phaが語る、自由恋愛の末にたどり着いた“虚無” 「恋愛の本質は刹那的なもの」
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ブロガーで作家のphaが11月15日、自身初となる小説『夜のこと』を出版した。これは「日本一有名なニート」として世に知られる様になった、彼自身の恋愛や性の体験を元に書き上げられた恋愛短編集である。数々のエピソードが連なっていくなかで、この作品がたどり着くのは“虚無”だ。この作品は私小説であるとphaは語る。SNSやマッチングアプリの流行により、近代以来の自由恋愛がある種の極点に差し掛かった今こそ、再び私小説が書かれるべき時代なのかもしれない。今回はこの小説や自身と未来のセックス観などについて、著者のphaに話を聞いた。(小池直也)
僕は「人生は虚無だ」という考え方
――Twitterを拝見すると、完成までの追い込みが大変だったのかなと感じました。『夜のこと』を出版される今のご心境を教えてください。
pha:疲れきって完成から1週間ほど放心状態でしたよ。最後は頭の中が本のことばかりの1カ月で、何度も「こうじゃないかな?」と書き直し。小説は初めてですし、文体も普段書くのと違いますから、かなり迷いました。最初は「川上弘美さんとか絲山秋子さんみたいに書いてみたい」と思ったりもしましたが、結局は自分の文体になりましたね。
――今回の出版の経緯は?
pha:文学フリマで出していた同人誌を扶桑社の編集者の高石さんが手に取ってくれて、そこから「本にしませんか?」と。元々の作品はそれぞれの話に繋がりのない短編集だったので、出版にあたって全体を繋げるように加筆して1冊にまとめていきました。この単行本版で、ようやく作品として完成した気がします。
――自身の経験をもとにした小説ですが、どこからがリアルでどこからがフィクションなのかも気になりました。
pha:ところどころ変えてはいますが、大体がリアルな私小説ですね。シェアハウスはモテたくて始めた訳ではないですが「女性との接点が欲しい」みたいなところがありました。ただ、そういうことをネットで言うと叩かれやすいから今までは言ってなかったのですが、去年シェアハウスもやめたし、そろそろいいかなと。
ただのエッセイだと自分のそのままを書いている感じになってしまうので、小説という形がちょうど良かったです。あと僕は小谷野敦さんの本が好きなのですが、彼は『私小説のすすめ』という本の中で「私小説は自分の一番情けない部分を書くべきだ」と言っていて、その姿勢を見習って書きました。
――各ストーリーの配置はどの様にして決めていきましたか?
pha:「最初は浮かれていて最終的に虚無になる」という展開にしたくて、だんだん話が暗くなる様にしました。ページの色も物語のページが進むにつれて青が暗くなるデザインになっています。僕は「人生は虚無だ」という考え方なので、恋愛やセックスは楽しいけど結局は虚しい。そんなことに夢中になって振り回される自分がバカみたいだな、ということを描きたかったんです。
ストーリーは主に30代後半の恋愛を元にしたものが多いです。今から思うと20代は元気で何も考えずに楽しくやってましたが、人生に疲れてきたけど完全に枯れきってしまうほどでもない、中年の恋愛やセックスの話を書きたかったんですよね。こういうのはあと10年経ったら忘れてしまいそうですし、覚えているうちに書き残しておこうと。
――本のなかで、個人的に印象に残っている女性やエピソードは?
pha:話としては、居酒屋でイチャイチャしているだけの「手と手を」は好きです。それから「そのうちセックスしよう」と話しただけで、結局してない人の話も好き。その人とは今もしてないです。するより、する前の方が楽しいということもありますから。
最近は性欲が落ちてきて「そんなに無理してしなくてもいいか」という気持ちになってきました。やると面倒だし、がっかりすることもあるし、関係がこじれやすいじゃないですか。そういうドロドロが面倒くさいから「そのうちするかも」くらいがちょうど良い。
――作中には「大体3カ月で窮屈に感じてきてしまう」という箇所もありました。そういう感覚は現代のアラフォーで独身の人に共通したものでもある気もします。
pha:「僕は誰でも3カ月くらいで飽きるんじゃないの?」と思っているので、長続きしているカップルは一体何をどうやってるのか分かりません(笑)。昔は「パートナーがいた方がいい/いないといけない」というプレッシャーがあったけど、今はどちらでも良い様な空気じゃないですか。そうすると「ひとりの方が楽だな」という人が増えてくるんだと思います。
相性がありますから、一緒に生活するのに適している人が肉体的に1番とは限らない。何となく全てのことをひとりの人とするのは、ごまかしじゃないかなと思うんですよ。恋とセックス、交際、結婚、それぞれを本気で追求したら全部別の人になるかもしれませんから。
脳内で幻想を作って熱を上げるのが恋愛
――マッチングアプリで恋愛する人も増えていますが、それについてはどう思いますか?
