悲劇と希望が織りなす“人生”を巡る旅 “画力”に引き込まれる『ホモ・サピエンスの涙』
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リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、PFFでついにロイ・アンダーソン作品をコンプリートした宮川が『ホモ・サピエンスの涙』をプッシュします。
『ホモ・サピエンスの涙』
9月に開催された「第42回ぴあフィルムフェスティバル」で、アジア初となる「ロイ・アンダーソン・コンプリート特集」が実現されたロイ・アンダーソン監督。同映画祭でも特別上映された、最新監督作『ホモ・サピエンスの涙』がいよいよ公開となった。
北欧映画祭「トーキョーノーザンライツフィルムフェスティバル」で作品が上映されたり、コンスタントに劇場公開が行われるなど、ここ日本でも高い人気を誇るロイ・アンダーソン監督。2000年公開の『散歩する惑星』から始まり、2007年の『愛おしき隣人』、そして2014年の『さよなら、人類』で完結したと“リビング・トリロジー3部作”(人間についての3部作)に続く、5年ぶりの新作となる『ホモ・サピエンスの涙』は、“リビング・トリロジー3部作”に通じる人間の物語でありながら、ロイ・アンダーソン監督の絵画や美術、古典映画への愛がふんだんに盛り込まれたアート色の強い作品だ。
初の長編映画にして青春ラブストーリーの名作『スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー』(1970年)の頃から、どこかクスッと笑ってしまうような喜劇的な要素が作品を彩り、作品を重ねるごとにその傾向がそのままロイ・アンダーソン作品の特徴でもあり作家性にも繋がってきたところがあるが、今作『ホモ・サピエンスの涙』では、その要素が比較的抑えられている。ロイ。アンダーソンの長編監督作の中でもっとも短い76分間に映し出されていくのは、何かを失ったり、寂しさや絶望を抱えた人物たち。その一方で、ザ・デルタ・リズム・ボーイズの楽曲にあわせて踊るティーンエイジャーたちの姿が、希望に満ちた存在として光り輝く。
全33シーンすべてがワンシーンワンカットで撮影された本作でロイ・アンダーソン監督が伝えたかったのは、「人生というのは、悲劇的なものと希望に満ちたものが織り成すものである」ということ。悲劇的な人々と希望に満ちた人々を同時に描くことで、彼の思い描く“人生”を表現しているのだ。
作品に込められたメッセージはもちろん、ロイ・アンダーソン作品の魅力はその“画力”にある。自身が所有する制作スタジオ「Studio 24」に組まれた巨大セットに、ミニチュアの建物やマットペイントを使用しながら表現された独自の世界。そしてフィックスしたカメラが映し出す人々の細かな動きや表情。たとえ登場人物たちの哲学的な会話が難しくて理解できずとも、この“画力”だけで確実に引き込まれる力がロイ・アンダーソン作品にはある。
それほどの“画力”を持つロイ・アンダーソン監督。演出も細かいのだろうなと思っていたところ、本人からは「『ここに立ってください』と指示することはありますが、それ以上のことは言いません。『ここに立って、こう動いてほしい』というお願いはしますが、それ以上ではないんです」と意外な回答。なるほど、出演者も監督の意図をはっきりわかった上で撮影に参加しているのだろう。リアルサウンド映画部では前述の内容を含め、ロイ・アンダーソン監督にオンラインインタビューを行ったので、ぜひそちらもチェックしていただきたい(参考:ロイ・アンダーソン監督が『ホモ・サピエンスの涙』で伝えたかったこと 独自の制作活動に迫る)。
奇しくもコロナ禍を彷彿とさせるような世界が描かれた『ホモ・サピエンスの涙』。いままさに映画館で観る価値のある一作だ。
■公開情報
『ホモ・サピエンスの涙』
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館にて公開中
監督・脚本:ロイ・アンダーソン
出演:マッティン・サーネル、タティアーナ・デローナイ、アンデシュ・ヘルストルム
撮影:ゲルゲイ・パロス
配給:ビターズ・エンド
後援:スウェーデン大使館
2019年/スウェーデン=ドイツ=ノルウェー/カラー/76分/ビスタ/英題:About Endlessness
(c)Studio 24