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『鬼滅の刃』読者が「沼」にハマる理由 『千と千尋の神隠し』『君の名は。』に通じる古神道・民俗学の視点から読み解く

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リアルサウンド

 日本映画史上最速で興行収入100億円を突破した『鬼滅の刃』。ここまで大ヒットした理由を「分からない」と首を捻る映画評論家も多い。本稿では原作の人気が出るまでに時間が掛かった点に着目、ヒットの要因を分析する。

打ち切りもありえた原作

 『鬼滅の刃』は連載初期の頃、掲載順が15位前後で打ち切りの当落線上にあった事は、少年ジャンプの読者ならご存知だろう。我妻善逸という人気投票1位のキャラクターを得て、アニメ化決定まで昇り詰めてきた。つまりはキャラクター人気が一番のヒット要因なのだが、そのように断じてしまうには不可解なほど売上が突出しているからこそ、理由が「分からない」と言われるのだろう。

 『鬼滅の刃』がアニメ化に掛かった話数、および連載開始→アニメ化発表までの日数を他と比較すると、

『約束のネバーランド』 88話

16年8月1日 → 18年5月28日(665日)

『鬼滅の刃』 112話

16年2月15日 → 18年6月4日(840日)

『ぼくたちは勉強ができない』 76話

17年2月6日 → 18年8月27日(567日)

『Dr.STONE』 83話

17年3月6日 → 18年11月19日(623日)

『呪術廻戦』 107話

18年3月5日 → 20年5月20日(807日)

 『鬼滅』は『呪術廻戦』と同じく2周年記念の時に発表されているが、後者はコロナ自粛期間中にも関わらず発表から4か月半後に放送が始まっている事から(『約ネバ』『ぼく勉』『ドクスト』はいずれも7か月半後)、企画自体は『鬼滅』より短い話数で編集部から許諾が下りていたと推測される。

 アニメ化を原作の人気を示す1つのバロメーターとして捉えた場合、『鬼滅』は直近の5作品の中では最も、人気が出るのに時間が掛かった作品だと言える。

 この傾向はアニメ化以降も続き、現在の『鬼滅』ブームをマスコミが取り上げるようになったのはアニメ放送終了後、原作17巻が書店から姿を消し、続く18巻がオリコン1位を獲得したのを一斉に報じたのが最初である。翌年2月10日にはオリコン史上初の1位~10位を独占するおまけ付きだ。

 では、なぜ時間を要したのか。『幽☆遊☆白書』の飛影&蔵馬をはじめ、キャラクター人気に支えられた原作漫画はアニメ化直後から初動型のセールスを記録していた。90年代とは放送形態が異なる点を差し引いても、『鬼滅の刃』に生じた原作のジワ売れ現象には別の要因が働いているとしか考えられない。

 ロングセールスは、長期連載となりストーリーが評価された作品に多く見られる現象である。そこにブームの理由が隠されているはずだ。

「沼」にハマる人が続出

 『鬼滅の刃』のストーリーは、「永遠」の生を享受する鬼と、「継承」を行ってきた鬼殺隊の対立構図で描かれる。

 鬼殺隊は育手による後進育成制度を有した組織だ。ゆえに個々の存在が希薄であり、いわゆる「推し」がばたばた死ぬ。後進はその剣の技術と魂を継承し、次の世代へと命を繋いでいく。 

 神回と呼ばれる19話「ヒノカミ」では、絶体絶命に追い詰められた炭治郎が、父から継承したヒノカミ神楽で窮地を脱する。『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』では、炎柱・煉獄杏寿郎から炭治郎へ、ヒノカミ神楽のヒントと「心を燃やせ」の台詞が継承される。

 いずれもここぞという重要な場面で、継承のテーマが効果的に発揮されている。「推し」に感情移入すればするほど、キャラクターの背景にある深みにハマっていく。アニメファンの間ではこれを「沼」と呼ぶ。

