一風変わった形で音楽を楽しむ人たち 第1回 インターネットの毎年恒例行事「裏紅白歌合戦」、22年目の大きな変化
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jiyujoho氏
「NHK紅白歌合戦」の出場者発表に合わせて毎年11月に更新される「裏紅白歌合戦」というサイトがある。これは同番組をパロディにした架空の歌番組の出演者一覧という体で、その年によくも悪くも話題になった人物を挙げていくというジョークサイト。例えば2019年には「ヒャダインのセブンペイ決済音 VS ヤマハ音楽教室に2年間潜入したJASRAC職員のバイオリン演奏」といった、当時の話題を反映したいくつもの対戦が繰り広げられた。
もちろんこの出場者一覧はあくまでサイト制作者の脳内で作られた妄想であり、実際に開催されるわけではない。しかしその徹底的に網羅された時事ネタは毎年SNSなどで大きな反響を呼び、インターネットにおけるこの時期の恒例行事の1つになっている。そして今年も、本日11月16日に裏紅白の2020年版が公開された。
一般的な音楽ファンとは異なったアプローチで音楽を味わっている人々に話を聞き、これまであまり目を向けられていなかった多様な楽しみ方を探る本連載。第1回はこの裏紅白の制作者であるjiyujoho氏に取材を行い、裏紅白が毎年どのように作られているのかや、時代に合わせて大きな変化を迎えた2020年のラインナップなどについて語ってもらった。
取材・文 / 橋本尚平 撮影 / 佐藤類
裏紅白の成り立ち
jiyujoho氏が自身のホームページを作ったのは1997年。楽天市場がオープンしたのと数日違いだった。彼は当時、雑誌「TV Bros.」のオフィシャルサイトに設置されていた「ネット版ぴぴぴくらぶ」というBBS(電子掲示板)の住人だったが、そのBBSがなくなったため、住人たちが代わりに書き込める場所として「つなぎ版ネット版ぴぴぴくらぶ」という名のBBSを自身のサイト内に設置することにした。
あるとき、このBBSで「紅白出場者がこんなラインナップだったら面白い」という書き込みが自然発生的に盛り上がり始めた。せっかくだからとjiyujoho氏はそれを一覧にまとめたページを制作。これが裏紅白の第1回となった。裏紅白はもともとjiyujoho氏が自分で考えたものではなかったのだ。
1998年に初めて掲載された裏紅白は、BBSで好評を博したことでその後も行われるようになった。最初は投稿されたネタをまとめているだけだったjiyujoho氏だったが、だんだん自分でもネタを作ってみたくなり、3回目からは出場歌手と歌唱曲をすべて自分で考えることに。また、それを読んだ人から「1年のまとめになるね」という反応が来るようになったことで、jiyujoho氏も「そういうふうに見てくれるんだったら、それに応えるものにしよう」と、その年の話題をまとめるページにすることを意識するようになった。
こうして現在の形になった裏紅白は、当時隆盛を誇っていた個人ニュースサイトやテキストサイトでピックアップされたことで、狭い界隈の中での盛り上がりを越えて多くの人に知られ始める。
ちなみに裏紅白が始まるより早くから、雑誌「週刊SPA!」の読者投稿コーナー「バカはサイレンで泣く」では天久聖一、椎名基樹、せきしろが紅白歌合戦の出場歌手を勝手に選出する企画「バカサイ紅白」が年に1度掲載されているが、前述のように裏紅白はそれとは異なる文脈から生まれた遊びが発端で、jiyujoho氏自身は開始当時は「バカサイ紅白」について意識していなかったという。ただ、その後はラインナップの決め方について「バカサイ紅白も毎年、同じ人が同じ曲を歌うというのがいつまでも続いてるじゃないですか。ああいうのは面白いなと思って、裏紅白でも取り入れるようになりました」とその影響を認めている。
剛力彩芽さんの3枚のシングル
