SF&ホラーの古典を批判的に愛すること 『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』の新しさを宇野維正が読み解く
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『ゲット・アウト』と『アス』の連続大ヒットで時の人となったジョーダン・ピール監督と、『LOST』や『ウエストワールド』といった大ヒット・テレビシリーズを送り出し、『スター・ウォーズ』や『スター・トレック』のリブートでもお馴染みのJ・J・エイブラムス。片やホラーのジャンルにこだわりながら人種差別をはじめとする社会問題への鋭い視点を提供し続けている俊英、片や言わずと知れたハリウッドのSF番長。そんな「混ぜるな危険」な2人がエグゼクティブ・プロデューサーに名を連ねているのが、HBOのテレビシリーズ『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』(以下、『ラヴクラフトカントリー』)だ。
『ラヴクラフトカントリー』の「ラヴクラフト」とは、アメリカのホラー小説、SF小説の世界に多大なる影響を与えてきた伝説的な小説家、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトのこと。生前のラヴクラフトは主にパルプ小説誌への投稿やゴーストライターとして生活していて、本として出版されたのは一作のみ。多くの後継作家が生まれ、後にクトゥルフ神話と呼ばれるようになったその膨大な作品世界が広く読まれるようになったのは、1937年に46年の短い生涯を終えた後のことだった。後世のホラー作家やSF作家にとって、ラヴクラフトがその体系を作り上げたクトゥルフ神話はいわば共有財産のようなものとなっていったわけだが、本作の原作となった2016年に出版されたマット・ラフによる同名小説(『Lovecraft Country』)は、そんなラヴクラフトの作品世界に対して批判的なスタンスからまったく新しい解釈を試みた小説だった。
小説や映画や音楽に日常的に親しんでいる人だったら、きっと「あの作家(もしくは監督、ミュージシャン)の作品は大好きだけど、その思想や生き方には自分と相容れないものがある」といった思いに苛まれた体験が一度はあるのではないか? 小説『Lovecraft Country』が主題としているのはまさにそのことで、「神は白人を創り、動物を創り、その中間の存在として黒人を創った」という趣旨が記された『On the Creation of Niggers』のような、当時のアメリカ(20世紀初頭)の時代背景、そして20代前半の頃の習作的作品であることを差し引いても、とても許容できないようなおぞましくも愚かな詩を残しているラヴクラフトの作品を、マット・ラフは人種差別が法制化していた1950年代、ジム・クロウ法時代のアメリカ南部の黒人キャラクターたちの視点から再構築してみせた。
『ラヴクラフトカントリー』のエピソード1序盤、主要キャラクターの一人であるアティカス(ジョナサン・メジャース)が、南部から北部の故郷シカゴへと向かう長距離バスの中で乗り合わせた女性(公民権運動のきっかけとなったバス・ボイコットの当事者であるローザ・パークス。『ラヴクラフトカントリー』の劇中にはこのような歴史上の人物たちがメタフィクション的に登場する)と、バスから放り出された後に交わす会話には、本作が作られた背景が集約されている。
女性「さっき読んでた本は?」
アティカス「『火星のプリンセス』のこと? 主人公はジョン・カーター、北バージニアの大尉が火星で戦う話。アパッチ族に追われ、隠れた洞窟で火星に瞬間移動する。そこからが見どころ」
女性「北バージニアの大尉なら、南軍の大尉よね?」
アティカス「元南軍だ」
女性「奴隷制を支持する奴に元もクソもない」
アティカス「物語は人と同じさ。完璧な人なんていないから、愛してるなら欠点は大目に見て愛を育まないと」
女性「でも、欠点は消えない」
