田中ヤコブが語る、ギターを手に好奇心の向くまま音楽を鳴らす理由 「やりたいことをやって散る美しさを否定したくない」
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ギタリスト、ソングライター、そして東京の4人組バンド・家主のメンバーとしても活動する田中ヤコブが、10月14日に2ndアルバム『おさきにどうぞ』をリリースした。9月にリリースされたKaede(Negicco)のミニアルバム『秋の惑星、ハートはナイトブルー。』に参加したり、never young beachのサポートメンバーも務めるなど、今年に入って活動の場をさらに広げてきている田中ヤコブ。リアルサウンドでは彼の音楽性と人柄を紐解くべく、3回連続での記事展開を行っていく。第1回は石塚淳(台風クラブ)との対談、第2回は堀込高樹(KIRINJI)との対談を掲載した。
そして第3回は、田中ヤコブのソロインタビューである。オルタナティブロックやハードロック、パワーポップなどを昇華し、エレキギターの美味しいところをふんだんに詰め込んだ新作『おさきにどうぞ』は、「最近いいロックのレコードないかな」と探しているリスナーに真っ先にレコメンドしたい会心の1枚だ。と同時に、田中ヤコブの書く歌詞たちは、いつも周囲の目線を気にしていて、どこか世の中に対して恐縮している。どうにもならないことはどうにもならないという諦念と、どこまでも自由に音を鳴らしたいという衝動がミックスされながらも、破壊や反抗の方向には転嫁されず、「主張と好奇心の音楽」になっていることこそ、田中ヤコブの鳴らすロックの面白さである。
音楽をやるにも様々な選択肢が溢れる現代。その中でエレキギターを思い切り鳴らすという、ともすればオールドスクールにも取られかねないスタイルで活動する田中ヤコブ。しかし、様々な潮流に逆行するなかで、彼は図らずも現代特有の「隅っこで生きる不自由な感性」を強く体現し、ロックやミュージシャンの新しい可能性を提言しているのだ。彼を取り巻く環境は、これからますます面白くなっていくに違いない。そんな田中ヤコブのソロインタビューをここに。ぜひ熟読して欲しい。(編集部)
「楽器がなかったら今頃どうなってたんだろうと思う」
ーー2回続けて対談を行ってきましたが、いかがでしたか?
田中ヤコブ(以下、田中):楽しかったですね。石塚さん、(堀込)高樹さんともにタイプは違いますけど、通ずる何かがやっぱりある気がして。僭越ながら自分も少しはその背中を追えているのかもしれないと思えたり、共感できるところも多かったので、すごく実りのある対談でした。
ーー編集担当としては、1回目の対談で「ギタリスト・田中ヤコブ」が、2回目の対談で「ソングライター・田中ヤコブ」が紐解かれていったと思っていて。そして今回のソロインタビューでは、「人間・田中ヤコブ」について紐解いていきたいと思っています。
田中:おぉ……! 宜しくお願いします!
ーーまず、そもそもどうして「ヤコブ」という名前で活動されているんでしょうか。
田中:大学の学園祭で、サークルで作ったオリジナル曲をコンピCDに入れることになったんです。部員から「名前ちょうだい」って言われて、本名でもよかったんですけど、そのときテレビに偶然“ヤコブ”っていう言葉が出てきまして。「もうこれでいいや」と思ってつけました(笑)。“コブ”っていう響きが、コブ爺さんみたいにコケティッシュで面白くて。
ーーははははは。「江戸川コナン」並みのとっさの名付け方ですね(笑)。
田中:確かに(笑)。こんなに長く名乗り続けるとは思っていなかったです。
ーーちなみに本名にしなかったのはなぜでしょう?
田中:ちょっと恥ずかしいというか、“SSW感”が出すぎるというか、本名だと真顔感が強すぎるというか……シリアスな活動という雰囲気が出すぎる気がしてしまって。
ーー「真正面からではなく、少し曲がった感じで行こう」ということだと思うんですが、そういったご自身の性格の大元には何があるんでしょうか?
