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『鬼滅の刃』挿入歌「竈門炭治郎のうた」はなぜ涙を誘う? 椎名豪&中川奈美が音楽で代弁した、登場人物たちの決意と想い

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リアルサウンド

 今最も世間を賑わせている『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』がついに興収157億円を突破し、最終興収156億円の『アバター』を超えて国内歴代興収ランキング10位に躍り出た。とはいえ、本原稿執筆時点(11月2日)でまだ映画の公開から18日目。この人気ぶりだと今後さらにその記録を伸ばしそうだ。

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』公開中PV

 劇場版の公開に伴い、11月2日付のオリコンデイリーデジタルシングル(単曲)ランキングでは3位のKing Gnu「三文小説」を除いて、『鬼滅の刃』に関する楽曲がトップを独走している(参照)。1位は劇場版の主題歌であるLiSA「炎」、2位は同じくLiSAの楽曲で、TVアニメシリーズのオープニングテーマ「紅蓮華」。そして注目すべきは、4位にランクインした椎名豪 featuring 中川奈美「竈門炭治郎のうた」だ。1年以上前(2019年8月30日)に配信された同曲が再び注目された理由はいくつかあるが、劇場版公開の翌日10月17日にフジテレビ土曜プレミアムで放送された『鬼滅の刃 那田蜘蛛山編』で流れたこと、また劇場版の影響によりアニメシリーズそのものを見始めた/見返したファンがいたであろうことが、少なからず影響しているのではないかと思われる。

 まずは簡単に『鬼滅の刃』(以下、『鬼滅』)の物語を紹介したい。同作は『週刊少年ジャンプ』(集英社)で2016年11号から2020年24号まで連載された、吾峠呼世晴による同名漫画を原作としたもので、舞台は大正、人喰い鬼が存在する世界。主人公の炭治郎は竈門家の長男として生まれ、父の死後は大黒柱として母と下兄弟5人の生活を支えていた。しかし、ある日鬼によって家族全員が惨殺され、唯一生き残った妹の禰豆子は鬼に変貌。炭治郎は妹を人間に戻すため、厳しい訓練を経て鬼を退治する“鬼殺隊”に入隊する。

 土曜プレミアムで放送された那田蜘蛛山編は、TVアニメ第15話~第21話に該当。炭治郎は禰豆子を背負って、同期の剣士・我妻善逸、嘴平伊之助と共に那田蜘蛛山で繰り広げられている鬼との戦いに駆けつける。しかし、そこでは蜘蛛の能力を使う鬼の一家が猛威をふるい、先に派遣された剣士のほとんどが瀕死状態に。さらに、炭治郎は最強の鬼たちが属する十二鬼月の累と遭遇。苦戦を強いられた炭治郎は、走馬灯の中で生前の父が舞っていたヒノカミ神楽を見る。その場面からエンディングにかけて流れるのが、挿入歌「竈門炭治郎のうた」だ。

 作曲を手がけたのは、TVアニメと劇場版の劇伴にも携わる椎名豪。現在フリーで活躍する椎名は以前ナムコに所属し、同社が誇るゲームタイトル『テイルズ  オブ〜』や『ゴッドイーター』、『アイドルマスター』シリーズなどのサウンドを制作していた。物語が佳境を迎える場面で、壮大かつ神秘的な世界観を構築するサウンドに定評があり、TVアニメ『THE IDOLM@STER』(TBS・MBSほか)では高垣楓「こいかぜ」や如月千早「蒼い鳥」など、アニメ史に残る名曲を生み出している。

JC『鬼滅の刃』18巻発売記念スペシャルPV

 「竈門炭治郎のうた」もピアノの弾き語りと篠笛で構成されたシンプルで優しいメロディにてしっとりと始まるが、炭治郎が走馬灯から目覚め、再び累の首をはねるために立ち向かう場面からオーケストラ楽器が多用される。炭治郎が“ヒノカミ神楽・円舞”を、そして炭治郎の危機を察して加勢した禰豆子が“血鬼術・爆血”を繰り出す劇場版さながらの映像と相まって、観る人の感情を呼び起こすような感動をもたらす。この楽曲を歌う中川奈美は『鬼滅』のサブタイトルで流れる印象的な声をはじめ、あらゆる場面に「声」で登場する。幼い頃から民謡で鍛えられたその声は鬼の不気味さを引き立て、同時に戦闘シーンを盛り上げているが、「竈門炭治郎のうた」ではまた印象がガラッと変わる。炭治郎の純粋な心を物語るように響く透明感溢れるその歌声は、一方で炭治郎と禰豆子を見守り、時に背中をそっと押す母の想いを代弁しているかのようだ。

 そして、アニメを制作したufotableによる作詞にも注目してほしい。よく見ると作中に登場する台詞が散りばめられていることがわかる。例えば、〈泣きたくなるような 優しい音〉というフレーズは、アニメ第13話で善逸が炭治郎を表現する時に使った言葉。〈失っても 失っても 生きていくしかない/どんなにうちのめされても 守るべきものがある〉というフレーズは、アニメ第7話で炭治郎が婚約者を失った青年にかけた言葉にも通じる。「竈門炭治郎のうた」というタイトルがすでに表しているように、この曲は絶望から立ち上がり、禰豆子や同じく誰かにとっての大切な人を守る炭治郎の決意と、彼を見守る仲間の想いを乗せた楽曲なのだ。それが鬼と人間という種別を越え、炭治郎と禰豆子が力を合わせて敵に立ち向かう場面で流れることで、より心揺さぶられる。父と母、そして兄弟全員で幸せに暮らしていた頃のイラストが流れ、最後に残された炭治郎と禰豆子のカットで終わるエンディングもまたずるい。「竈門炭治郎のうた」が流れるアニメ第19話は、まさに“神回”であり、原作者の吾峠先生も「作画、演出、音楽すべてがすごすぎて作者もボロ泣きしました」と絶賛のコメントを出すほどだった。

 『鬼滅』のアニメはufotableの作画や演出の力、豪華声優陣による熱演に加え、椎名豪、梶浦由記が制作する音楽とそれを歌うLiSAや中川奈美の表現力が合わさったことで、奇跡的な社会現象を巻き起こしたのではないだろうか。もちろん『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』も素晴らしいが、劇場版の実質的な主人公・煉獄杏寿郎が認めた炭治郎と禰豆子の兄妹の絆、そしてキャスト、スタッフが渾身の力で作り上げたアニメのすごみを、改めて第19話とそこで流れる「竈門炭治郎のうた」で感じてほしい。

■苫とり子
フリーライター/1995年、岡山県出身。中学・高校と芸能事務所で演劇・歌のレッスンを受けていた。現在はエンタメ全般のコラムやイベントのレポートやインタビュー記事を執筆している。Twitter