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『チェンソーマン』漫画史に残る壮絶な描写とは? 最新刊は前人未到の領域へ

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リアルサウンド

 予測不能の展開で読者を翻弄してきた藤本タツキの『チェンソーマン』(集英社)だが、11月4日に発売された第9巻で、物語は急展開を見せた。『週刊少年ジャンプ』で連載されている本作は、悪魔が存在する架空の日本を舞台にしたオカルトバトル漫画。

 チェンソーの悪魔と契約した少年・デンジが、公安対魔特異4課のデビルハンターとして悪魔や魔人と戦う姿を描いた本作は、圧倒的な描写力と先が読めないストーリーが話題となっており、毎週ジャンプが発売される月曜になると『チェンソーマン』に関連した単語がTwitterのトレンドワードに登場する。

まだ、アニメ化されていない漫画が、SNSでここまで話題になる状況は異例のことで、あらゆる娯楽作の中で現在、もっともスリリングな作品が『チェンソーマン』だと言えるだろう。

 もちろん、「ジャンプ+」で配信された前作『ファイアパンチ』(集英社、全8巻)が高く評価され、その成功を踏まえてのジャンプ本誌での連載だったため、当初から期待値は高かったのだが、この9巻から前人未到の領域に足を踏み入れたように感じる。

 一話一話の漫画としての完成度が異常に高い一方、次のページで何が起こるかわからない緊張感が漂っている。いつ破綻してもおかしくない危うい魅力が本作にはあり、だからこそ目が離せない。

以下、ネタバレあり。

 9巻ではデビルハンターの早川アキ、血の魔人・パワーといっしょに日々を過ごすデンジの姿が描かれると同時に、「銃の悪魔」との壮絶な戦いが描かれた。

 地獄で「闇の悪魔」と戦ったことで、多くの仲間を失った公安対魔4課。アキは片腕を失い、パワーは「闇の悪魔」と戦ったショックで心を病んでいた。パワーの介護をしながら淡々と暮らすアキとデンジ。やがてアキは、3人の暮らしを守るために、悲願だった「銃の悪魔」討伐遠征の不参加を申し出る。

 驚いたのは、連載で読んだ時とは物語の印象が大きく変わったことだ。連載では、デンジが弱っているパワーをいたわり、一緒にシャワーを浴びるシーンや寝るシーンのビジュアル面でのインパクトや、エッチな事をしているはずなのに、まったく嬉しくないデンジの心情描写がショックで、物語の流れは頭に入ってこなかった。しかし、単行本で読むと、デンジ、アキ、パワーの間に疑似家族的なつながりがじわじわと形成されていく姿を、実に丁寧に描いていたことがよくわかる。

 特に素晴らしかったのが、アキの墓参りにデンジとパワーが同行して北海道に向かう第72話「みんな一緒」。はしゃぐパワーとデンジに終始翻弄されていたアキが「毎年墓行くとヤな事ばっか思い出すから憂鬱だったんだ」「でも今回はお前等がうるさくて浸る暇もなかったよ」と吹雪が舞い散る外を見ながらデンジに言う場面はとても印象的で、クールでドライな描き方なのに3人の関係はとても暖かく見える。殺伐とした戦いの印象が強い作品だけに、こういう人と人のつながりを描ける作家だったのかと、改めて驚かされた。

 連載の時は一話一話(あるいは1コマ1コマ)という「点」で理解していたことが単行本になるとつながった線となって全貌が見えてくるものだが、その時に漫画全体の印象がガラッと変わるのだ。それは、「銃の悪魔」の登場シーンにも言えることだ。

 今まで謎だった正体が「支配の悪魔」だと判明した公安対魔特異4課のリーダー・マキマを倒すため、アメリカ大統領によって「銃の悪魔」が日本へ送り込まれる。「挙動記録」と称して、秋田県にかほ市沖合に現れた「銃の悪魔」の能力発動によって命を落とした死者の名前が誌面を覆い尽くす場面は、漫画史に残る壮絶な描写である。

 このシーン、連載時は衝撃的なビジュアルにただただ圧倒されたが、改めてこの場面を読んだ時に思い出すのは、東日本大震災の時にビートたけしが語った言葉だ。当時、たけしは震災を「2万人が死んだ一つの事件」ではなく「1人が死んだ事件が2万件あった」と考え、その1人1人の死に対して家族や友人が悲しみ深い傷になったと考えないと、被害者のことは理解できないと語っていたが、ここで藤本タツキが描いたことも、犠牲となった一人一人の姿だ。

 『チェンソーマン』で描かれる唐突な死や日常が容赦なく奪われる姿が露悪趣味で終わらないのは、作者が死を厳粛なものとして受け止めた上で、死者の尊厳が踏みにじられる痛みを描いているからだ。それは、マキマが「銃の悪魔」と戦う際に(アキも含めた)今まで殺された魔人、悪魔、デビルハンターの遺体を用いて、彼らの能力を利用する場面や「銃の悪魔」に死体を乗っ取られたアキがデンジとパワーの元に戻ってくる哀しい描写に現れている。

 最終的にアキはデンジによって倒され(デンジにとって)「最悪の死に方」をする。魔人化したアキの意識は幼少期に戻り、デンジとの戦いは、雪合戦で楽しく遊んでいるイメージに変換されていた。そのことだけが唯一の救いである。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■書籍情報
『チェンソーマン』既刊9巻
著者:藤本タツキ
出版社:集英社
https://www.shonenjump.com/j/rensai/chainsaw.html