pha:次から次にいろんな人とマッチして、常に新しい刺激を得られそうですよね。僕はメッセージのやりとりが面倒なのでやる気はしませんが、いいか悪いかは別にして、それは交際や結婚にとらわれない純粋な恋愛なのかもしれないですね。恋愛の本質は刹那的なものだと思います。僕の中には「叶わない片思いをずっと続けていたい」という気持ちがありますね。
――近代的な自由恋愛の行く末が今なのかもしれません。実はお見合いの方が良かったんじゃないか、と感じることもあります。
pha:そうかもしれません。お見合い結婚は悩む必要がないですからね。現代は恋愛を縛る色々なものから解放されたのは良かったとは思うのですが、だからといって幸せという訳ではない。結局のところ、完全に自由になったら全ては虚しくなってしまうのかもしれない。
――では未来の恋愛についてはいかがですか? SF的な話ですが、AIと恋愛する時代もそう遠くない様な。
pha:従来型の結婚や恋愛に縛られないと考えたら、別に相手はAIでもいいかもしれないし、動物を相手にしてもいいのかも。去年、濱野ちひろさんの『聖なるズー』を読んで思ったことですが、ペットを家族と同じと考えれば、セックスするのも普通なのかもしれない。AIやロボットに恋をすることもあるでしょうね。
アイドルやVTuberにハマって生きる意味を見出す人もいます。憧れる人を追いかけて、その人のことを考えると胸がときめく、というのは人間にとって必要なことだと思うんですよ。アイドルだったら人間関係がこじれることもないですから。
僕は恋愛はもう疲れた、という気分が大きいのですが、恋愛的な気持ちを全く持たずに生きていけるかという自信はない。代替的なものとしてアイドルとかにハマるのはありなのかもしれない。なんか、つらいときとかにその人のことを考えると気分が上向く、という人はいてほしい気がするんですよね。
――どんなにテクノロジーが発達しても、感情を向ける対象が変わっても、先ほどの「片思いがいい」「セックスする前が楽しい」という概念は残る?
pha:恋愛の本質だと思います。それは「手の届かない何かに憧れる」ということで、もし叶ってしまったら「関係を続けていく」という別のゲームが始まってしまう。でも僕は安定した関係をパートナーと続けていくことに興味が無かった。現実はそんなに面白くないので、脳内で幻想を作って熱を上げるのが恋愛です。関係を長く続けると現実との折り合いを付ける必要が出てきて、最初の熱は冷めてしまう。
――ところで、phaさんは去年から「エリーツ」というロックバンドのメンバーとしても活動されています。バンド活動も恋愛に似たところがあって、人間関係が面倒なのでバンドを組まずに活動する人も多いです。
pha:恋愛だと1対1だけど、バンドは3人以上でできるので、煮詰まりにくい感じがするんですよね。セックスは基本的に2人でしかできないけど、セッションは何人ででもできますから。バンドを組まない人はひとりで色々できるんだろうなと思います。僕はひとりでやるほどの音楽の才能はないし、あまりできない人同士で補い合って活動するのがバンドという感じです。
――なるほど。それはシェアハウスに似ているところがありますね。
pha:そうですね。シェアハウスに居た頃は、家のなかで同居人とゆるく生活しつつ、外で恋愛したりセックスしてました。その生活で「家の中で何となく寂しさを埋めているから、女性をパートナーとして大事にできないのでは?」と感じたのが、シェアハウスを出たきっかけのひとつでした。出たらパートナーが欲しくなるかなと思いましたが、2年間ひとりで暮らしても今のところは無いですね(笑)。
先は分かりませんが、自分の体が弱くなってきたら変わってくるのかもしれません。今は猫に癒されているので、猫が死んでしまったら誰かと一緒に住みたいとなるのかな。それが恋愛と結びつくかも分かりません。もしかしたら恋愛抜きで誰かと一緒になるかもしれないですし、また恋愛をしてしまうかもしれない。
――次回作などはお考えになってますか?
pha:小説を書くのは楽しかったのですが、もう恋愛については描き切ったので、書くとしたらシェアハウスでダラダラする話とかがいいかな。あとは恋愛とかセックスと同じくらい切実なテーマである「死」については書いてみたいかも。あと十年か二十年か経って、もっと死が身近なものになってきたら、ですが。
■phaプロフィール
1978年、大阪府生まれ。作家。京都大学総合人間学部を24歳で卒業したのち、25歳で就職。できるだけ働きたくなくて“社内ニート”になるものの、30歳を前にツイッターとプログラミングに衝撃を受けて退社し上京。シェアハウス「ギークハウスプロジェクト」を主宰し、”日本一有名なニート”と呼ばれた。著書に『持たない幸福論』『しないことリスト』『どこでもいいからどこかへ行きたい』などがある。 初の小説『夜のこと』が11月15日発売。
■書籍情報
『夜のこと』
著者:pha
出版社:扶桑社
発売日:2020年11月15日
予価:1,300円+税
予約サイト:https://amzn.to/3jo8vla