発表されたラインナップを見て「そういえばこんなこともあったなあ」と、ほとんど忘れかけていたようなことを思い出すのも裏紅白の醍醐味。jiyujoho氏はネタを漏れなく集められるように毎年春頃から、ニュースで話題になった出来事やTwitterで見かけた情報などをメモに書き足し始め、それを8月頃から少しずつリストにまとめているという。「ホントに庭いじりをしたり部屋の模様替えをするみたいな感覚で、いろいろ足したり場所を並べ替えたりしてます」という作業は、11月にページが公開される直前まで繰り返される。
「最初の頃は記憶に頼っていた部分が多かったけど、最近は検索すればその年のまとめのようなものがいろいろ見つかるので、昔と比べれば今はだいぶ楽ですね」と説明するjiyujoho氏。とはいえ出場者候補に挙がる著名人の人数は尋常ではない。出場者一覧の下には毎年、膨大な数に上る選考漏れになった人々の名前が列挙されている。
「反応を見ていると『◯◯がいない!』と言われることがよくあるんですけど、出場者に選ばなかっただけで一応メモはしていることが多いんですよね。そういう反応に先回りしようと思って選考漏れの欄を作ったんです。それでも“忘れられ度”が高いものは外したりしてますけど」
毎年欠かさずラインナップを選出していると、たまにいろいろな出来事の点と点が線になってつながることがあり、そういうときに裏紅白を作る面白さを感じるとjiyujoho氏は語る。
「2018年に剛力彩芽さんの熱愛が発覚したときにデビュー曲『友達より大事な人』を入れて、2019年に破局したときにも剛力さんに2ndシングル『あなたの100の嫌いなところ』で出てもらったんです。で、3rdシングルのタイトルが『くやしいけど大事な人』なので、この時点で『もし復縁したら面白いな』と思ってたら、2020年に本当に復縁して。そういうことが起きるとワクワクします」
「田代まさしさんが5度目に逮捕されたときに、田代さんがカラオケでPUFFYの『アジアの純真』を替え歌で歌っていた映像が話題になったので、白組に“田代まさし『アジアの純真(替え歌)』”というのを選んでたんです。でも、紅組に入れる相手がいなかったんですよ。田代さんの横に並べたら薬物関係に見えちゃうから、そうじゃない人を入れるわけにはいかなくて。それで田代さんの隣の紅組を空欄にしていたら、公開した2日後に沢尻エリカさんが逮捕されて、急遽追加選出しました」
「白組:和田アキ子」が面白がられる時代ではない
裏紅白の出場者数は、最近になって年々増えていたという。2015年には、11月にその年の裏紅白ラインナップを公開したものの、直後に世の中で立て続けにいろいろなことが起こったため、2カ月後の2016年1月に急遽「裏紅白歌合戦2016.1月」を開催したことも。jiyujoho氏は「その頃から話題が消費されるサイクルがものすごく速くなってきているのを感じます。2000年代と比べても今のほうが、盛り上がった話題が飽きられるまで速いですね。2020年も、あれだけ盛り上がった『100日後に死ぬワニ』も話題にならなくなるまですごく短かったですし」と、日々ネタ集めをしている立場から実感を述べる。
その結果、2019年は100人以上が出場し、48対戦まで膨れ上がることに。出場者を並べるだけでかなりのボリュームになるため、そこに裏紅白らしさや自分なりの注目点を加える余地がほとんどなくなってしまっていた。このことにjiyujoho氏はジレンマを感じていたという。
しかし2020年は新型コロナウイルスの感染拡大もあって、裏紅白向きの話題の量は例年よりも比較的少なくなっていた。また、今年はあらゆる価値観が変わった年でもあるため、世の中が変化に慣れてきているように感じたjiyujoho氏は「じゃあ、流れを変えるなら今年かな」と考え、2020年の裏紅白を今までと違うものにすることにした。
