アメリカ大統領選はどうなる? ハリウッドはこの選挙にどう向き合っているか
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この記事を書いているアメリカ時間11月2日夕刻現在、多くのメディアは民主党のバイデン/ハリス候補の優位を報じている。だが、どちらの支持者も自分の政党に有利な報道しか信じていないので、正確なところは開票してみないとわからない。2016年の大統領選がそうだったように、世論調査が意味をなさない、メディアにとって非常に悩ましい状況だ。しかも今年はパンデミックによる混乱で、討論会から期日前投票、投票日当日、郵便投票を含む開票作業まで何が起きるか全く想定できない。
ハリウッドは、エンターテインメント業界はこの大統領選にどう向き合っているのだろうか。風刺ネタを得意とする『サタデー・ナイト・ライブ』は10月3日のシーズン・プレミアからジョー・バイデン候補役にジム・キャリーを、カマラ・ハリス副大統領候補にはマーヤ・ルドルフを配して放送。トランプ大統領役のアレック・ボールドウィンは2016年からずっとレギュラーのように出演し続けている。
Ladies and gentlemen…
Joe Biden and Kamala Harris. #SNLPremiere pic.twitter.com/khYgAvXKpw— Saturday Night Live – SNL (@nbcsnl) October 1, 2020
10月7日の副大統領討論会で起きた、ペンス副大統領の頭にハエが止まる世紀のアクシデントも早速その週の放送でジム・キャリーがバイデンとハエの2役を演じ再現していた。
The story behind 𝘵𝘩𝘦 𝘧𝘭𝘺. pic.twitter.com/IpawB5Y86U
— Saturday Night Live – SNL (@nbcsnl) October 11, 2020
*Presented without comment* pic.twitter.com/bxivw25vBo
— Saturday Night Live – SNL (@nbcsnl) October 11, 2020
今までもそうだったが、その週に世の中で何が起きたのかをキャッチしていないとSNLのジョークに反応できない。番組の中でも、「待てよ、トランプがいなくなったら僕らは何について話せばいいんだ?」という自虐コントをやっていたくらい、アメリカにおいて政治は最も笑えて、最も話題となるトピックであることをずっと証明し続けている。
Netflixは10月16日より、『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)、ドラマ『ニュースルーム』(2012年~2014年)のアーロン・ソーキン監督・脚本の『シカゴ7裁判』を配信している。本来であれば2020年9月25日にパラマウント映画が劇場公開するはずだったのが、パンデミックによりアメリカの映画館が閉鎖(厳密にはニューヨーク、ロサンゼルスなど大都市の映画館のみ閉鎖中)されていることを受けNetflixに売却。1968年の民主党全国大会と同時に行われていたベトナム戦争反対の市民デモ参加者が逮捕されたことに対する裁判を描き、民主主義とは? 国民の政治参加権とは? といった問いを現代に突きつけた。そのほか、Netflixの配信作品には2016年の大統領選の際にFacebook利用者のデータを不正に取得しロシアのプロパガンダ流布を助力した選挙コンサルティング会社「ケンブリッジ・アナリティカ」の手法を追うドキュメンタリー『グレート・ハック:SNS史上最悪のスキャンダル』(2019年)や、ヒラリー・クリントン大統領候補が敗れた後の2018年選挙で史上最年少下院議員となったアレクサンドリア・オカシオ=コルテスら女性候補の選挙戦のドキュメンタリー『レボリューション -米国議会に挑んだ女性たち-』(2019年)などがあり、現在アメリカで起きていることを様々な視点から伝えている。
Amazon Prime Videoは第二回大統領候補討論会直後の10月23日より、2006年の『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』の14年ぶりの続編となる『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』を配信。前作同様、カザフスタンのジャーナリストに扮したサシャ・バロン・コーエンが一般市民にprank(ドッキリ)を仕掛ける作風で、トランプの仮装をしてトランプ支持者集会に乗り込み、トランプ大統領の顧問弁護士を務めるルドルフ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長に美人局を仕掛ける。1週間前には『シカゴ7裁判』で活動家を演じていたサシャ・バロン・コーエンが、2週にわたりストリーミングの新作に登場し、シリアス路線、コメディ路線どちらの作品でも「VOTE!(投票を!)」とアメリカの有権者に訴えかけている。
