みをルイーザ・メイ・オルコット『若草物語』の4姉妹の人生の中に見事に映しこんだように、『アンという名の少女』もまた、現代人ならではの視点、特に女性の生き方に焦点をあてることで「アンの人生」を描いている。

 何よりも大きな原作との違いは、原作では一切描かれていない「思春期の性」に触れていることだろう。第4話の妊娠を巡る噂話だけでなく、第6話は「いちご水事件」「ダイアナとの別れの儀式」「パフスリーブの服」といった、数々の名場面にしっかり着地しながらも、アンや学校の女子生徒たちが初潮と向き合うことを通して「大人の女性になること」を考える回になっているという斬新な展開だった。

 また、アンが男の子を養子にとろうとしていたカスバート兄妹に「なぜ男の子じゃないといけないのか」と問いかけたり、マリラが参加する「進歩的な母親の会」がフェミニズムに関して言及していたり、マリラが「女の子は、よき妻になるように育てるべきだ」と教育不要論を口にした牧師のことを「時代遅れ」と評したりと、ジェンダーを巡る価値観の齟齬と戦うドラマであるとも言える。

 この新生『赤毛のアン』が、より強い共感を得ずにはいられない作品になっているのは、エイミーベス・マクナルティ演じるアンに「元気な人参あたまの明るいアン」という従来の朗らかなイメージだけではない“暗さ”があるからだ。朗らかに笑う眼差しの奥に、深い孤独が見え隠れする。時折フラッシュバックする孤児院での壮絶ないじめや、子守をしていた一家での虐待に近い出来事といった、原作より容赦ない過去が深い陰影となり彼女の笑顔につきまとう。アンが口にする、ポジティブで強気な言葉のほとんどが、誰かに愛されたいという渇望と不安の裏返しである。

 「なんで私ばっかり!」と嘆くアンは、敵視していたギルバート(ルーカス・ジェイド・ズマン)やカスバード家の農場で働くジェリー(エイメリック・ジェット・モンタズ)も、父親が重い病気だったり、学校に行きたくてもいけなかったりと、様々な事情を抱えているのだということを目の当たりにする。孤児だから「放火しかねない」と当初警戒されていたアンが他所の家の火事の拡大を防ぎ、火事で一時的に家を失ったルビー(カイラ・マシューズ)を自分の部屋に招き、慰め優しくすることができるようになった第5話以降、アンは自分の不幸せから少し離れ、本当の意味で他者に思いを向けることができるようになってきた。そこに、マシュー(R・H・トムソン)とマリラ(ジェラルディン・ジェームズ)の愛に包まれることで得たアン自身の幸せがもたらした変化を見出すことができるのである。

 初回冒頭、風を切るように馬で疾走する姿からもわかるように、「そうさな」とはとても言わなさそうなアクティブなマシューには、従来の優しさだけでなく、無限の愛を持って道を切り拓き、一人の少女アンを救い出す強さが加わっている。そして、「母親」として時に葛藤し、常に最善の道を模索するマリラもまた、とても魅力的だ。牧師の古い価値観に縛られた説教を聞いて「結婚」という道を選ばなかった自身の人生を思い困惑したり、凸凹コンビの親友レイチェル(コリーン・コスロ)と丁々発止のやり取りを繰り広げる一方で、夫婦の仲睦まじい姿を目の当たりにしてちょっと目を泳がせたりするマリラの姿は、ひょっとしたらアン以上に目が離せない。「人生が違っていたら」と言う彼らには一体どんな過去があるのだろう。そういう大人たちの人生に思いを馳せずにはいられないのも、少女たちが憂鬱がる“大人”になった私たちの楽しみである。名残惜しいことに放送は残り2話となった。アンという名の少女をまだよく知らない人も知っている人も、ぜひ観てほしい傑作だ。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■放送情報
『アンという名の少女』
NHK総合にて、毎週日曜日23:00〜23:45放送
出演:エイミーベス・マクナルティ(上田真紗子)、ジェラルディン・ジェームズ(一柳みる)、R・H・トムソン(浦山迅)、ダリラ・ベラ(米倉希代子)、ルーカス・ジェイド・ズマン(金本涼輔)、コリーン・コスロ(堀越真己)
原作:L・M・モンゴメリ
脚本:モイラ・ウォリー・ベケット
演出:ポール・フォックス
Marvin Moore (c) 2017 Northwood Anne Inc.