田中:もともと堅苦しい雰囲気が苦手なんです。小さい頃から親戚の集まりがあると、父方の親戚はみんなエリートで、「最近勉強どう?」とか「大学はどこに行くの?」とかお堅い感じのことを毎回聞かれて、そういう杓子定規でテンプレな会話ばかりなのが本当に苦手で。そういうところが元になって性格が形成されたような気もします。ギチギチな家庭環境で育ったからこそ、どこかに遊びが欲しい、ふざけたいというのはあるかもしれないですね。
あと、真面目すぎるのがずっと続く感じってちょっと怖いんです。遊びを持たせておかないと、いざ足を踏み外したときにそれまでが全部間違いだったと思ってしまうというか。例えば会社員だったら、仕事を辞めただけで「俺はもう落第生だ」みたいになりがちだと思うんです。自分もそういうマインドを持っているからこそ、遊びを作ることで予防線を張っている部分はあるかもしれないですね。
ーー転んだとしても、「転んじゃったよ〜」くらいの笑える感覚でいたいというか。
田中:そうです、大ごとにしたくない。「ヤコブ」という名前をつけてやってるのも、そういう感覚から来てるのかもなと思います。
ーー対談でもおっしゃっていましたが、野球をやっていたところから、ふとしたきっかけでギターに興味を持ったんですよね。ご家庭の話を聞いていると、「今いる場所から抜け出したい」という強い衝動でギターに向かったのかなと想像したんですが、いかがですか。
田中:完全にそうですね。家庭環境がめちゃくちゃだったので、現実逃避したかった。家にいるのが精神的にキツかったので。小一の時に母親が亡くなって、父親も病気だったので、父方の祖父母の家に転がり込んで居候していたんです。その祖父は元校長で、祖母も元教師だったので経済力はあったんですけど、2人とも所得や学歴、出自とかにもすごく偏った考え方を持った人たちで、日常的に精神的な虐待を受けていました。
ーーかなり厳格なご家庭だったと。
田中:いや、厳格というより完全に狂気を感じるほどで、理不尽、権威、差別の権化みたいな人たちでした。祖父母から「お前は生きてる意味ないね」とか「お前の声を聞くだけで死にたくなるよ」みたいなことを理由もなく毎日言われ続けて。それにも慣れちゃって、「もう人生なんてどうでもいいや」みたいな感覚が染みついてしまった気はしているんです。死んだ母親の悪口とかも日常的に言われて、小学校低学年くらいからそういうストレスと闘っていて。就職したら自分の稼ぎがあるからよかったんですけど、それまでは本当にキツかった。ボコボコにやられながらも、経済的には援助を受けているので負い目は常に感じていて。友達と『ハリー・ポッター』の映画を見に行ったとき、親族にいじめられているハリーを見て、俺だけめちゃくちゃ感情移入していました(笑)。とにかく何かしていないと頭がおかしくなりそうで、そこでちょうど楽器に出会えたから何とか逃げられた感じでした。カッコいい話をするわけじゃないですけど、本当に楽器がなかったら今頃どうなってたんだろうなって思いますね。
ーー濃密なお話でしたけど、人生の大変なタイミングに出会えたからこそ、ギターとは生涯の絆を結べたわけですね。
田中:本当にそうですね。今考えるとかなりいいタイミングで出会いました。あと、自分は友達にはすごく恵まれていて。親族のヤバい話をいい意味で友達が面白がってくれたのが救いでした。「うちのじいちゃんとばあちゃん、マジでヤバいから」みたいに面白おかしく話すことでやり過ごせていましたし、いじめられることもグレることもなかったです。結果的にハマったのがギターだったからグレなかったのかもしれないけど、楽器はやってると上手くなっていって楽しかったので、本当にいい逃げ場所を見つけられた感じでした。
「なんであのリフから始まる!?」って友達に聴かせて笑わせたい
ーー辛いことをなんとか笑いに変えながら乗り切ってきたというのは、ヤコブさんの音楽にも重なる部分が大きいですよね。
田中:かなり大きいですね。そっちに変換していかないとヤバかったというか。自分を俯瞰して、「うわ、きっつー」みたいにおかしく思う癖はついているかもしれない。自分の経験はだいぶ特殊だと思うんですけど、なるべく反面教師にしていこうと思っているので。
ーー特殊だからこそ、音楽ではとことんまで独自性を追求しようという想いも芽生えていったんでしょうか。
田中:独自というほどカッコいいものとは思ってないんですけど、1回死んだような人生だと思ってるので、あとは自分がやりたいようにやろうという感じです。
ーーまさにやりたいことを妥協なく詰め込んだ音楽だと思うんですけど、楽曲としてはキャッチーなメロディと、一筋縄ではいかない展開の面白さが魅力ですよね。
