KIRINJI、ベストアルバムから振り返るバンド形態8年の歩み 個性豊かなメンバーで奏でてきた“メロディとグルーブの変遷”
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このたび、ベスト盤『KIRINJI 20132020』がリリースされる。2013年はKIRINJIにとって特別な年だ。1996年の結成以来、堀込高樹・泰行兄弟によるデュオとして活動してきたキリンジが大きな変化を迎えたのだ。弟・泰行の脱退ののち、表記をKIRINJIに改め、兄・高樹を中心に田村玄一、楠均、千ヶ崎学、コトリンゴ、弓木英梨乃をメンバーに迎えた6人編成のバンド形態になった。ソングライターふたりによる趣向をこらしたポップミュージック・デュオから、個性豊かなメンバーを揃えたバンドに移行したことで、音楽性も大きく変化した。『KIRINJI 20132020』はそうした変化に始まり、体制を改めて以降も一作ごとに作風を更新してきた8年の軌跡を辿る機会となる。本稿では、同ベスト盤収録曲を軸にKIRINJIを振り返っていく。
1曲目「進水式」は、KIRINJIとしての最初のアルバム『11』(2014年)でも冒頭を飾った。新体制の幕開けにふさわしい、高揚と期待、そして不安が入り交じる1曲だ。バンド体制に入ってからしばらくは、この曲に聴かれるような色彩豊かで各楽器のメロディアスなアンサンブルがある種バンドのカラーとなる。6人という、バンドとしてはやや大きめの編成であることも、このカラーを後押ししただろう。一方で、バンドならではのタイトなグルーブを活かしたダンサブルなファンクも飛び出す。同じく『11』収録の「雲呑ガール」では、ミッドテンポのねっとりとした16ビートにパーカッシブな歌メロが絡む絶妙なファンクだ。このように、KIRINJIとして歩み始めた数年は、「メロディアスなアンサンブル」と「タイトなグルーブ」を両極としてバンドの個性を確立していった。
「日々是観光」は『ネオ』(2016年)収録曲で、コトリンゴが作曲を手掛けた。アコースティックな楽器のアンサンブルのなかにツインボーカルが緻密に編み込まれた、室内楽的でハイブリッドなポップスだ。追いかけ合いながら螺旋を描くように進んでいくメロディに、表と裏が溶け合うようなリズム。前述したKIRINJI当初のふたつの側面のうち、「メロディアスなアンサンブル」の側を象徴するような1曲だ。対する「タイトなグルーブ」で言えば、「Mr. BOOGIEMAN」や「The Great Journey feat. RHYMESTER」を挙げておきたい。特に「The Great Journey」はキリンジ/KIRINJIを通じて初めてフィーチャリングを迎えた楽曲で、以降は「AIの逃避行 feat. Charisma.com」(『愛をあるだけ、すべて』)や「Almond Eyes feat. 鎮座DOPENESS」(『cherish』)などラッパーとのコラボがKIRINJIの定番になっていく。
しかし、2017年12月をもってコトリンゴが脱退し、KIRINJIは5人編成に。翌年リリースの『愛をあるだけ、すべて』では、ダンスミュージックやヒップホップ、R&Bへ大きく接近した「タイトなグルーブ」の発展型が奏でられることになる。といっても、ストイックに一方向に突き進むというよりは、豊かな「グルーブ」のニュアンスの味わいが増えたというべきかもしれない。同作ではアレンジは削ぎ落とされ、よりバンドとしてのグルーブの精度が高まり、サウンド面でも豊かな低域や自然で伸びやかな中高域でチャレンジと洗練を達成した。例えば「時間がない」(『愛をあるだけ、すべて』)の、バンドが一丸となって演奏する最小限のアレンジ。そこに乗る歌メロとのバランスも相まって、リスニングにもライブにも対応するKIRINJI流の新しいポップが確立されている。同じく『愛をあるだけ、すべて』収録の「silver girl」は、ドレイク「Passionfruit」などに代表されるチルな空気感の歌モノをバンドとして消化した印象的な1曲。うっすらとかかったオートチューンの質感も含め、同時代のポップスの潮流を捉えている。
