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『にがくてあまい』求めたのは互いの幸せ 恋愛を飛び越えた“新しい関係性”

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リアルサウンド

 2009年から2016年にかけてウェブコミック誌『EDEN』で連載された小林ユミヲ『にがくてあまい』。2016年には川口春奈、林遣都主演で映画化もされた。2019年からは続編となる『にがくてあまい-refrain-』の連載がスタートしている。

 大手広告代理店で働くキャリアウーマンのマキと、男子校のイケメン美術教師・渚があることをきっかけに同居生活をすることになる。仕事はできるが、料理はせず、掃除も苦手で部屋は荒れ放題のマキに対し、渚は家事もひと通りこなし、料理の腕はピカイチ。一見相反するように見える2人と、2人を取り巻く人たちの日常を描いていく。

 男女2人がメインのキャラクターとくれば気になるのはその関係性だ。容姿端麗な渚にマキは想いを寄せており、ストレートに気持ちをぶつけているが、渚には全くその気はない。というのも、渚の恋愛対象は男性だから。女性には興味がなく、一般的に美人とされるマキにも全く心は動かない。だから半ば勢いで一緒に暮し始めても、恋愛の甘い雰囲気はほとんど出てこないのだ。

 ただ菜食主義者の渚は丁寧に野菜を使った料理を作り、マキに食べさせる。野菜嫌いだったはずのマキも、渚の料理にはすっかり胃を掴まれてしまい、ジャンクフードが好きだったにも関わらず、外食が続くと渚の料理が恋しくなるのだ。

 恋心はない。でも、料理好きの渚は美味しいものを食べたときのマキの顔が好きだった。料理をする人なら分かるだろうが、自分が作ったものを美味しそうに食べてくれる人がいるのは一種のご褒美だ。恋とは異なる形ではあるが、互いを想い合っている。一緒に暮していく時間が増えていくことで、互いにかけがえのない存在へと変わっていき、より深い関わりを持っていくようになる。

家族にコンプレックスを抱えていた2人

 マキは父親が脱サラ、農業を始めたことで親子の関係がこじれ、当時付き合っていた恋人と結婚すると言って家を飛び出していた。渚は母親に冷たくされたことがトラウマになっており、大人になってからもうまく接することができていない。

出会ったときは、互いに家族とは縁が薄い状態だった。だが2人は本音では、家族が好きで良好な関係にしたい。家族を欲する気持ちを知っている2人は、だからこそ相手の行動が歯がゆく思える。踏み込んではいけないと分かりつつも、放ってはおけない。2人とも誰かが背中を押してくれるのを待っていたのかもしれない。マキも渚も、お互いの存在があったことで、家族と関係を改善し、それどころかそれまでよりも良い、新たな関係を築くことができた。

 家族のことは、家族にしか分からない。家族にコンプレックスを抱えている者同士だと言っても状況は違う。それでもお互いに背中を押しあうことができたのは、偽善や常識で考えた「家族像」を押し付けることなく、相手に幸せになってほしいという願いからだった。次第に、それは相手だけではなく、相手の家族に対しても願うようになる。相手の家族丸ごと愛せるようになるなんて、そうそうあることではないのに。

「夫婦」ではなく、「家族」になったマキと渚

 マキを恋愛対象として見ることができない渚と、渚への想いを募らせていくマキ。マキに対して恋ではないけれど、愛はある渚。マキには幸せになってほしいが、自分ではできない。ただ、渚はマキの両親のことも大切に想っていた。

 マキの両親が経営する農園の野菜も愛している(ついでにマキの父親がタイプでもある)。しかし、娘のマキは今の仕事に人生を捧げようとしていて、農園を継ぐつもりはない。そこで渚が選んだのは自分が後継ぎになることだった。

 それは、農園のことが好きだからだけではない。マキの笑顔が好きだから、がむしゃらに働く姿が好きだからだ。マキの人生を守るために、マキの家族の笑顔を守るために自分の人生を選んだ。マキのための選択であり、自分のための選択でもある。マキとその家族が幸せでいることもまた、渚の幸せでもあるのだ。数ある選択の中で、自分もマキも幸せになれる最善の選択をした。

 ここで夫婦にならないことは2人にとって――特にマキにとって幸せなのかどうかは分からない。ただ、マキも、相手が存在してくれていること、「おかえり」と「ただいま」を言える関係でいられることを選んだ。

 世界には恋と愛があふれている。夫婦だとか恋人だとか、関係には名前が付けられていて、そこに収まろうとする。恋人も夫婦も飛び越えて家族になった2人の関係は、まだ名前のつけられていない新しい形なのではないだろうか。

(文=ふくだりょうこ(@pukuryo))

■書籍情報
『にがくてあまい』(マッグガーデンコミック EDENシリーズ)
著者:小林ユミヲ
出版社:マッグガーデン

『にがくてあまい-refrain-』(ヒーローズコミックス)
著者:小林ユミヲ
出版社:ヒーローズ
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