タイ・ダラー・サイン、クイーン・ナイジャ、ブライソン・ティラー……現行R&Bをより一層楽しめる新作アルバム3選
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90年代に隆盛したヒップホップ・ソウルが主に70〜80年代のソウル/ファンクを用いて再構築されていたように、ここ数年のR&B/ヒップホップ界隈では、サンプリングソースとして90年代後半〜2000年代前半の楽曲が使われ、それがトレンドとなっている。アーティストやプロデューサー自身が親しみのある楽曲を選ぶことも珍しくないので、シーンの中核を担う世代によって、使われる楽曲が移り変わるのは自然の流れだろう。面白いのは、引用する楽曲自体がそもそもサンプリングミュージックというパターンが多数あること。同じフレーズやメロディでも思い起こす楽曲が、人によっては30年くらい差が出たりと、今まで以上に幅広い世代を繋げる音楽話のタネに成り得るかもしれない。
今回紹介するのは、そんなトレンドもしっかり盛り込んだR&Bアルバムの新譜3作品。それぞれのアプローチの違いも比較しながら聴き進めてもらえると、より一層今のR&Bを楽しめるはずだ。
今期最も注目される女性シンガー!
YouTuberの肩書きを一蹴する完璧なデビュー作
Queen Naija『missunderstood』
サマー・ウォーカーやキアナ・レデらと並んで、新世代R&Bの新たなる担い手として注目されるクイーン・ナイジャ。出世作「Medicine」を含めたEPから約2年、待望のフルアルバム『missunderstood』がついに到着した。10代の頃に挑戦した『アメリカン・アイドル』では芽が出なかったものの、その後に当時の夫と開設したYouTubeチャンネルを通じてファンベースを獲得した彼女は、2000年前後のDestiny’s ChildやTLC(もとい作者であるキャンディ・バーラス)にも通じる男女間の細かい恋愛描写に優れたソングライティング能力を持ち、多くの若者から共感を呼んでいる。
Soul Mann & The Brothers「Bumpy’s Lament」使いのエリカ・バドゥ「Bag Lady」を下敷きにした「Pack Lite」や、DeBarge「A Dream」を早回しした「Lie To Me feat. Lil Durk」など、先行シングルでは大ネタを現代のアプローチで華麗にアップデート(制作はどちらもオーク・フェルダー)。極め付けは、Maze feat. Frankie Beverly「Happy Feelin’」を使った2パック「Can U Get Away」のサビメロを拝借した「Pressure」(文章にするとなんともややこしい……)。いずれもアフリカンアメリカンコミュニティでの定番曲を盛り込みつつ、手触りは2020年産そのものだ。キアナ・レデ、ラッキー・デイ、ジャクイースなど現行R&Bシーンを代表する客演布陣もその象徴と言えるだろうし、ティヤーナ・テイラー(監督名義はスパイク・ティー)がディレクションを担当したMVでのビジュアルアプローチにも大きな成長が伺える。
セキュリティガードとして働いていた過去、YouTuberとしての成功、結婚〜出産〜離婚を経てシンガーの才能を開花させ、現在は新たなパートナーとの間で第2子を出産。と、クイーンのドラマチックなキャリアは「Pretend」のMVで描かれている通り。アルバムのイントロでは、常につきまとうネットゴシップを皮肉っているが、筆者が昨年観たライブでは持ち前の歌唱力をきっちり証明していた。いよいよ本格的に歩みだしたアーティストとしての道のりに、今後も期待が広がるばかりだ。
その名をシーンに轟かせるヒップホップ/R&B界の客演王!