田中:そうかもしれないですね。好きな音をガンガン詰め込みたいタイプなので、まずはデモを作るように自由に音源を作っていて。ちゃんとしたレコーディングスタジオじゃなくて、リハーサルスタジオに機材を持ち込んで録ったりしているので、割と適当に弾いたフレーズがずっと頭の中に残っていたりするんです。デモのつもりで入れていたギターフレーズをそのまま残すこともよくあるので、刹那的というか、結構行き当たりばったりでやってるかもしれない。コンセプチュアルに作った曲と言えば「cheap holic」なんですけど、めっちゃハードロックっぽいイントロなのに、歌が始まったらシティーポップみたいになっていて。そういう曲ってあまり聴いたことなかったし、「なんであのリフから始まる!?」みたいな感じで友達に聴かせて笑わせたい部分もあるですよね。「ひひひ」と思いながら作ってるというか(笑)。
ーーメインストリームの音楽ではギターサウンドが減ってきている昨今ですけど、ヤコブさんはハードロックをエッセンスとしてではなく、そのまま盛り込んで鳴らしているのが面白いところで。
田中:当たり前のことを言いますけど、歪んだエレキギターの音ってめちゃくちゃカッコいいじゃないですか(笑)。まあギターソロに関しては一発芸というか、ネタとしてやっている感じも結構あるんですけど。「ほーら、バカみたいに弾きまくってるだろ? 笑ってくれ」というか(笑)。でも、エレキギターにピントが当たってると嬉しいし、自分が一番得意で好きな楽器なので。逆に、周囲でギターの音が減ってきていたとしても何とも思わないですし、俺は俺でやってるだけだから全く関係ないと思ってます。時代の潮流について考えてしまうと、結局流行を追う形になってしまって、お尻について行っちゃうだけになってしまうというか。だからこそ自分がやりたいことをずっとやってさえいれば、もしかしたら波の方からこっちに来てくれるかもしれない。もちろん来なくても全然いいんですけど(笑)、そっちの方が面白いと思うんですよね。今後もっと楽器の音が増えてきたり、ギターリフの時代も来るかもしれないですから。
ーーヤコブさんが尊敬している人間椅子もまさにそういうバンドですよね。好きなことを30年続けていたら、時代の方から歩み寄ってきたというか。
田中:本当にそうですよね、心から感動しました。あと自分が心から尊敬しているLampの染谷(大陽)さんが、昔ブログで「音を引くことは考えていない」ということをおっしゃっていて、そういうところからもめちゃくちゃ影響を受けていると思います。やりたい音楽をずっと突き詰めている姿に憧れますし、人間椅子もまさにそうだと思うので。
ーー今回は2年ぶりの2ndアルバムですけど、家主でのリリースも経た上での作品として、何か目指しているものがあったんでしょうか。
田中:いや、全くないです(笑)。曲が貯まったから出そうという感じで、自然にシフトしていっただけなんですよ。でも、個人的に細々と地道にやりたかったので、1stアルバム(『お湯の中のナイフ』)を<TONOFON>から出させてもらって、リリース後にジワジワと広がっていったことが嬉しくて。しかもレーベル代表のトクマルシューゴさんをはじめ、カーネーションの直枝(政広)さんなど、好きな方々から自分のような名もなき人間のアルバムにコメントをいただけて。初期作品を<TONOFON>からリリースさせてもらえたことは本当に意義深くありがたいことでした。その後に家主のアルバムを出したり、少しずつ進んできて、「自分は2ndアルバムを出してもいい人間なのかも」と思えた部分はあったかもしれないですね。憧れていた人たちから反応いただけたというのは自信になってる気がします。
「普通になりたい」という気持ちがすごく強い
ーー言葉の面では、「BIKE」の〈誰かが見る夢 邪魔はしないように/自分勝手なことばかりはしてられない〉という歌詞に、ヤコブさんらしさがものすごく詰まってるように感じました。好きなことをしたいという意欲はありつつも、周囲もしっかり見ていて、決められた範囲内で好きなことをやる感覚がすごく強いんじゃないかと。
田中:まさしくそんな感じですね。この曲を作ったのは去年の12月くらいだったんですけど、普通に生きているときって、どれだけ理想を掲げていても、どうしても社会通念に従わざるを得ないところってあると思うんですよ。そこでルールを破ってタブーを犯してまで楽しいことをしたいとはあんまり思わなくて。破天荒で人に迷惑かけるよりは、法の範囲内で、別に誰からも文句を言われないで楽しむ方が自分の性に合ってると言いますか。「自分だけ楽しいよりも、みんなが楽しい方が自分も楽しい」という気持ちがあるので。でも、そこからコロナ禍になって、マスクをしなきゃいけなくなったり外出自粛をするようになって、偶然そういう情勢が歌詞と被ってきちゃって。自分の歌詞に逆に問われるような感覚にもなりました。