有料ケーブルテレビ局のSHOWTIMEでは、9月末にオバマ政権下でFBI長官に任命され、トランプ政権に移行後の2017年に解任されたジェームズ・コミーの手記を元にしたドラマ『ザ・コミー・ルール 元FBI長官の手記』が放送された。日本では11月1日にWOWOWで放送されている。
2016年の大統領選直前に発覚した、ヒラリー・クリントン元国務庁長官の私用アカウントでのメール送受信問題、そしてメールアカウントがハッキングされた原因を元にロシアゲート事件へとつながっていく捜査を描く。ヒラリーの私用メール事件が2018年の大統領選に影響を与えた描写では、投票日の夜のアメリカ中が沈んだ瞬間を思い出し胸が苦しくなった。ジェフ・ダニエルズが演じたコミー元FBI長官は、彼を任命したオバマ前大統領に「FBI(連邦捜査局)の職務を遵守するため、政治(大統領)とは距離を置く」と宣言。あれからたった4年で、職務の矜持を保つことがいかに困難になってしまったのかを描き、情報や報道を見極め、有権者一人一人が正しい選択を行う重要性を伝えている。
10月半ばから米国のHulu他で配信されている『Totally Under Control(原題)』は、2020年の世界を震撼させ続けている新型コロナウイルスのパンデミックに対するアメリカ政府の失策を追ったドキュメンタリー。北米配給会社のNEONは、10月29日より投票日翌日の11月4日まで米国内にて無料公開している。
TOTALLY UNDER CONTROL is now available to watch for FREE at https://t.co/nQobBew3IQ thru November 4.
Filmed in secrecy over 5 months to expose the lies & deceit of @realDonaldTrump's response to COVID-19, it is "a cinematic indictment." @latimes
Please watch, share, and vote. pic.twitter.com/qF1comdmE6
— NEON (@neonrated) October 29, 2020
2020年の大統領選の争点の一つである現政権のパンデミック対策を時系列で追うとともに、10月1日深夜に自身のTwitterでコロナウイルス陽性を世界的に公表したトランプ大統領と、警鐘を鳴らし続けた科学者たちの応酬をドキュメンタリーにした。タイトルの「Totally Under Control(全て管理下にある)」とは、トランプ大統領がアメリカの感染状況について述べた言葉で、世界で最も多くの感染者・死者を出しているアメリカが管理下にあったことなどなかったと皮肉っている。
リベラル勢力が強いハリウッドやエンタメ業界ではトランプ支持を表明する著名人は少ない。ちなみに、同じように一般社会でも世間体を気にしトランプ支持を声高に宣言する状況にないという考察があり、そのせいで世論調査にトランプ支持が現れにくいとも言われている。少ないながらも、俳優でアンジェリーナ・ジョリーの実父のジョン・ヴォイト、ラッパーのリル・ウエイン、50セントやアイス・キューブ、ミュージシャンのキッド・ロックなどが支援を表明している。ヴォイトはTwitterに、「バイデンは邪悪だ」と発言するビデオをアップしている。
Evil pic.twitter.com/P99gvy6lZL
— Jon Voight (@jonvoight) October 16, 2020
リル・ウェインもトランプ大統領とのツーショットをアップし、対話を持ったことを約3500万人のフォロワーに発信した。
Just had a great meeting with @realdonaldtrump @potus besides what he’s done so far with criminal reform, the platinum plan is going to give the community real ownership. He listened to what we had to say today and assured he will and can get it done. 🤙🏾 pic.twitter.com/Q9c5k1yMWf