信頼あるゲスト陣が参加した大作
Ty Dolla $ign『Featuring Ty Dolla $ign』
一聴して耳を奪われるラスピーボイスと西海岸直系の歌ゴコロ。メロウにもハードにも自由自在なタイ・ダラー・サインの存在は今やヒップホップ界の客演王として必要不可欠で、その立ち位置はまさに今日のネイト・ドッグと言って差し支えないだろう(事実、スヌープ・ドッグも彼を「まるでネイト・ドッグの生まれ変わりだ」と称している)。
3年ぶりとなる新作は、その名も『Featuring Ty Dolla $ign』。と言っても、決して既出作品のコンピレーションではなく、ソロ楽曲もきっちり収録。タイトルの意は「これまでのコラボレーションに対する感謝と、このアルバムに参加してくれた才能あるアーティストたちへの敬意を込めて」だそう。カニエ・ウェスト、ポスト・マローン、スクリレックス、サンダーキャットといった多様なゲスト勢の並びが、まさに彼のヴァーサタイルな才能を証明している。
R&B的観点での注目曲は、マスタードが制作しジェネイ・アイコを招いた、Changing Faces「G.H.E.T.T.O.U.T.」使いの「By Yourself feat. Jhené Aiko & Mustard」と、エリカ・バドゥ「Tyrone」(タイローンとはタイ・ダラー・サインの本名でもある)をサンプリングしたビッグ・ショーンとの「Tyrone 2021 feat. Big Sean」。両曲ともに女性アーティストによる90年代後半のR&Bクラシックを用いているが、後者は男性側の視点でオリジナルへのアンサーになっているのも面白い。D・マイルが関与したブルージーな「Your Turn feat. Musiq Soulchild, Tish Hyman & 6lack」も素晴らしく、客演のミュージック・ソウルチャイルドのボーカルも冴え渡っている。
LA出身のタイ・ダラー・サインは、父親が「Fantastic Voyage」で名の知れたファンクバンド、Lakesideのセッションミュージシャン。その影響で幼少期から複数の楽器の演奏もこなす彼の作品には、単なるラップシンギングにはとどまらない豊富な音楽性が常に吹き込まれている。発売されたばかりのアリアナ・グランデ『Positions』にも参加しており、その創作意欲は勢いを増すばかり。“Featuring Ty Dolla $ign”の文字は、今後もヒップホップ/R&Bリスナーにとっての安心印として我々の目に届くだろう。
トラップ・ソウル旋風を生み出した立役者!
デビュー作へのオマージュとなる新作
Bryson Tiller『A N N I V E R S A R Y』
2015年にSoundCloudで発表された「Don’t」が話題を呼び<RCA>と契約したケンタッキー州出身のシンガー、ブライソン・ティラー。デビュー作『T R A P S O U L』のタイトルに冠された“トラップソウル”は、以降2010年代後半のR&Bを代表するスタイルとなり、その音像をいち早く確立した意味でも重要な作品となった。
多忙なツアーと並行して制作された2017年の前作『True To Self』はBillboard 200チャートで見事首位を獲得したものの、本人曰く「何がやりたいのか分からなかった」そうで、その後、3年もの期間取り組んでいた『Serenity』というプロジェクトもなかなか身を結ばなかった。そんな彼を一気に復活させたのは、『T R A P S O U L』の大半を録音したというLAのスタジオに出向いたのがきっかけ。初心に帰った彼が音楽制作への喜びを取り戻し、デビュー作発表から5周年の祝福も込めた意欲作が今回の『A N N I V E R S A R Y』だ。
先行シングルとして発表された「Inhale」はメアリー・J. ブライジ「Not Gon’ Cry」とSWV「All Night Long」を同時にサンプリングし、酩酊感あふれるループはブライソンの真骨頂と言えるサウンドを演出。元ネタの2曲は、ベイビーフェイスが手掛けたR&Bサウンドトラックの名盤『Waiting To Exhale』(1995年作、邦題は『ため息つかせて』)に収録されており、それにちなんだタイトルをつけているのもニクい仕掛けだ。また、過去にブライソンを自身のレーベルに誘っていたドレイクとは、Nineteen85がプロデュースの「Outta Time」で念願の共演。TR-808の音色が効いたバウンシーな1曲に仕上がった。ほかにもピーター・アレン「One Step Over The Borderline」を使用し、AORを現行ビートに落とし込んだ「Sorrows」や、オーストラリアのエレクトロニックデュオ、Flight Facilities「Heart Attack (Snakehips Remix)」を用いた「Next To You」など、サンプリングの手法ひとつ取ってもセンスが光る楽曲が並んでいる。
制作途中である前述の『Serenity』は3部作に分かれたプロジェクトで、R&B〜ヒップホップ〜ポップスの境界線を無くした自由な作品になっているとのこと。トラップソウルを生み出した立役者が、2020年代にどんな音楽を生み出していくのか、そちらの進行も楽しみだ。
■Yacheemi
ダンサー / DJ / ライター / タコ神様。
国内~ジャマイカでダンスバトルでの入賞を経験後、 ヒップホップ・グループ「餓鬼レンジャー」 にマスコットとして加入。3密のナイトクラブを中心に年間100本近くのステージに立つ傍らで、地上波TVにも幾度か出演。またR&B音楽にまつわる座学や執筆活動も行うなど、独自のフリースタイル・グルーヴ道を歩む七変化系男子。