人は笑い、泣いて、生きるーー『鋼の錬金術師』に込められたシンプルなメッセージ
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2001年から約10年にわたって『月刊少年ガンガン』で連載された荒川弘『鋼の錬金術師』。アニメ化だけではなく、実写映画、ゲーム、ドラマCDとさまざまなメディアミックスもなされ、多くのファンを魅了した。
そんな『鋼の錬金術師』という作品の魅力について改めて迫ってみたい。
失った体を取り戻す長い旅路
鋼の二つ名を持つ国家錬金術師エドワード・エルリック(エド)とその弟アルフォン(アル)。エドは右腕と左足が機械鎧で、アルは肉体がなく鎧に魂を定着させている。2人が体を失ったのは禁忌を犯したから。その禁忌とは人体錬成。亡くなった母親を錬金術で蘇らせようとしたが失敗し、その代償として肉体の一部、もしくは全てを奪われてしまったのだ。
失った肉体を取り戻すために2人は「賢者の石」なるものを求めて各地を転々とするが、やがて国の大きな陰謀へと巻き込まれていくことになる。巻き込まれたのは必然とも言える。「賢者の石」を手に入れようと近づけば近づくほど真実に近づく。そして真実に近づけば近づくほど危険も増えていく。
母親の錬成に失敗したことで、体の一部を失っただけでなく、心に大きな傷を負ったエド。
「地獄ならとうに見た」
そう言うエドだったが、形は違えど地獄は国内外、いたるところに存在していた。
「無力」から始まる物語
『鋼の錬金術師』では多くの人が命の危機にさらされ、時には理不尽に奪われていく。そんな中、エルリック兄弟の心に強く残るのがニーナとアレキサンダーだ。人語を理解する合成獣(キメラ)を錬成したことで国家錬金術師の資格を得たショウ・タッカー。エドたちは整体錬成の研究について学ぶために訪れるが、ショウ・タッカーは追い詰められていた。
年に一度、研究の成果を報告することが課せられている国家錬金術師。成果がなければ資格を剥奪されてしまう。しかし、ショウ・タッカーは一度キメラを錬成したものの、研究はうまくいっていなかった。そんなある日、エドたちはショウ・タッカーから「人語を理解するキメラ」を見せられる。驚くエドたちだったが、それはショウ・タッカーの娘、ニーナとペットの犬、アレキサンダーだったのだ。
作品内でも非常に印象的なエピソードだ。ショウ・タッカーはその直後、国家錬金術師を連続して殺害している傷の男(スカー)によって殺される。もとは娘・ニーナであったキメラの前で。それを見ていたニーナは涙を流しながら小さく呟く。
「おとうさん おとうさん おとうさん」
スカーは「哀れな」と言い、ニーナも手にかける。この出来事はエドたちに絶望の端を見せた。
「たった一人の女の子さえ助けてやれない」
そう“国家錬金術師”という肩書きを持ってしてでも。この出来事は「錬金術とはなんなのか」を考えさせたと同時に、エドたちの心に強く残ることになる。そして、アルが自身の体を取り戻してからの兄弟の指針となる。錬金術によって苦しんでいる多くの人を救えるのではないか、と。
全ての命は大切である、という当然のこと
「命をどうこうするという点ではタッカー氏の行為も我々の立場も大した差はないということだ」
エドを国家錬金術師に推した人物でもあるロイ・マスタングの言葉だ。国家錬金術師は人間兵器であり、手を汚すことも厭わない。結果的にはショウ・タッカーとやっていることは変わらない。そう話す彼も、自身の親友が殺されたときは「(エルリック兄弟が)母親を錬成しようとした気持ちが分かる」と涙をこぼした。
例えば、事故が起こったことを伝えるニュースで「○名が死亡」と数字で伝えられる。しかし、それは誰かにとってはかけがえのない人で「亡くなりました」の一言では済まされないはずだ。多くの人が突然大切な人を奪われたときに、生き返らせるかもしれない術を持っていたとしたら、どうにかして試そうとするのではないか。今すぐには無理だとしても、「いつか生き返らせることができるかもしれない」と期待を抱けば、それが自分の生きる支えにになる。
「命は大切に」「誰かの命を奪うようなことがあってはならない」。それは『鋼の錬金術師』において間違いなく重要なメッセージだ。また、新しい命が生まれる出産のシーンが描かれることで、生命の誕生の感動も描かれている。しかし同時に、理(ことわり)に逆らって生き返らせようとすることもまた、命に対する禁忌なのである。
人はみな生きて、食べて、笑う
『鋼の錬金術師』はジャンルとしてはダークファンタジーに分類されているが、ポップなシーンも多い。悲しいばかりではなく、大いに食べるし、笑うし、泣いて、親しい人とケンカもする。
人間は悲しいことがあったからと言って、ずっと泣いているわけではない。エルリック兄弟は母を亡くし、自分たちは罪を犯し、肉体を奪われた。彼らの幼なじみのウィンリィは医者だった両親を内乱で亡くしている。エルリック兄弟の師匠は我が子を流産で亡くし、人体錬成を試みてその代償として内臓のいくつかを奪われた。
彼らのやりとりはシリアスなときもあるけれど、基本は明るく、笑いも多い。これは荒川弘氏の作風によるところも大きいのだろうが、人は生きていればさまざまな感情に突き動かされ、行動する。肉体だけではなく、心があるから、「人間」なのだ。
命があるからこそ生活がある。大切な人を守りたいから生きる。壮大なダークファンタジーが伝えるのは、日常では忘れてしまいがちなそんなシンプルなことなのかもしれない。
(文=ふくだりょうこ(@pukuryo))
■書籍情報
『鋼の錬金術師』(ガンガンコミックス)27巻完結
著者:荒川弘
出版社:スクウェア・エニックス
ガンガンONLINE『鋼の錬金術師』サイト