BTS『BE (Deluxe Edition)』全曲レビュー:過去作のどれとも異なる、生活に自然に溶け込むエフォートレスなアルバム
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EST(北米標準時)11月20日の0時にBTSの新作『BE (Deluxe Edition)』がリリースされた。新型ウイルスCOVID-19の世界的流行によるライブコンサートツアーの中止を受け、て今年の上半期に急遽制作が決まったアルバムだ。制作準備段階のメンバー間会議の様子は5月に公式YouTubeにて公開されていた(参考記事)。
リード曲となる「Life Goes On」は、先述の会議でRMが「life goes on(人生は続いていく)やcarry on(続けていこう)という言葉がある。前回のアルバムタイトル(曲)が『ON』だったけど、何かしら『MOTS(MAP OF THE SOUL)』シリーズから反映させたい。世の中で何が起こっても人は生き続けるし生活は続いていく。そういう日常についてのことを考えると“life goes on”というスローガンがいいんじゃないだろうか。そういうものが求められてると思う」と語っていたことをダイレクトに反映したような楽曲だ。パンデミック下の環境変化による閉塞感とそれでも続く日常を歌う歌詞を反映したようなMVで映されるのは、それまでのジェットセットな生活から一変したメンバー達の「生活(life)」の姿だ。歌詞の多くの部分が彼らの母国語である韓国語で書かれているのも「暮らし」を感じさせる。韓国語の曲ではあるが、ボーカルディレクションやラップのトーンは欧米のトレンドポップスっぽく、楽曲のフィーリングは日本オリジナル曲で表現してきた各メンバーの生身のボーカルを生かす方向性に近い。BTSの過去のクリエイションの道程が無理なく溶け込んでいるような曲でもある。
“Like an echo in the forest/1日が帰ってくるだろう/何事もなかったかのように”のフレーズは、アイルランドの哲学者ジョージ・バークリーの「人知原理論」の一節をリファレンスしていると思われる。この本の中での「誰もいない森で木が倒れたら、音はするのだろうか」という問いについて「音はしない」とバークリーは結論付けている。存在することとはすなわち知覚されることであり、私たちが認知しないものは存在しないものということだ。つまりは「聴く人がいなければ自分たちの音楽は存在しない」ということで、しかしそんなことすらも関係なく続き繰り返すこの日常の虚しさと同時に、不思議と落ち着きのようなものも感じさせる。「Life Goes On」のMVの後半にはステージ上で衣装を着て歌ってはいるが観客の姿はなく、現状はエンターテイナーとして観客の前でリアルにパフォーマンスすること、そのために世界中あらゆる場所を飛び回るような人生のステージを喪失した状態と言えるが、一方である意味では結果的に、自分たちが実際に住んで暮らす場所での「生活」を取り戻したとも言える。思いもかけない形で戻ってきた暮らしと共に、今の自分たちの出来ることをしながら人生を過ごしていこうという、諦観にも似た落ち着きを感じる。
2曲目の「Fly To My Room」はSUGA・J−HOPE・V・JIMINのユニットによるR&Bナンバー。今の外出や集会が難しくなった環境の中で家の中の暮らしと向き合い、自分の部屋の中を旅する「おこもり」の歌だ。ゆったりとしたテンポは、パンデミック下でゆっくりと流れていくように感じられる時間の流れを反映しているかのようだ。
3曲目の「Blue & Grey」は元々Vのミックステープに入れる予定だった曲で、BTSが都市を離れた郊外で休暇を過ごすドキュメンタリー『In The SOOP』にも登場する。Blueは正体のわからないネガティブな感情を表す色の象徴で、GreyはRMが同様の感情を表す時によく使う色からVがインスパイアされたという。名声を得た芸能人やアーティストが陥りがちな「燃え尽き症候群」を気づけば側に迫っている灰色のサイに例えて、「ネガティブな感情とも一緒に生きていく」と語るような歌だ。
JUNG KOOKの誕生日でもある9月1日、米国ビルボードチャートHOT100で初めての1位をとった日の様子を収録した「Skit」(『LOVE YOURSELF 承 ‘Her’』にもビルボード・ミュージック・アワードでトップソーシャルアーティストを受賞した時のSkitが収録されていた)の後は一転してファンキーで明るい「잠시(Telepathy)」。V LIVEでの解説によれば、元々SUGAが作ったもののボツになっていた曲で、『In the SOOP』の時に聴いたメンバーが気に入って収録することになったという。全世界のファンに会うことができない切ない現実と、「いつも一緒にいるということを(テレパシーのように)感じている」ことを描いた楽曲だ。