レーベルスタッフ:曲ができて初めて聴かせてもらったときからコロナ禍を経て、意図せずこの曲の持つ意味が大きく変わった気がして。なので、リリース予定もきちんと決まっていなかった4月に先行してミュージックビデオを公開したんですよね。
田中:そうそう、今MV出したいということになって。不思議な感覚でしたね。世の中的にも「自分がよければいいじゃん」と言えなくなってきちゃったことで、自分の歌詞が思いもよらない形で時代と合致したような気持ちもありました。
ーーそこなんですよね。元来ロックって社会通念や不自由さを打破しながら発展してきた音楽ですけど、ヤコブさんはサウンドの特徴としては“硬派なロック”でありながらも、決して社会通念を壊そうとはしていない。むしろ社会のルールの中にきれいに収まってるわけですけど、そうすることで逆に今の時代の不自由さを証明していて。いろんな選択肢がある時代ならではのロックだと思うんです。
田中:あぁ、そうですね。「ぶっ壊そう」という気持ちはあんまり……(笑)。ボソッと呟くような感じかもしれないです。自分がサラリーマンだったこともあると思うんですけど、ミュージシャンとして生活している人って人口比で言ったらすごく少ないじゃないですか。一般的な仕事をしながら生活している人が圧倒的に多いと思うんです。だからこそ「一般の言葉の説得力」ってあると思っていて。いわゆるアーティストやスターの言葉では表せない世界というか、「少なくともウチの会社では、ありのままは全く通用しませんでした!」という状況を“ありのまま”描きたい、って感じですかね(笑)。
ーー「好きな音を追求する傍ら、一般の言葉で歌うことを忘れない」という今のスタンスには、ご自身のどんな想いが表れているんでしょうか。
田中:「普通になりたい」という気持ちがすごく強いのかもしれないです。お話した通りもともと特殊な出自で育ってきたので、みんなと同じになりたいというか……。ミュージシャンやアーティストと呼ばれる人って、周りと違って特別になりたいと思う人が多いのかもしれないですけど、自分はもともとが変という意識があるから、まともなフリができているか不安という感じで。むしろ普通になりたいんです。
ーーそんなヤコブさんにあえて伺いますが、「TOIVONEN」のなかに〈負けた〉という言葉が出てきていますけど、ヤコブさんにとって「勝ち」ってどういう状態だと思いますか。
田中:うーん……勝ちとか負けとかってあまり考えたくないですけど、あえて言うなら健康な家庭を築いていて、騒音のない堅牢なマンションに住めたら“勝ち”なんじゃないですかね?(笑)
ーーやはりすごく現実的な意見ですね(笑)。
田中:いいマンション、普通にいいな~と思います。いい家に住みたくてこんな音楽をやってたらヤバいんでしょうけど……(笑)。でも売れたから、バズったから勝ちかと言われたら全然違うと思いますね。 本当にカッコいいのって芸能人より野原ひろしだと思うし。まあ結局は勝ちも負けもなくて、生きて死ぬだけだと思いますけど。
ーー音楽では刹那的なアレンジを入れていくという話でしたけど、生活面においては刹那よりも安定を求めているという。
田中:めっちゃ現実を見てるかもしれないです。カタログギフトってあるじゃないですか。こないだ親父から「法事でもらったんだけど、欲しいものなかったからやるわ」って言われてカタログギフトを眺めたんですけど、一番欲しいものは米でした(笑)。米12キロに一番惹かれましたね。時計とかいろいろありましたけど「いらねぇ」と思って。
ーーははははははは。
田中:そもそも自分をミュージシャンとも思っていないですし、言ってしまえば音楽は趣味なんです。特にソロという形態だと解散することもないから、食いぶちとして捉えなければ仕事と音楽で両立できることはよくわかってますし。そこに対しての不安は別にないし、食べるための手段として音楽を捉えないことは、自分の中では結構大事かなと思いますね。音楽に軸足を置いて上手くいく人も当然いると思うんですけど、「自分はたぶんそっちじゃないな。よそはよそ」という感じですね。自分に期待しすぎないことは意外と大事だと思います。
ーーちなみに今挙げた「TOIVONEN」という曲は、レーサーのヘンリ・トイヴォネンについて歌ってるんでしょうか。
