黒沢清が青山真治の新作「空に住む」絶賛「一見ほんわか。実はかなりショッキング」
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「空に住む」公開記念トークショーの様子。左から黒沢清、青山真治。
「空に住む」の公開記念トークショーが11月9日に東京・新宿ピカデリーで開催。監督の青山真治、ゲストとして「スパイの妻(劇場版)」が公開中の黒沢清が登壇した。
「空に住む」は作詞家・小竹正人の同名小説をもとに、両親の急死という残酷な現実に直面した小早川直実を主人公にした作品。多部未華子演じる直実は大きな喪失感を抱えながら、叔父夫婦の計らいで都会を見下ろすタワーマンションの高層階に愛猫とともに暮らし始める。
この日観客と一緒に映画を鑑賞した黒沢は、感想を聞かれると「宣伝のことを考えずに素直に言います。本当に傑作だと思いました。いやあ、怖かった。『ローズマリーの赤ちゃん』を思い出しました」と往年のホラー映画を連想したことを明かす。「多部未華子さんが本当に鬼気迫る。ラストシーンだけ顔がパッと明るくなるのが救い。それまでは本当に顔が暗くて、髪の毛がバサッと下りていたり、影が落ちていたり」と、本作における直実の異様さに注目。「物語だけ話すと、一見ほんわかしたような話。でも実はかなりショッキングなキワドいゾクゾクするような映画。このすごさをもっと多くの人に知ってもらいたい」と絶賛する。
さらに主な舞台となる高層マンションについて「空中に浮いているようなあの部屋。とてもモダンな作りで一見おしゃれなんですけど、部屋には両親の位牌が置いてある。猫の遺骨もある。そしていつ部屋に入ってくるかわからない不気味な叔父さん夫婦。今どきの首都圏のおしゃれな生活を描いているようで、その裏にある狂気というか孤独というか、恐ろしさを描いている。死と隣り合わせですよね」とコメント。また直実が飼う黒猫のハルについては「猫も普通はもっとかわいく撮りますよね。不気味と言ったら失礼かもしれませんが、ある種、死の象徴。部屋に人が来ると姿を消しますが、グラスが割れたりするとフッと寄ってくる。この猫がいつフレームの中に登場するのか、かなり緊張感がありました。すごいものを観たと思います」と語った。
この黒沢の絶賛評に、青山は「というふうにお考えになるのは、黒沢さんだけではないでしょうか(笑)。実は僕自身も『ローズマリーの赤ちゃん』は思い出してました。あれもニューヨークのマンションの話」と笑って応答。続いて「この映画は2つばかり、黒沢さんに多くを負っている」と打ち明け、かつて黒沢の助監督を務めていた頃を回想する。
「空に住む」の主人公である小早川という名字の読みに関して、小津安二郎「小早川家の秋」にまつわる黒沢とのエピソードを紹介。「別の助監督と小津安二郎の話をしていて、『小早川家(こばやかわけ)の秋』とタイトルを言ったら、黒沢さんがやってきて『関西では“こばやかわ”ではなく“こはやがわ”と読むんだ』と教えてくれた」と振り返る。タイトルは「こばやかわ」と読まれることが多いが、関西が舞台のため劇中では「こはやがわ」と発音されており、人によってタイトルの読み方が分かれる同作。青山は「『空に住む』では出版社の社長を演じた岩下尚史さんが『私は京都の人間なんだけど“こはやがわ”って呼んでいい?』と。僕は我が意を得たりと思い、そう言ってもらいました」と続けた。
もう1つは、岩田剛典演じるスター俳優・時戸森則の「地獄」というセリフに関して。「これをどう言わせるかちょっと悩みまして。なぜ悩むかと言いますと、黒沢さんの『よろこびの渦巻』に参加したとき、ある女優さんが『地獄』というセリフを何度も言い直しさせられていた。とにかく何度も何度も。そこでたった一言でも監督や役者それぞれの思惑が反映されるものなんだと思い知った。これが映画の演出なのかと、心に留めて今日まで生きています」と述懐。黒沢は「それまったく覚えてない……失礼なことしましたね」と恐縮した様子だった。
「空に住む」は全国で公開中。