“ギャグを感動に変える”脚本が見事! 『義母と娘のブルース』名台詞、名シーンの数々を振り返る
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「私、自分で子どもを産まなくて良かったです。あなたみたいないい子は、絶対に私からは産まれてきません」
このドラマ以外で書かれた台詞なら、ともすると反発を招きそうな、けれどこのドラマにとってはこれ以上ないほど優しくて力強い肯定の言葉を持って、義母と娘による10年の物語は完結した。
9月18日に最終回を迎えた『義母と娘のブルース』(TBS系)。最終回は平均視聴率19.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)をマークし、今期民放連ドラのトップを記録。これだけ多くの人の心を掴んだ要因は様々だが、今回は脚本を手がけた森下佳子の、原作に最大のリスペクトを払った上で、連続ドラマならではのアレンジを施す絶妙なアップデート力に重点を置いて語ってみたい。
■原作のエピソードを丁寧に取り入れた巧みな構成力
本作は、桜沢鈴による同名コミックが原作。何と言っても痛快なのが、主人公・宮本(旧姓:岩木)亜希子(綾瀬はるか)の度を超えたキャリアウーマンぶりだが、このキャラクターはほぼ原作のエピソードから忠実に表現されている。
たとえば、第1話の冒頭。物語は、結婚相手の宮本良一(竹野内豊)の娘・みゆき(高校時代:上白石萌歌、少女時代:横溝菜帆)と亜希子の出会いから幕を開けるのだが、幼いみゆきに向かって、亜希子は名刺を差し出して自己紹介をする。これは原作の冒頭部分とほぼ同じ。自分をより深く知ってもらうために履歴書を渡すのも、原作で登場したネタだ。
退職のお祝いでもらった花束を取引先の社長へのプレゼントに再利用したり、スーパーで売っているハムを値下げするためにメーカーの社長に直接電話をして価格交渉したり、みゆきのお願いを勘違いして株価チャートのキャラ弁をつくったり。亜希子を語る上で欠かせないインパクト抜群のエピソードは、すべて原作を活かしたもの。
他にも、亜希子に恋心を抱く麦田章(佐藤健)が気づいたら「愛死照流(あいしてる)」とデコレーションしたパンをつくっていたり。お店で流すBGMをどうするかもめた挙げ句、折衷案で演歌が流れたり。観る人をクスッとなごませるサブエピソードも原作そのまま。
また、ギャグだけでなく、感動を呼んだ名シーンの数々も原作をしっかり踏襲している。良一を亡くした亜希子とみゆきが、給湯室で悲しみを分かち合い、みゆきが初めて亜希子を「お母さん」と呼ぶシーンは、細かい台詞こそ違えど原作と同じ。最終回で視聴者を涙させた「そういうのをね、世間じゃ愛って言うんだよ」というみゆきの台詞も、細かいてにをはは違うが、原作から引用したもの。原作の持つ笑いと感動のエッセンスを上手に取り入れることで、笑って泣ける世界観の土台を築いた。
■一気コールにハイタッチ。ささやかなネタを感動に変えるアレンジ力
その上で、原作で登場したネタを別のシチュエーションで転用することで、より劇的効果を高めた点が、脚本家・森下佳子の功績のひとつ。たとえば、第2話。亡き前妻になり代わろうとコピーを演じる亜希子に対し、「それよりも履歴書にあったビジネスの経験を活かし明るく楽しい家庭をつくりたいって、あれをぜひ実践してください」と良一はアドバイスをする。そこで亜希子は、人参の苦手なみゆきに対し、「見てみたい、見てみたい、みゆきちゃんのいいとこ見てみたい」と営業部長らしく一気コールを仕掛ける。同様のネタは原作でも登場するが、原作ではあくまで数あるギャグのひとつ。だがドラマでは、母親としてのあり方を模索する亜希子の心情と重ねることで、母と娘の距離がほんの少し近づく印象的なシーンとなった。
また、第8話で出てくる、亜希子と麦田の握手とハイタッチが何度やってもバラバラになるというネタも、原作のギャグのひとつ。しかし、森下はこれをただのギャグで終わらせなかった。リニュアールオープン初日、見事全商品完売を果たした亜希子と麦田が歓喜のハイタッチを一発で決めることで、ふたりの心が通い合った“象徴”として再活用。こうした伏線回収の巧さが、連続ドラマらしい爽快感と高揚感を生んだ。
■名台詞、名シーンの数々を生んだ、緻密で優しいアップデート力
何より森下佳子の最大の功績は、原作の魅力を活かしながら、ドラマオリジナルの要素を加えることで、この『ぎぼむす』をより普遍的かつ多幸感のあるヒューマンストーリーに仕立てたことだ。
第1話から頻繁に語られる“小さな奇跡”というフレーズは、ドラマ版『ぎぼむす』を語る上で欠かせないキーワードだが、これは原作にはないオリジナル。また、麦田がその小さな奇跡を運ぶ人として第1話から人知れず宮本家に関わり続けているのも、ドラマ独自のアイデアだ。
また、麦田が元ヤンなのは原作通りだが、頻繁に言い間違いを繰り返すという設定はドラマオリジナル。第1話から言い間違いネタを随所に織り込むことで、「LOVEじゃなくてLIKEの方ッスから」と告白する麦田に、亜希子が「……そこはLIKEではなくLOVEの方では」とツッコミを入れ、「それはわかってるんですね! わかってるってことっすよね」と麦田が切り返す、微笑ましくもキュンとするプロポーズシーンが誕生した。『ぎぼむす』に登場する人たちがみな愛しくて仕方ないのは、原作をなぞるだけでなく、そこにどうやって命を吹き込むか知恵と工夫を凝らした森下の手腕があってこそだ。
さらに最大の名アレンジとして挙げたいのが、第5話。退院した良一とみゆき、そして亜希子の3人が川の字になって布団を並べるシーンだ。このシーン自体、原作にはないドラマならではの描写なのだが、何よりも心を打ったのが、みゆきが眠りに就いた後の亜希子と良一の会話。ふたりは、良一が他界することを前提とした上で結婚した偽装夫婦だ。良一が全快したら、契約を継続する理由がなくなる。ふたりとも、そんな不安に揺れていた。だが、心に秘めた想いを伝え合うことで、初めてふたりは本当の夫婦になる。まずはこのやりとりをきちんと入れたことが、この偽装結婚を描く上で非常に大切なことだった。
そして、気持ちが通じ合ったふたりは初めて唇を交わそうとする。が、間で寝ていたみゆきの寝相に邪魔され、断念。代わりにふたりはみゆきの両頬にキスをする。実際に唇を重ねるよりもずっと温かくて、家族の素晴らしさが伝わる、そんなキスシーンだったと思う。実は、原作では亜希子と良一のキスシーンはきちんと存在するのだが、ここは敢えて“家族3人で”という形にこだわったアップデートだったのだろう。そんな細かいところにまで行き届いた森下佳子の目配りが、誰もが幸せを感じられる『ぎぼむす』の世界を生んだ。
もちろん原作には原作の魅力があるので、未読の方はこの機会にぜひチェックしてほしい。ドラマでは描かれなかった数年後のエピソードも登場しており、もうひとつの亜希子とみゆきの物語にほっこりさせられることだろう。あるいは原作を片手に第1話からもう一度見返してみるのもいいかもしれない。人生は、終わらない。亜希子とみゆき、そして優しい仲間たちが暮らす『ぎぼむす』の世界は、これからもずっと続いていくのだ。(文=横川良明)