およそ1年半後に発表された『cherish』は、前作を発展させてダンスミュージックとしての強度をグッと高めた作品になった。シングルとしてリリースされ、MVも話題を呼んだ「killer tune kills me feat. YonYon」ではメインボーカルに弓木を据え、DJでシンガーソングライターのYonYonをフィーチャー。いっそうシンプルさを増し、その分太くなったアレンジとサウンドもさることながら、ふたりのボーカリストの声が心地よい、まさに「キラーチューン」になった。YonYonによる韓国語パートも、少しずつ多国語化しつつある日本のポップミュージック環境に足跡を残している。また、語りのようなボーカルによるリズムへのアプローチが面白い「「あの娘は誰?」とか言わせたい」の、反復するビートでじわじわと物語を展開させる構成は、KIRINJIとしてひとつの到達点と言えるだろう。
8年をかけて様々に音楽性を変化・洗練させてきたKIRINJIだが、2020年いっぱいをもって現体制での活動を終了する予定だ。デュオからバンドへの移行が音楽性に大きな変化をもたらしたように、これからKIRINJIの音楽は大きく変化するかもしれない。バンド期、特に後期に追求したダンサブルなグルーブが、固定メンバーにとらわれない流動的なコレクティブのなかでまた新しい化学反応を起こすことを期待したい。むしろ、そんな予想を覆す期待こそするべきかもしれないが。
■imdkm
1989年生まれ。山形県出身。ライター、批評家。ダンスミュージックを愛好し制作もする立場から、現代のポップミュージックについて考察する。著書に『リズムから考えるJ-POP史』(blueprint、2019年)。ウェブサイト:imdkm.com
■リリース情報
『KIRINJI 20132020』
2020年11月18日(水)発売
【デラックス・エディション(SHM-CD2枚組+Blu-ray)】¥8,000(+tax)
【通常盤SHM-CD】¥2,800(+tax)
<収録曲>
1. 進水式
2. 雲吞ガール
3. fugitive
4. だれかさんとだれかさんが
5. 真夏のサーガ
6. The Great Journey feat. RHYMESTER
7. Mr.BOOGIEMAN
8. 日々是観光
9. AIの逃避行 feat. Charisma.com
10. 時間がない
11. 悪夢を見るチーズ
12. silver girl
13. killer tune kills me feat. YonYon
14. Almond Eyes feat. 鎮座DOPENESS
15. 雑務
16. 「あの娘は誰?」とか言わせたい
<デラックス盤 ボーナスCD>
1. 黒のクレール (2013年)
『大貫妙子トリビュートアルバム ~Tribute to Taeko Onuki~』より
2. Keep Tryin’ (2014年)
『宇多田ヒカルのうた – 13組の音楽家による13の解釈について』より
3. うちゅうひこうしのうた (2015年)
坂本真綾 20周年記念トリビュートアルバム『REQUEST』より
4. Diamonds feat. KIRINJI / RHYMESTER (2017年)
RHYMESTER『ダンサブル』より
5. 愛は光 / Negicco (2017年)
Negicco『Negicco 2011~2017 -BEST- 2』より
他
<Blu-ray>
『KIRINJI Studio Live Movie 2020』を再編集した映像
■公演情報
『KIRINJI LIVE 2020』
2020年12月9日(水)開場18:00/開演19:00
2020年12月10日(木)開場18:00/開演19:00
会場:NHKホール(東京都渋谷区神南2丁目2−1)
出演:KIRINJI(堀込高樹、楠均、千ヶ崎学、弓木英梨乃)
矢野博康、sugarbeans、MELRAW and more…
席種・料金(税込):
S席(1階席)¥11,000 ※KIRINJIオリジナルマスク+プレゼント付き(当日配布)
A席(2階・3階席)¥9,900 ※KIRINJIオリジナルマスク付き(当日配布)
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■Links
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