ブラッド・ピットにシャーリーズ・セロンも 米大統領選でのハリウッドスターの動きを振り返る
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もともとハリウッドのスターは、リベラルな価値観を持った人々が多く、保守派の共和党を支持する人々は少数派だ。仮に共和党の支持者でも、あまり公共の場で共和党を支持していると明らかにしている人は少ない。今年の大統領選は、これまでの大統領選とは、大きく異なるハリウッドスターのアプローチが目に付いた。彼らの戦いは、前回の大統領選後からすぐに始まっていたのだ。
2016年の大統領選では、世論調査でも優位に立っていたヒラリーが圧勝すると、ハリウッドでは誰もが信じ切っていただろう。移民の人々を嫌うような国境の壁の建設、女性蔑視の発言、メディアに対して横柄な態度……どれをとっても、ドナルド・トランプが大統領の資質に達しているとは思えなかった。だがフタを開けてみたら、ビジネスマンとして生きてきたトランプが、日々の生活に頭を抱えていた中西部や中部の諸州の人々の心を掴んで勝利した。その勝利に、ハリウッドの関係者の中には、民主党の勝利を確信し、日頃からの多忙故に投票しなかったことを後悔した人々もいた。
前回の大統領選ではヒラリー・クリントンが党大会で、ハリウッドのスターたちを次々に登壇させ、派手な演出でハリウッドが味方についているような宣伝を行ったことが逆に仇となったとも言われている。ある意味「金持ちの声は聞くが、民衆の声を聞かない」というようなイメージができてしまったのだ。
故に今年に入ると、多くのハリウッドスターは陰ながらサポートする形を取った。投票の呼びかけはSNSのみにとどまることが多く、最終日にレディー・ガガが、バイデン大統領候補の前で歌を披露するぐらいで、セレブの登壇や派手なパフォーマンスは、例年の大統領選に比べて少なかった。今回は、大統領選を通したハリウッドスターの動きに触れながら、その変化を紹介したい。
ケンタッキー州のルイビルに生まれ、共和党の家庭で育った、映画『ハンガー・ゲーム』シリーズのジェニファー・ローレンスは、オバマ政権時代まで共和党に投票していたが前回の大統領選から民主党に投票。今年の大統領選もジョー・バイデン大統領候補とカマラ・ハリス副大統領候補支持を明らかにしていた。SNSで「今年はジョー・バイデンとカマラ・ハリスに投票します。なぜなら、ドナルド・トランプはこれまでも、そしてこれからも、アメリカの安全と幸福よりも自分自身を優先し続けるからです。彼は、アメリカ人として、そして何より重要なのは、人間としての私の価値観を決して代表してはいません」と語り、共和党に対して距離を置く形となった。
ハリウッドを代表するスターと言えるブラッド・ピットは、民主党の候補者が絞られる「スーパー・チューズデー」の公共広告の動画で、シャーリーズ・セロン、スカーレット・ヨハンソンらとともに出演し、投票の登録を呼びかけた。だが両党の候補者が決まり、ジョー・バイデン民主党の支持を表明した際には、バイデン候補のキャンペーンのCMで自身の顔を出さずに、ナレーションだけを務めることに徹した。
今回、米大統領選にカマラ・ハリス上院議員が副大統領候補として加わると、ハリウッドの女性たちが率先して支持を表明した。カマラ・ハリスが単独で行った資金集めには、リース・ウィザースプーン、ミンディ・カリング、そして『グレイズ・アナトミー』で企画・製作総指揮を務めているションダ・ライムズが共同主催者として名を連ねた。
ハリウッドの人々の中でも、少しほかとは異なった立ち位置にいるのが、『ザ・ホワイトハウス』のブラッドリー・ウィットフォードだ。彼は同番組で、演技のためにホワイトハウスを何度も訪れ、さらにビル・クリントンにも会っていた。そして現在の彼は、テレビ・映画の出演だけでなく、投票権を持つ人々への意図的な圧力を排除するための政治活動団体「Let America Vote」でアドバイザーを務めている。
トランプ政権と興味深い関係を持っている人もいる。ナタリー・ポートマンは、共和党のジョージ・W・ブッシュが大統領の頃から民主党を支持し、トーク番組で大統領選前に「ブッシュは歴代の大統領の中でも、もっとも多くのバケーションを取ったみたいだから、(再戦を狙う)彼にもっと長いバケーションをあげてみたらどうですか?」とジョークで答えていたが、実はナタリーと、トランプ大統領の娘婿で、氏の上級顧問を務めるジャレット・クシュナーは、ナタリーがハーバード大に通っていた当時から友人関係にあった。ナタリーは、後に彼との関係をテレビ出演で認めたが、「彼との話にはなにも面白いことはない」と質問を退けている。
