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『異世界食堂』『ダンジョン飯』『幻想グルメ』……なぜ人は“異世界メシ”に惹かれるのか?

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リアルサウンド

 なろう系をはじめとするここ10年くらいの異世界ファンタジーもののなかにも、メシ・グルメ・料理ものは少なくない。

 これらを読んでいると、フィクションで食ものを楽しむという行為がとても不思議なものに感じられてくる。

現実世界の料理を異世界人が楽しむ『異世界食堂』『異世界居酒屋「のぶ」』

 異世界メシと言っても大きく分けると2パターンある。ひとつは現実世界にある料理を異世界の人間や亜人、その他生物が食べて楽しむもの。もうひとつは、現実世界には存在しないドラゴンの肉などの食材を使った料理を食べるものだ。

 まずは前者から紹介しよう。

 『異世界食堂』と『異世界居酒屋「のぶ」』はどちらもTVアニメ化されている人気作。『のぶ』はWOWOWで実写ドラマ化(!)もされている。

 犬塚惇平『異世界食堂』は2013年から小説化になろうに投稿され、15年からヒーロー文庫より刊行、16年からコミカライズされ、17年にTVアニメ化。土曜日にだけ異世界とつながる洋食屋「ねこや」を舞台に、異世界からの客たちとの交流を描く。主要登場キャラはココア、チキンカレー、ロースカツ定食が好きで、常連客はメンチカツ、エビフライ、ビーフシチューなどとお気に入りメニューで名前を呼ばれるのがおもしろいところだ。中世ヨーロッパ風ファンタジー世界の住人(人間だけでなくエルフやドワーフもいる)が日本的な洋食を好んで食べる。

 蝉川夏哉『異世界居酒屋「のぶ」』は、なろうで12年から連載開始、14年から宝島社より刊行、15年からコミカライズされ、18年にTVアニメ化、20年にはWOWOWプライムで品川ヒロシ監督によってドラマ化された。寂れた商店街にある居酒屋「のぶ」は異世界と通じており、異世界人が訪れる。居酒屋だけあってこちらはおでんのような和食も頻繁に登場。生魚を食べると危険だと思われている異世界で、刺身を食べるか食べないかで呻吟したあげく一口食べたら箸も日本酒も止まらなくなる、といったエピソードがほほえましく、あたたかい作品だ。

 アニメ版ではアニメが終わったあとに作中に登場した料理を再現・アレンジしたり、なぎら健壱が実在の店を食べ歩いたりする実写バラエティ番組とセットになっていて、なろう作品がなぎら健壱と邂逅するとは……と驚かされた。

 こちらは実在する、普通においしいものを作中でも食べているので良いのだ。

 考えてしまうのは、非実在食材グルメもののほうだ。

現実に存在しない食材を使う『ダンジョン飯』『幻想グルメ』『とんでもスキルで異世界放浪メシ』

 一番有名なのは九井諒子のマンガ『ダンジョン飯』だろう。異世界ファンタジーでダンジョンに潜っていったキャラクターたちがスライム、マンドラゴラ、バジリスク、ゴーレム……等々を調理して食べる。レシピも載せる。時にまずかったりもする。

 こういうファンタジー動植物を食べる作品はほかにもある。

 たとえば天那光汰『幻想グルメ』は16年からなろうで連載開始、同年コミカライズも刊行開始(小説の書籍化はされていない)したもので、異世界転生した主人公がグルメ旅行をする話。やはり竜の秘宝と呼ばれる水の実を食べたりする。

 また、江口連『とんでもスキルで異世界放浪メシ』は16年になろうで連載開始され同年書籍化、17年にコミカライズ開始してシリーズ累計180万部以上のヒットに。これは現代日本に生きるサラリーマン向田(ムコーダ)が異世界の王に召喚され、固有スキル「ネットスーパー」を使って元の世界から商品を取り寄せができ、食べるとステータスが一定時間アップする。これを使ってつくったレッドボアの生姜焼きの匂いに釣られたフェンリルに獣魔契約を結ばされ、仲間にしたスライムのスイらとともにビュビュッとモンスターを退治して食材にし、ネットスーパーで調達したコンロ等を使い、調味料で味付けしてグルメ旅を続ける。

 メシものではないが、2020年1月からTVアニメ化されている馬場翁『蜘蛛ですが、何か?』では女子高生が蜘蛛に異世界転生してその世界の蜘蛛やシカ、猿らしき生きものなどと戦って倒し、「まずい」と言いながらも食べて成長していく話だ(バカでかいナマズなんかはおいしいらしい)。

非実在食品を読んで/見て味を想像する行為から考えるメシものジャンルの不思議さ

 しかしよく考えると、作者も読者も当然ドラゴンの肉やスライムなんか食べたことがないわけで、味も食感もわからない。にもかかわらず文章や絵を見て、うまそうとかまずそうとか感じてしまう。これはいったいどういうことなのか。

 われわれはフィクションの食事描写にいったい何を求めているのだろう。

 その食べものが実在しているかどうかなど関係なく、現実世界にある料理に似せた雰囲気が描写され、キャラクターがうまそうな顔をしていればうまそうに思ってしまう。読んでいて、食べる幸せが分かち合えたような気がする。

 いや待て。そもそも『美味しんぼ』に出てくるような高級食材を使った料理だって、『ラーメン発見伝』に出てくるような変わり種のラーメンだって、食べたことがないものはざらにある。出てくる食べものが実在か実在じゃないかなんて、メシものの魅力の本質とは関係ないんじゃないか?

 ではその区別が意味をなさないのだとすると、逆に、リアル寄りのグルメものが受け手に提供しているものとはいったいなんなのか。実在のものじゃなくていいなら、なぜ現実にあったらうまそうなものを描いているのか。

 だいたい、われわれがメシもので見ているのは文字や絵、映像で描かれたフィクション、虚構にすぎない。実際食べているわけではない。自分が食べているわけでも食べられるわけでもないのに、現実で目の前で起こっていることだろうと、虚構性が強いものだろうと、人間が食事しているのを見るという行為になぜこんなに惹かれるのか。なぜこんなに需要があるのか。

 食欲と並んで原始的な欲求と言えば性欲だが、ポルノは性欲を発散するための実用性がある。しかし腹が減っているときにメシものを読んでもおなかは膨れない、つまり実用性はない。逆に、おなかいっぱいのときに読んでも満足は得られる。睡眠欲を刺激するフィクションに対する需要はメシものと比べると皆無に近い。即物的な欲求と紐付いているように見えて、メシものジャンルの特異性は際立っている。

 このように、実在の食材を用いた料理をフィクションで楽しんでいるときには意識していなかった疑問が、非実在食品が登場するファンタジーメシものを横に置くことで、一気に浮上してくる。

 まったく気負わず読めることが魅力な異世界メシ作品は、よくよく考えていくと「いったいなぜこれを楽しいと思うのだろう……?」「フィクションの食事描写を快く思うとはどういうことなのか?」「何のために人間にそんな機能が備わっているのか?」という哲学的、進化心理学的な疑問を誘発するものでもある。

 ここに人類の謎、世界の謎があると言っても過言ではない。

 すぐれたファンタジー文学を読む喜びとは、作中で提示される答え以上に、ちりばめられた多くの/大きな問いに向き合うことにある。

 異世界メシには、ファンタジーの本質的な魅力が詰まっている。 

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。