6曲目の「병(Dis−ease)」はオールドスクールヒップホップ調のナンバー。メインで作詞作曲に携わったJ-HOPEによれば、人がそれぞれ持っている心の中の「病(disease)」のようなもの、例えばJ-HOPE自身の場合は休みをそのまま楽しむことができず不安を感じてしまう(dis-easeには「安らぎがない」というような意味合いもある)職業病のようなものを込めた曲だという。病というキーワードではあるもののポジティブなメッセージが込められている曲で、병(病=ビョン)とビンをかけたり、「最高にイケてる」という意味のillと韓国語の일(イル=1番・あるいは仕事)をかけたりという言葉遊びも随所に見られる。また、〈One for the laugh, Two for the show〉は古い童謡のフレーズとして様々な曲に使われているフレーズ「One for the〜,Two for the〜」だが、SUGAのソロ名義作Agust D「Give It To Me」でも〈One for the money and two for the show/Fame, flash light, give it to me〉というフレーズが出てくる。
7曲目はJIN・RM・JUNG KOOKのユニットによる「Stay」。元々はJUNG KOOKのミックステープに入れる予定で全て英語詞だったという。アップテンポなフューチャーハウスだが、どこか切ない雰囲気も感じられる。「Telepathy」と同様、ファンに会えない気持ちを綴った「ファンソング」とも言えるが、「(5Gを越えた)7Gでつながっている」という表現などはどこかユーモアもあり、ポジティブなイメージを持った曲だ。
最後を飾るのは、BTSを米ビルボードHOT100ナンバーワンにした「Dynamite」。アルバムリリース会見でRMはコンサートができない今、いつも花火や華やかな演出で彩られるあの美しいフィナーレのような感覚を感じてほしかったと語っていたが、今までのタイトル曲は多くが「パフォーマンスの主体であるメンバー本人たちがパフォーマンスするための楽曲」のような作りだったのが、この曲が持つエネルギー、バイブスは聴く人が自然に体を動かしたり口ずさんだりするような性質のものというのが今までとは大きく異なる点のように感じられる。ともすると「自作ドル」という肩書きだったり、「ファンダム」以外からは時には押しつけがましいようにも感じられかねない社会的メッセージを発する存在という目線など、人気ゆえに様々な期待や理想を被せられがちだった時期を越え、グループの人気と比較すると楽曲そのものの大衆性には欠けるという評価をされがちだった壁を打ち破ることができたのは、メンバーが直接作詞作曲に関わったわけではない「外注」の曲だからこそメンバー達が心からリラックスして曲そのものを楽しんでパフォーマンスすることができ、それがリスナーにも伝わって「パフォーマンスそのもので人を楽しくポジティブな気持ちにさせる」という「アイドルの根源」を初めて表現した・できたからなのかもしれない。それは“アイドル”や“ボーイズグループ”という括りで見られることを本当の意味で心から受容し、外の世界に向かって解放されたかのような、自由に音楽やパフォーマンスを楽しんでいる姿に感じられるからではないだろうか。
エンタメ世界へ初めて切り込んでいくためのswagや自らの傷を開いて見せるような告白、物語的かつコンセプチュアルに構築された青年期の懊悩する姿、あるいは今の時代を生きる若きセレブリティとしてのメッセンジャー的な立ち位置など、過去のBTSの活動は「環境/立場が人を変えてゆく」(J-HOPE)という通り、その時々の彼らの道のりをそのまま反映してきたような、いわばハーフドキュメンタリーのようなものだったが、今作はそのどれとも違っている。どちらかと言えば今の状況下で生きる彼ら自身のもっと自然体の姿、『Run BTS!』や『BTS BON VOYAGE』などの「パフォーマンスしている時以外の姿を見せたり、生活が垣間見えるようなコンテンツ」で見せている姿をそのまま楽曲を通して見せる、Vlogのようなもののように感じられる。そこに映される生活がリアルの一部ではあっても、よくできた魅力的なVlogほど背景には綿密な計算でカメラが置かれており、繊細な編集はされているものだということは視聴者の側は忘れてはいけないが、ひとの「暮らす」姿というのは特別なことをしていなくても、ただそれだけで見る側が自分たち以外の人の営みやぬくもりを感じ、ほっとしたり癒されたり、時にはなんだか力づけられたりするものでもある。そんな風に、聴く人の生活に自然に溶け込んで共にあるような、エフォートレスなアルバムになったのではないだろうか。
■DJ泡沫
ただの音楽好き。リアルDJではない。2014年から韓国の音楽やカルチャー関係の記事を紹介するブログを細々とやっています。
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