 『鬼滅の刃』が他の作品と違ったのは、キャラクター人気が出た後に「推し」を通じて、継承していく命の重さや、後述する大正時代の世界観が、見る者に過不足なく伝えられた所にあるだろう。

 『鬼滅の刃』は、アニメから新規で入り、うかつに原作に手を出してしまった人達を、次々と底なしの「沼」へと引きずり込んだ。まるで炭治郎が最初の任務で戦った沼の鬼だ。

 17巻・18巻と言えば、父から継承した剣の技術と、煉獄さんから継承した魂が融合する、原作の中でも肝心要の巻である。アニメが放送終了し原作がジワ売れするまでには、新規の読者を感動させる時間が必要だったという訳だ。

『千と千尋』『君の名は。』との共通点

 『鬼滅の刃』は、戦国時代の忍者と近現代の文化をミックスさせた『NARUTO』のようなケレン味が見られず、純和風の世界観となっている。

 『鬼滅』の舞台設定は、日本の古神道・民俗学が背景にある。日の神(ヒノカミ)の伝承は出雲大社のある島根県をはじめ、たたら製鉄が盛んだった地に伝わっており、火の神(カグヅチ)や刀鍛冶にも関係しているのは面白い。日の呼吸と火の呼吸の違いは、大正時代の世俗に詳しい人ならすぐにピンと来るのだ。作者の吾峠呼世晴が出雲の金屋子神話からヒノカミ神楽の着想を得た事が伺える。

 また、古い民俗資料によれば、鬼の正体は製鉄業に携わった「山人」であるという。中国地方の鉄を有する勢力が大和朝廷により悪しき存在として後世に伝えられたという説だ。

 民俗学の父・柳田国男『山の人生』には、子供の首に斧を振り下ろした炭焼きの男の特赦事件について纏められている。

 何としても炭は売れず、何度里へ降りても、いつも一合の米も手に入らなかった。最後の日にも空手で戻ってきて、飢えきっている小さい者の顔を見るのがつらさに、すっと小屋の奥へ入って昼寝をしてしまった。

 眼がさめて見ると、小屋の口一ぱいに夕日がさしていた。秋の末の事であったという。二人の子供がその日当りのところにしゃがんで、頻りに何かしているので、傍へ行って見たら一生懸命に仕事に使う大きな斧を磨いでいた。阿爺、これでわしたちを殺してくれといったそうである。そうして入口の材木を枕にして、二人ながら仰向けに寝たそうである。それを見るとくらくらとして、前後の考えもなく二人の首を打ち落してしまった。(引用:角川ソフィア文庫『山の人生』9P)

 竈門炭治郎と同じ身の上の男が「鬼」であるとしたら、炭治郎もあるいはそうなっていたかも知れない。『鬼滅』に登場する鬼が似た境遇を抱え、同情する視聴者が後を絶たないのも分かるだろう。

 『千と千尋の神隠し』『君の名は。』そして『鬼滅の刃』、いずれも古神道・民俗学を基にした作品である点は見逃せない。大正時代といえば今から100年前、GHQの神道指令によって途絶される前の、古き良き日本の世界観である。

 「鬼」はかつて人であり、それぞれの人生を歩んでいた。『鬼滅の刃』は鬼側が抱える事情も、当時の世俗と共に余す所なく伝えている。単なるキャラクター人気に留まらず、その奥に隠された作者の日本文化に対する深い洞察が、日本人の心を捉えているのだ。

 『鬼滅』ブームの到来から1年が経過したが、むしろここからがブームの本番だと見ている。アニメ一挙放送から映画化の流れで、新規の数が更に増えたからだ。まだまだ「沼」の底は見えない。

■井上郁 
言語学者、フリーライター。英文学・言語学・メディア記号論を専攻。マンガ・アニメ・ゲームを総合文化研究の俎上に載せ、記号論の観点から考察しています。

■書籍情報
『鬼滅の刃(8)』
吾峠呼世晴 著
価格:本体400円+税
出版社:集英社
公式サイト