「THE FIRST TAKE」「blackboard」など“一発録り”系チャンネルが人気 YouTube音楽コンテンツに押し寄せる新しい波
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ここ最近、YouTubeの音楽系チャンネルが活況を見せている。
2019年11月にスタートしたチャンネル『THE FIRST TAKE』は発足以降瞬く間に人気を博し、現在チャンネル登録者数は240万を突破。その人気はストリーミングサービスでのオリジナル音源の公開や、J-WAVEでのレギュラーラジオ番組、ノイズキャンセリング機能付き高音質ヘッドホンとのコラボレーションなど各方面へと波及。オリジナルグッズも発売され、最早ひとつのブランドと化している。
高画質・高音質で映し出される一発撮りのパフォーマンスは、アーティストの生身の姿がさらけ出されると言っていいだろう。微細な表情の変化から息づかいまで、なんなら歌詞のミスさえ記録に残されてしまう。替えのきかない一回限りの歌唱。そこには、普段のライブや地上波の音楽番組にはない特別な緊張感がある。
たとえば、女王蜂の「火炎」のテイクはこのチャンネルの中でも特に人気のひとつで、動画には日本語以外のコメントも多数寄せられている(海外からの反応が多いのもこのチャンネルの特徴だ)。歌う姿の美しさや、鬼気迫る鋭い眼差し、場面に応じて変化する声色のバリエーションなど、アヴちゃんの魅力がこの1本の映像に存分に収められていると言えよう。
一方で、今年9月からスタートしたチャンネル『blackboard』は、「教室でアーティストが先生として登壇し、生徒達(みんな)に曲を教科書(テキスト)として歌を届ける」というコンセプトのもと、アーティストのパフォーマンス映像を配信。まだ始まったばかりのチャンネルだが、これまでに渋谷すばるやジェニーハイ、chelmicoといったアーティストが出演し、こちらも徐々に人気を集めている。背後の黒板に歌い手の個性が出るスタジオセットも面白い。若いミュージシャンが多いのも特徴だ。
コロナ禍でネット上のコンテンツの需要が高まる中、急速に注目を集めている2つのチャンネル。どちらのチャンネルにも共通するのが、アーティストの純粋なパフォーマンス面を見せているという点だ。そして、どちらも見栄えが“洗練されている”ということ。歌唱力はもちろん、映し方、全体のデザイン、音質に至るまでスタイリッシュでクオリティが高い。それ自体がすでにミュージックビデオのような、一種の作品のようになっている。
YouTubeにおける音楽系チャンネルで今年注目を集めたものと言えば、広瀬香美の公式チャンネルだ。圧倒的な歌唱力を武器に、「Pretender」や「白日」といったヒット曲を独自にピアノアレンジして歌い上げる様子が話題を呼んだ。また、ただ歌うだけでなくプロならではの視点からの楽曲分析を織り交ぜているのもポイントで、単なる“歌ってみた”ではなく、映像を通して彼女の人柄まで伝わってくるのがいい。
しかし、彼女のチャンネルはあくまでYouTuber活動の延長としてのカバー動画であり、上記に挙げた2つのチャンネルとは決定的に異なるものだ。彼女の動画にはどことなく親しみやすい手作り感があるのに対し、2つのチャンネルはプロによるプロのコンテンツである。映像美と歌唱力が織り成す、磨き上げられた質の高いコンテンツ。そこに、YouTubeの音楽系チャンネルに押し寄せる“新しい波”を感じる。
ユーザー発信のコンテンツが人気を集める現在のYouTube。その中で今、これら2つのチャンネルははっきり言って異彩を放っている。YouTubeにありがちなデコラティブなサムネイルなどは使わず、徹底的に無駄を排除したシンプルなデザインは、実力を求める世の中の動きに呼応した“本物志向”を感じさせる。歌唱前や後まで撮っているドキュメンタリー性の強い作りには、作り物でない“リアルな感動”が呼び起こされる。演出や編集次第でどうにでも盛れてしまうエンターテインメントの世界で、“剥き出し”のパフォーマンスの魅力を思い起こさせてくれるのだ。
「歌や音楽に対する純粋な感動」とでも言うべきか、2つのチャンネルの台頭には、YouTube、ひいては現在の日本の音楽シーンに求められているものが潜んでいるような気さえする。
■荻原 梓
J-POPメインの音楽系フリーライター。クイックジャパン・リアルサウンド・ライブドアニュース・オトトイ・ケティックなどで記事を執筆。
Twitter(@az_ogi)