最も大きな変更点は、紅組・白組の名前を廃止して、きいろ組・紫組に変えたことだ。性差で分けた対抗戦という、どちらでもない人の存在を視野に入れない組分けは、確かに今の時代の流れには即していないだろう。そしてこれに伴い、1998年から白組としてフル出場だった和田アキ子が初めてラインナップから漏れた。
「最初の10年くらいは、白組に和田アキ子さんがいることにウケてくれる反応はあったんですよ。でも今はそういうことを書いて面白がれる時代ではないですよね」
また、長年にわたってハーフタイムショー的な位置付けで掲載されていたアトラクション「ガチ相撲裏紅白場所」も今年は廃止された。このコーナーは、その年に揉め事を起こした因縁のある2人に、相撲の取組で決着を付けてもらおうというもの。廃止の理由についてjiyujoho氏は「ここ数年、ネット上のケンカにあまり笑えないものが増えているから」と説明する。
「これも世の中の変化かなって思うんですけど、例えば『ホリエモン VS 餃子屋』って書いてあっても、それを見てみんなが笑うとも思えないかなって。最近はSNSやネットニュースを見ていると本気でピリ付くようなケンカの話題ばかりなのに、それを裏紅白でまた目にしなくてもいいんじゃないかなと」
イグノーベル賞であって、ゴールデンラズベリー賞ではない
裏紅白をこれだけ長く続けているモチベーションはなんなのか。運営していて楽しいことなどについてjiyujoho氏に聞いた。
「承認欲求っていうんですかね。そういうのが満たされているのは感じます。たくさんの人たちが自分のページを見てウケているのを見ると、精神的にデトックスになるというか。1年に1度のデトックスの効果で精神衛生を保てているように思います。これがなければ今日のように取材されることはない人間ですし」
とはいえ、著名人をネタにしているサイトゆえ、批判や苦情が寄せられることも多いのではないだろうか? jiyujoho氏はこれに対して答える。
「批判はかなり少ないんですよね。自分でも意外に思うくらい。選出した人のオフィシャルなところから怒られたことは一度もないです。やりすぎて怒られないように、自分を出しすぎることを控えている部分もあります。たぶん、自分の好みの中で一番尖ってる部分に合わせてしまうとやりすぎてしまうので。だから尖った笑いが好みの人にとっては物足りないかもなと思ってます」
「やりすぎないこと」を意識しているというjiyujoho氏は、毎年公開前に「TV Bros.」のBBSをやっていた時代からの知り合いである1人のライターにリストを渡して、客観的に見て内容に問題がないかを必ずチェックしてもらっているという。“人を傷つけない笑い”が支持される昨今の流れもあり、今後は裏紅白のネタ選びに関しても、ますますセンシティブである必要があるのかもしれない。jiyujoho氏は裏紅白について「狙っているのはイグノーベル賞(人を笑わせ、考えさせる研究に贈られる賞)であって、ゴールデンラズベリー賞(その年の最低の映画を選んで表彰する賞)ではないんです」と言い添えた。
「昔、志茂田景樹さんを選んだときに、Twitterでそれに反応していた人に対して志茂田さんが『裏紅白は番付遊びみたいなものです』って説明していたんです。それを見て、すごくうまい例えだなと思ったんですよね。江戸時代からあったんですよ。『美人番付』とか『東西温泉地番付』とかそういう発想って。裏紅白はそれの現代版でありたいという気持ちがあります」
相撲の番付をモチーフにさまざまなテーマでランキングを作ることを“見立て番付”と呼ぶが、裏紅白が現代版の見立て番付だというのは言い得て妙だろう。jiyujoho氏は裏紅白の今後について「今から何か別のことを始めても、ここまで注目してもらえるようになるのは無理ですし、辞めたいという気持ちは今のところまったくないので、これからも続けていきたいです」と話した。これからもその時代に合わせて方針を変化させながら、裏紅白は11月の恒例行事としていつまでもインターネットユーザーを楽しませてくれそうだ。