このやりとりから、『ゲット・アウト』や『アス』、あるいは自身がホストとナレーターを務めている『トワイライト・ゾーン』新シリーズ(CBS)を見たことがあれば、ジョーダン・ピールのことを思い浮かべる人も多いだろう。ここで話題となっているのはディズニーの映画『ジョン・カーター』(2012年)の原作でもあるエドガー・ライス・バローズのSF小説『火星のプリンセス』だが、ホラー小説やSF小説を愛読する黒人にとって、その古典作品の多くがまだ人種差別が当たり前だった時代の社会制度を反映していることに葛藤を抱かずにはいられないというのは、こうしてフィクション作品で指摘されないと我々にはなかなか気づけないことだ。また、付け加えるなら、ラヴクラフトもバローズもそのジャンルへの無理解や蔑視から、存命中は必ずしも恵まれた作家生活を送ってきたわけでない、少なくとも『ラヴクラフトカントリー』の舞台である1950年代のアメリカでは文学史的な「弱者」であったということ。そうした複雑な糸を解きほぐすように、『ラヴクラフトカントリー』の物語は進んでいく。
と思いきや、エピソードが進んでいくにつれて、視聴者は「一体何が起こっているんだ?」と唖然とするしかない超展開の連続に翻弄されることだろう。先ほど原作について「批判的なスタンスからまったく新しい解釈を試みた」と記したが、本テレビシリーズもそのスタンスは全編を通して一貫しているものの、本作をドライブさせているのは、かつてのSFやホラーのパルプ小説への飽くなき愛と言っていい。
重要なのは、本作のショーランナー、及び全エピソードの脚本(一部共同脚本)、エピソード8では監督まで手がけているのが、まだ30代半ばの黒人女性のプロデューサー、ミシャ・グリーンであること。グリーンの出世作となったのは、南部の黒人奴隷のいわゆる「地下鉄道」による脱出(今年日本公開された『ハリエット』でも取り上げられた題材)を描いたテレビシリーズ『Underground』(WGN)だったが、そのテーマは通じているものの、本作では格段とそのエンターテインメント性が増している。また、かつてのSFやホラーのパルプ小説では女性のキャラクターは主人公の引き立て役的な役回りが多かったが、本作では複数の女性キャラクター、それも黒人女性のキャラクターたちが主役的に大活躍することにも注目。さらに、ジェイミー・チャン演じるアジア人女性ジアも中盤から重要な役割を担い、いきなり朝鮮戦争中の韓国へと舞台が移るエピソード6では、主役的な役割を担うことになる。
SFやホラーの古典において長らく蔑ろにされてきた黒人と女性。本作『ラヴクラフトカントリー』は、その失地回復的な役割を果たした作品として、同じくHBOのテレビシリーズにして、数えきれないほどの賞を受賞した傑作『ウォッチメン』と比べることも可能だろう。『ウォッチメン』も相当情報量が多く、大胆な作品だったが、『ラヴクラフトカントリー』はまったく引けを取らないどころか、「情報量の多さ」と「大胆さ」においては『ウォッチメン』を凌駕していると言ってもいい怪作だ。ここは「全人類必見!」と叫びたいところだが、ラヴクラフトの小説世界の過剰解釈とも思えるようなめちゃくちゃグロいシーンが随所にある(でも、そこがいい)ことだけ、最後に付け加えておく。
■宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト。「集英社新書プラス」「MOVIE WALKER PRESS」「メルカリマガジン」「キネマ旬報」「装苑」「GLOW」などで批評やコラムやインタビュー企画を連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)、『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア)。最新刊『2010s』(新潮社)発売中。Twitter
■配信・放送情報
HBOドラマ『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』(全10話)
【配信】字幕版
スターチャンネルEXにて配信中
※10月24日(土)~11月22日(日) 第1話無料配信
【放送】字幕版
STAR1にて、11月26日(木)23:00~ほか放送
※11月22日(日)第1話先行無料放送
【放送】吹替版
STAR3にて、11月30日(月)22:00~ほか放送
※11月30日(月)第1話無料放送
製作総指揮:ジョーダン・ピール、J・J・エイブラムス、ミシャ・グリーンほか
監督:ヤン・ドマンジュ ほか
出演:ジョナサン・メジャース、ジャーニー・スモレット、コートニー・B・ヴァンスほか
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