水川あさみがスクリーンで輝く 『喜劇 愛妻物語』『ミッドナイトスワン』『滑走路』での存在感
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この秋、水川あさみがすごい。『喜劇 愛妻物語』での“毒舌奥さん”役に、続く『ミッドナイトスワン』での未熟な母親役ーーそんなキャラクターをスクリーンに焼き付けてきた彼女の主演最新作が、映画『滑走路』である。本作で水川は、またガラリとイメージを一新し、大きな驚きを与えてくれる。
『喜劇 愛妻物語』での水川は、コメディタッチの演技で大いに劇場を沸かせた。彼女が演じたのは、ダメ夫・豪太(濱田岳)にとっての恐妻・チカ。うだつの上がらない脚本家である豪太に不平不満の言葉を漏らしながら、娘(新津ちせ)を育て、自らの稼ぎで家計を支える“肝っ玉母さん”的存在だ。濱田が演じるダメ夫が、あまりにも度を超えたダメ夫だということも相まって、そんな夫を前にした恐妻っぷりには清々しさすら感じられたものである。ちなみに“不平不満の言葉を漏らしながら……”と記したが、彼女の言葉は“漏らしている”どころのものではない。言葉のマシンガンをブッ放しているようなものである。演じる水川は映画の冒頭からエンジン全開のフルスロットル状態。その話芸の巧みさに魅せられる。これは受け手である濱田あってこそのものだが、水川の独擅場ともいえるだろう。ダメ夫に対する観客のジリジリとした気持ちをこれでもかと言葉にしている。その気迫は、鑑賞前の期待をはるかに超えていたものだと思う。
一方、『ミッドナイトスワン』で演じていたのも“母親役”。こちらも強烈なキャラクターだ。しかしその性質は『喜劇 愛妻物語』での母親役とは趣を異にする。本作で水川が演じたのは、メインの登場人物である一果(服部樹咲)の母だ。若くして一果を産み、ひとり手で育てる困難に直面し、たったひとりの娘をネグレクトにさらしている。ここでの水川の演技も“発散”するタイプのもの。ヒステリック気味に声を荒げ、自身の不安定さを言葉や挙動に変換し、スクリーンいっぱいに発散させている。それも、そういった振る舞いを積極的に表面化させていくというよりも、内面に抱えているものが溢れ出すように演じているものと思えた。この発散と抑制のバランスが、絶妙であったのだ。
そんな水川の主演映画にして出演最新作の『滑走路』。本作は水川だけでなく、浅香航大、寄川歌太の三者が主人公だ。三者それぞれの演じる人物が紡ぐ三つのエピソードが、やがて一つの物語へと繋がっていく構成となっている。この物語で水川が演じているのは、将来的なキャリアと社会不安に悩まされている30代後半の切り絵作家・翠。子どもを欲する自身の想いを自覚しつつも、高校の美術教師である夫(水橋研二)との関係性に違和感を抱いている人物だ。
本作における水川の演技は、先に述べた二作とは大きく異る。それは“発散”するものではなく、かぎりなく“抑制”されたもの。つまりこちらでは、感情の発露というものが際立って見えるわけではないのだ。声の震えや、ポーカーフェイスとも思える顔に静かに生まれる表情といった、聞き逃してはならない、見逃してはならない瞬間に彼女の感情は表現されている。妻として、女性として、ひとりの人間としてーー翠という人物のアイデンティティーが揺らぐ瞬間が、ここに収められているのだ。その発語、その一挙一動から、耳/目が離せない。
今年の水川といえば、『グッドバイ〜嘘からはじまる人生喜劇〜』にも出演していた。ここ数年はテレビ俳優という印象が強かったが、ここで考えを改めさせられることになった。彼女は談笑しながら家のテレビで見るべき存在ではなく、暗闇の中でじっと見つめるべき存在なのではないかと。スクリーンこそが、彼女の本来の居場所なのではないのかと強く思う。2021年もスクリーン上で躍動する水川の姿を見上げたい。
■折田侑駿
1990年生まれ。文筆家。主な守備範囲は、映画、演劇、俳優、服飾、酒場など。最も好きな監督は増村保造。Twitter
■公開情報
『滑走路』
全国公開中
出演:水川あさみ、浅香航大、寄川歌太、木下渓、池田優斗、吉村界人、染谷将太、水橋研二、坂井真紀
監督:大庭功睦
脚本:桑村さや香
原作:萩原慎一郎『歌集 滑走路』(角川文化振興財団/KADOKAWA刊)
主題歌:Sano ibuki「紙飛行機」(EMI Records / UNIVERSAL MUSIC)
配給:KADOKAWA
(c)2020「滑走路」製作委員会
『ミッドナイトスワン』
全国公開中
出演:草なぎ剛、服部樹咲(新人)、田中俊介、吉村界人、真田怜臣、上野鈴華、佐藤江梨、平山祐介、根岸季衣、水川あさみ、田口トモロヲ、真飛聖
監督・脚本:内田英治
配給:キノフィルムズ
(c)2020「MIDNIGHT SWAN」FILM PARTNERS
『喜劇 愛妻物語』
原作・脚本・監督:足立紳
出演:濱田岳、水川あさみ、新津ちせ、夏帆、大久保佳代子、ふせえり、光石研
制作:AOI Pro.
配給:キュー・テック/バンダイナムコアーツ
(c)2019『喜劇 愛妻物語』製作委員会