この大統領選を通して、家族内で複雑な関係になってしまったセレブもいたようだ。人気歌手ジャスティン・ビーバーと結婚した民主党支持者のヘイリー・ビーバーは、2016年から筋金入りのトランプ支持者であることを世間に公表している父親スティーヴン・ボールドウィンとは、前回の大統領選前には目を合わせなかったと告白した。ちなみに、今回の大統領選でもスティーヴンは、トランプ支持をTwitterで表明している。
ハリウッドの共和党支持者にも触れていきたい。人気女優アンジェリーナ・ジョリーの父親で、映画『真夜中のカウボーイ』で主演を務めたジョン・ボイドは、以前に「トランプ大統領は、エイブラハム・リンカーンの以来の偉大な大統領」と持ち上げたり、バイデン候補は「悪だ」とTwitterで露骨に批判している。
そのほかに、TVシリーズ『ヘラクレス』のケヴィン・ソルボは、「僕はバイデン大統領候補の旗を掲げてドライブしている人々を一度も見たことがない。高校の講堂さえ埋めることができない男が、いかにこの国を導いていけるのだろうか、誰か説明してほしい」とコメントしたことで、様々なメディアに取り上げられ批判を浴びた。
開票後は、周知の通り、バイデン大統領候補が当確と報道。シャーリーズ・セロンは「女性として、母親として、今日のニュースをとても誇りに思った。ようやく私はわが子に、私たちは嫌悪でなく、人間性で選ぶ国に住んでいるのと言うことができます」と喜びをTwitter上で語った。
As a woman, and as a mother, today’s news makes me immensely proud.
I can look at my kids and finally tell them they live in a country that has chosen character and humanity over hate. #BidenHarris2020
— Charlize Theron (@CharlizeAfrica) November 7, 2020
マーク・ラファロも「開票作業をしてくれた人々へ。危険な状況で一生懸命仕事をしてくださってありがとうございます。どちら側を支持するかに関係なく、民主主義の価値を貫いてくださったことに感謝します」と開票作業の人々への感謝を表明するなど、開票のタイミングではSNSを中心に、ハリウッドの俳優が多くのコメントを残し、改めて政治とエンターテインメントの密接な関係を感じさせた。
最後にコロナ禍の影響が未だ大きい、現在のハリウッドの状況をレポートしたい。ロサンゼルスやニューヨークなどでは映画館が再開できず、今年の夏に公開された映画『TENET テネット』も思ったよりも興行が良くなかったことで、多くのハリウッドのスタジオが、大作を次々に来年公開へ延期している。そのため、現在は一部の延期しなかった独立系映画を公開しているものの、週末の興行収入の1位~3位まで全部足しても、500~600万ドル程度(5億2500万円~6億3000万円/1ドル105円換算)の興行がずっと続いている。ニューヨーク、ロサンゼルスなどの大都市以外の郊外に住み、車を利用している多くの観客の立場からしてみれば、健康のリスクを冒してまで、家族のチケット代や駐車代を払って、映画館に足を運ぶ気にもならないのかもしれない。
一方、9月頃から、バンクーバーやロンドンなどで撮影も再開されているが、これはお金に余裕のある大作に限ったケース。独立系映画となると、もし感染者が一気に増えて撮影を中断した場合、大作のようにロケーションや俳優のスケジュールをずっと確保することができなかったりする。映画館の経営者やスタッフ、そしてフィルムメイカーや俳優……。それぞれがまだまだ厳しい状態にあり、感染者の減少と新大統領による政府の打開策を待っている状態だ。
■細木信宏/Nobuhiro Hosoki
海外での映画製作を決意し渡米。フィルムスクールに通った後、テレビ東京ニューヨーク支局の番組「ニュースモーニングサテライト」のアシスタントとして働く。現在はアメリカのプレスとして働き13年目になる。