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大切な人の死ーー喪失の先にあるものは? 鳥飼茜『サターンリターン』が突きつける感情

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「誰の人生を生きているんだろう」

 愛する人との結婚だとか、安定した生活だとか。いわゆる幸せの選択肢は提示されていて、そして自分はそれを手に入れられているはずなのに、心のどこかにぽっかりと穴があいている。誰といても、何をしていても、自分がここにいないような、ふわふわとした感覚になる。そんなことを感じながら生きている人に読んで欲しい1冊と出会った。

 鳥飼茜の最新作『サターンリターン』。2019年1月より『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)にて連載中の作品だ。『おはようおかえり』ではアラサーの恋愛模様を、『先生の白い嘘』では性暴力を描いた鳥飼が今作で描くのは、大切な人の“死”、そして“喪失”である。

 物語の主人公は、小説家・加治理津子。彼女はデビュー以降、なかなか新作を書けておらず、普段は専業主婦として生きている。そんなある日、小説を書くきっかけをくれた人物であり、デビュー作に登場する“アオイ”のモデルでもある友人の中島が自殺をしたことをきっかけに、物語は大きく展開。理津子は新しく担当編集になった小出と“アオイ”の死の真相を探りはじめるが、死の前日に8人の女性に一斉送信でプロポーズのメールを送っていたことが判明するーー。

 理津子の家庭は、側からみたら“幸せ”そのものだ。優しい旦那・野田一史がいる日常、変わらない、おだやかな生活。そんなふたりは、かつては編集者と作家という関係性だったが、深い関係を持ったことをきっかけに、当時妻がいた一史は退職、理津子と再婚をしたという過去を持っていた。

 理津子は小出とともに8人の女性に会いに行きながら、中島と過ごしていた日々をあらためて振り返るようになる。ときには家に、ときにはホストに乗り込みながら、中島が残した影を追う。9月末に発売された第4巻では、一史が小出に理津子との離婚届を託し、それぞれの関係性が変化していく。さらに“第四の女”も登場し、理津子の中島像が、少しずつずれはじめるーー。

 理津子にとって中島は、彼女の心にぽっかりとあいた穴を埋めてくれる存在なのだと思う。そのくらい、彼女の中島に対する執着は凄まじい。

 きらきらと輝いていた日々のなかで、理津子は主人公だった。中島は、そんな世界へと導いてくれる救世主だった。時が経つにつれてそんな日々が美化され、宝物のように彼女を支えていた。理津子は中島を“中島”としてではなく、“救世主”として自分の物語に閉じ込めていた。作中では、そんな中島の像が少しずつずれていく様子が、8人の女性との出会いを通して描かれている。……もしかしたら、今第4巻を読みながら筆者が抱いている中島への印象も、虚像なのかもしれないと感じる。

 鳥飼の描く人物は、みな表情豊かだ。大きなコマに表情がしっかりと映し出されているので、ついつい読み手の感情の波も激しくなってしまう。「結婚しておけば大丈夫」「安定した生活が一番」……。感情の波に揺れながら、そんな、どこかで抱いていた、だけれど無視していた“違和感”がむきだしになる。ちいさな違和感もなかったことにできる鎧を身に纏い、強くあれたら生きやすいのだろうけれど、この作品を手にとって、気づいてしまった。隠していた感情に、無視していた事実に。

 作品を読み終えて、ふと、いつも目の前にいてくれる人のことを想う(それは“恋人”かもしれないし、“家族”かもしれない)。私は彼の、彼女の、何をみて、どう受け取っているのだろうか? そう考えてしまうほど、理津子らは互いに向ける視線がまっすぐなのだ。嘘をつかない、本音を見破る。そんな鋭さを持っている。その姿はまぶしく、痛いくらいに突き刺さる。

 きっと、理津子が追っているのは、中島でも、小説のネタでもなく、自分自身なのだと感じる。中島という存在を喪失した理津子は、自身をも喪失しているのかもしれない。この喪失の先で、彼女が見せてくれる表情はどのようなものになるのだろう。願わくば、清々しいものであってほしい。

■高城つかさ
1998年、神奈川県出身。【言葉と人生】をキーワードに主にエンタメ、暮らしを切り口に人生について考えている。好きな場所は劇場と本屋。
Twitter:https://twitter.com/tonkotsumai
note:https://note.com/tonkotsumai

■書籍情報
『サターンリターン』既刊4巻(ビッグコミックス)
著者:鳥飼茜
出版社:小学館
出版社サイト