田中:そうです。踏み切りたいけど踏み切れない状況がよくあるんですけど、自分に対して「もう1回行ってこいよ」みたいな気持ちになって書いた曲です。小さい頃からラリーカーが好きだったんですけど、ちょうどそれでトイヴォネンさんのことを思い出して。トイヴォネンさんはラリーカーのレース事故で早くして亡くなったレーサーなんですよね。当時めちゃくちゃ速すぎて誰も乗れない危険な車(ランチア・デルタS4)があったんですけど、その車をトイヴォネンさんだけは乗りこなせていたらしいんです。結局その車に乗ったレースで事故死しちゃったんですけど、トイヴォネンさんは自らレースの世界に身を置いてやってたから、レースの渦中で死ぬというのは、本人にとっては必ずしも悲しいことじゃないような気もして。むしろ置きに行ったり、ゴールするためだけのレースに意味があったのかな……みたいなことをふと思ったときに、音楽を作ることの価値と重なったところがあったんです。
ーー〈突っ込め〉と繰り返し歌ってるのはそういうことだったんですね。
田中:自分をトイヴォネンさんに重ねるなんておこがましすぎますけどね。俺、のうのうと生きてますし(笑)。ただ、トイヴォネンさんはレースに全力でぶっこんで亡くなったわけですけど、そういう生き方が間違いだとはどうしても言い切れないなって。「やりたいことをやって散る」みたいな在り方や美しさ、それに付随する周囲とのズレや孤独も否定したくないというか。
ーー死に方がそのまま生き方になる、ということですよね。
田中:まさにそうですね。自分を鼓舞しようと思って書いていた歌詞ではあります。
ーーそうやって全力で音楽に没頭していきたい想いがある反面、先ほどなるべく一般の言葉で届けるという話もありましたけど、たくさんの人に聴いてもらいたい想いも心のどこかにあるんじゃないかと思ったんです。それはどう折り合いをつけている感じなんですか。
田中:まずはリスナーを度外視して、自分がいいと思う曲を作ることが大事だと思っていて。それで終わらせても別にいいんですけど、今は有り難いことに発信してくれる人やレーベルがいてくれるので、やっていただいている……という感じです。流行ったからいいとか、廃れたから悪いとか、そういう“どう聴かれるのか”はやっぱり意識していないですね。曲を作った時点で一つ完成していて自分は満足しているので、自分の手から曲が離れてしまったら、「もう自由にどこへでもおいき」みたいな気持ちですね(笑)。もちろん広く聴いてもらえることは単純に嬉しいですよ。出しといて聴くんじゃねぇよっていうのはアレなので(笑)。
ーーでも、ヤコブさん自身のパーソナルな感情や確かな想いがしっかり楽曲に昇華されていると思いますし、その分刺さる人にはものすごく深いところまで刺さる音楽になっていると思うんですよ。流行り廃りの流動がますます激しくなっている昨今、そうやって確実にリスナーを捉えられる音楽はとても強いんじゃないかと思います。
田中:そう言っていただけると有り難いですね。伊集院(光)さんのラジオですごく好きな話があって。木更津で食べたというめちゃくちゃ磯臭いアオヤギという貝があって、人によっては本当に無理なくらい磯臭いそうなんですが、伊集院さんはそのアオヤギにどハマりしたそうで、「世の中で流行っている相当旨いものが50くらいだとしたら、自分の中で500とか1000の尋常じゃない旨さを叩き出しちゃうものって、一般的にはハマらないんだけど、自分の嗜好にだけバシッとハマるものな気がするんだよね」というような話をされていて。
ーーそういう意味では、今回もまさにアオヤギ作品になってると思うんですけど(笑)。
田中:そうなってるといいんですけど(笑)。
ーー自分はリスナーとしてエレキギターの音が大好きなので、2020年の作品でエレキギターを聴きたいなと思ったら、まずは『おさきにどうぞ』を聴きますよ。
田中:ほんとですか……嬉しいです! そういうクセというか、自分のやりたいことをこれからもやっていこうと思います。
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■リリース情報
田中ヤコブ『おさきにどうぞ』
2020年10月14日(水)¥2,200+税
<収録曲>
01.ミミコ、味になる
02.BIKE
03.cheap holic
04.LOVE SONG
05.えかき
06.Learned Helplessness
07.THE FOG
08いつも通りさ
09.どうぞおさきに
10.膿んだ星のうた
11.TOIVONEN
12.小舟
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