— Lil Wayne WEEZY F (@LilTunechi) October 29, 2020
トランプ陣営は、2016年の選挙で黒人有権者票が少なかったこと、オバマ前大統領に投票していた黒人支持者層がバイデン候補に投票することを見越し、黒人コミュニティの雇用創出や格差解消などを支援する「プラチナ・プラン」を政策に盛り込んでいる。共和党関係者はこの政策を、「黒人有権者を共和党支持に鞍替えさせるのではなく、もともと共和党員だった黒人有権者を元どおりにするだけだ」と語っている。
アメリカのスターやセレブリティは政治的主張をはっきりする風潮にあるが、今年の選挙戦が今までと違うとしたら、デジタル・ネイティブのミレニアル世代(1981年~1996年生まれ)、ジェネレーションZ(1996年~2012年生まれ)に向けた情報発信が盛んだということ。彼らはそれ以前の世代よりも人種的に多様性があり、半数近くが人種や民族的マイノリティであると認識しているとの調査がある。ショートビデオSNSを駆使し、BLM(ブラック・ライブス・マター)運動に積極的に参加していたのも主にこの世代だ。有権者人口のうち、ミレニアル世代とZ世代の一部による期日前投票率は過去最高に達し、アリゾナ州やテキサス州など激戦州(Battleground State)と呼ばれる州のミレニアル世代とZ世代の人種比率の半数は非白人だとされている。レディー・ガガは、これらの激戦州の有権者に投票へ行くことを促す。投票日前夜には、彼女が以前住んでいたペンシルバニア州のピッツバーグ(最も激戦が予想される州)で、バイデン/ハリスとともにレディー・ガガとジョン・レジェンドがステージに立った。
カマラ副大統領候補は、バイデン支持を表明しているテイラー・スウィフトの楽曲「Only the Young」をフィーチャーしたCMを発表。
Thank you @TaylorSwift13 and my friend @EricSwalwell for showing young people what's at stake in this election. https://t.co/T5EQO1GLnC
— Kamala Harris (@KamalaHarris) October 30, 2020
また、ハリス候補は公式YouTubeアカウントで、ビリー・アイリッシュやセレーナ・ゴメスと対談を行っている。
ビリー・アイリッシュはこの対談内で、自分の世代の若者が政治に対しニヒリズムを感じている状況について「小さな自分たちの意見なんて誰も気にしていないって思っちゃうのも理解するけど、よく考えて。誰の意見だって重要で、あなたの意見は大事なんだよ」と語りかける。この数ヶ月、アメリカのエンターテインメント業界やクリエイティブに携わる人たちは、ビリーのこの一言を根付かせるためにあらゆる種類の作品を提供してきた。若者だけでなく、4年前は政治に懐疑的になり投票を諦めてしまった人たちに、民主主義の意味を再び認識し、選挙権を行使してもらうために。投票でしか世の中は変わりえないし、たくさんの1票が集まれば大きな力となり国を動かすことが可能になる。選挙権がない者から見ても、アメリカのエンターテインメント業界のこの健全さはとても羨ましく思う。
参考
■平井伊都子
ロサンゼルス在住映画ライター。在ロサンゼルス総領事館にて3年間の任期付外交官を経て、映画業界に復帰。
■配信情報
『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』
Amazon Prime Videoにて配信中
監督:ジェイソン・ウォリナー
出演:サシャ・バロン・コーエン、マリア・バカローヴァ
Courtesy of Amazon Studios
『シカゴ7裁判』
Netflixにて配信中
監督・脚本:アーロン・ソーキン
出演:サシャ・バロン・コーエン、エディ・レッドメイン、ジョセフ・ゴードン=レヴィット、マイケル・キートン、マーク・ライランス、アレックス・シャープ、ジェレミー・ストロング、ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世、ジョン・キャロル・リンチ、フランク・ランジェラ
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